閑話

「申し訳ない、騒がしくて」

「いえ、こちらこそ。情報を伏せていたというのにお受けいただけたのは幸運でした」

「伏せられた依頼書を手に取ったのは彼らです」


 冒険者が立ち去った後のバーで、ズミが一息つく。クラド家に察されることだけは避けたかった、と言えば言い訳になるだろうか。尤も、認識阻害の魔法が解けた今、それを口に出すことはない。

 彼の前に新たなグラスを差し出しながら、バーテンダーはふふ、と微笑んだ。


「さぞ腕の経つ方々なのだとお見受けいたしますが……ハルラックで名を売らないのですね」

「売れて困る人も多いですから。この街では、無名の英雄も必要とされている」


 尤も、マスダにしてもシクストにしても、英雄なんて柄ではないし、表舞台以外では然程無名というわけでもない。それは依頼人には不要な情報だ。


「マジックアイテムも回復したようですので、私はこれにて失礼いたします」


 アイテムに魔力が充填できたのを確認し、ズミが立ち上がり一礼する。


「ええ。お気をつけてお帰りください」


 マジックアイテムを発動させたのだろう。音も無く扉が閉まるまでバーテンダーは頭を下げ、


「……さて」


 ぱちりと瞬きを一つ。バーテンダー以外無人であった薄暗い室内から一転、夜明け色の光が灯り、各々の空気に酔いしれた客がグラスに口付ける、バーとしての白の薄氷亭が姿を現した。


    ◇


「馬車で二日、徒歩で一日。通りがかる街で買い足しても良いと思わない? ねえ聞いてるシクスト」

「あの辺り僕が食べれるもの無いじゃない。買い足したいなら自分の懐から出しな」

「無いんだって。忘れたんだって」

「取りに行けば?」

「ヤダよここまで来て面倒くさい。しかもあんた先に行くだろ」

「お前の足なら追いつけるんじゃない」

「普通に歩いてくれるならね。……まーたまにはまずい飯でも良いか。何買うの」

「こんな夜更けにまともな店は開いてないからね。僕の主食と――ま、あれば干し肉くらいは買ってあげるよ」

「まともじゃない店の肉食わせる気かよ」

「値段以外はまともだったはずだよ、干し肉は」

「ん~~ならいっか」

「そもそも何でも食べるじゃない」

「それもそう」


 人通りも殆ど消えた夜更けのハルラックを、二人が歩く。買い出しが終われば夜行馬車に乗って数日の旅行。どこぞの村でゴブリン退治を行うとは思えぬ足取りだった。






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