第十四話 依頼受諾

 改めてズミが懐から取り出した地図を取り出し、今回の目的地を真白の手袋に覆われた指先でたどる。先ほどのものよりも随分と精度が高く、村があるという箇所はしっかりと記載されていた。


「先ほど仰っていた通り、こちらの村は現在クラド家の手付きのものが支配しています。領主、と申しましょうか。――言葉を選ばずに申し上げれば、エルクァはクラドに嫌われておりまして」

「そりゃね」


 オリトニアへのルートを他より短縮できているというのに、新参のエルクァは台頭し始めて、クラドは落ちぶれ始めている。目の敵にはされるだろう。


「森を抜けるルートも考えました。商売が完全に軌道に乗ることを考えれば、護衛の雇用は高い費用ではございません。しかし、」


 とんとん、と指先が森を突く。


「どうしても街道を通らせるべく、森に潜んでおりましょう」

「ゴブリンが?」

「いえ、村民が。恐怖による支配で、村民はクラド家に逆らえないのです。無論、護衛を雇えば障害にはならないでしょうが、我々としては、彼らを傷つけることは望んでおりません」

「へえ。どう、シクスト」

「お前が受けた依頼でしょ」

「交渉はしたじゃん」


 依頼人の前であることなど気にした様子も無く軽口を叩くマスダにため息を吐きながら、シクストが視線を落としていた書籍から顔を上げる。

 『どう』が依頼の受諾如何を指すのだろうか、今更破棄できまいと内心首を傾げる依頼人の様子に、シクストは小さく笑って続ける。


「依頼は受けるよ。――この村がクラド家に支配されてるのは、今に始まった話じゃない。確かにここを通ることができればエルクァ家にも利益は大きいけどね。このタイミングでわざわざ冒険者に依頼を出したのは、村人からのSOSでしょ」

「SOS?」

「エルクァ家が台頭して、クラド家は落ちぶれ始めてる。オリトニアへのルートを数日短縮できるのに商売で負けてるわけだ。金が無いんだから、領主への徴収も激しくなるんじゃない。形振り構ってないようだし」

「ほー。ああ、それで領主は村人からの搾取だか八つ当たりだかが酷くなって、村人からのSOSが出てると」

「……エルクァ家は、かの村と良好な関係を築くことを願っています。助けを求められているならば、応えたいと」


 どこまでが本音だろう、とシクストは小さく微笑んだ。


「依頼においては口裏を合わせるよう契約を結んでおります」

「森に潜んでるのも村人なら、領主一家――小屋のゴブリンだけ倒せばOKってことだ」

「ええ。……お受けいただけますか」

「もう断れないって、分かってるでしょう」


 立ち上がったシクストが指を鳴らす。ぱちん、と軽やかな音と共に周囲の静寂がかき消え、世界が音を取り戻す。それを合図とするように、バーテンダーが姿を現した。


「話は終わったようだね。もう出発する?」

「うん。片道三日くらいかかるっぽいし」

「そう。では、お客様。彼らが戻り次第、いただいた魔法書でお伝えいたします」

「時間は問いません。――よろしくお願いいたします」


 カウンターチェアから腰を下ろし優雅に一礼するズミに手を振りながら、冒険者二人はバーを後にする。


「財布忘れたわ」

「わざとでしょ。たかるんじゃないよ」

「経費で落としてくれるって書いてくれたんだし良いじゃん。いやあ人の金で食べる飯はより美味しいよね」

「お前の好みに合わせると思うなよ」

「鉄味はマジで勘弁して」



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