第十五話 目的地

 目的の村から最寄りとされる街で馬車を降り、人気を避けるようにして歩みを進める。途中、ホンモノのゴブリンがちらほらと出没したので適宜片付けはしたものの、道中は平和と言って差し支えなかった。


 夜明けとともに、目的地へ到着する。


「村の看板も何も無いんだ」


 小さな家がちらほらとあって、その向こうには、やや浮いた大きさの立派な一軒家。殺風景だなあとマスダは一人呟く。


「名前つける必要も無いんでしょ。クラドの人たちは便宜上”イスズ村”と呼んでるみたいだけど」

「何それ。なんて意味?」

「小屋のゴブリン一家の名前」

「ああ……」


 夜明けの村に人影はない。それでも、人目に入らぬように気配を消しながら、村長のものと思われる家の前まで辿り着いた。


    ◇


 ――イスズ村、集会所にて。


「…………」


 カーテンは閉め切られ、明かりは灯されず、昼前とは思えぬ薄暗さを持つ空間の中で、冒険者は多数の無言の目に見つめられていた。どれもが暗く澱み、蔓延る沈黙には無言のうちに抱える苦痛を滲ませている。

 集団の先頭。高齢の男が重い口をそっと開いた。集会所まで導いた、村の長だ。


「ようこそおいでくださいました、冒険者様……」


 低く掠れた、弱々しいながらも芯のある老人の声が礼をするのと同時、杖で支えていた身体が揺らぐのを傍に立つ青年が支える。反対側に構えた女性は、労わるように老人の背を撫でた。


「座ったままで良いよ」

「……かたじけない。失礼します」


 マスダの軽い言葉に今度は目で礼をするにとどめ、周りにフォローされながら、老人はなんとかといった様子で席に着く。

 立ち続けようとする両脇の二人にも視線で座るよう勧め、長テーブルを挟んで三人と冒険者が対する形となった。他の村人は、三人の後ろでじっと立ち尽くしている。


「後ろの人たちは立ったままで良いの」


 マスダの問いかけに、老人は小さく首を振る。


「怪我人は来ないよう申しております。どうぞ、お気になさらず。お気遣い、ありがとうございます……」

「ならいいけど」


 淀んだ瞳の彼らも、全員が全員健康体というわけでは無さそうだ。しかしそれでもこの狭い集会所に詰めかけた、それだけの理由があるのだろう。彼らの意思で立ち尽くしているというのであれば、別に帰らせる必要も無い。

 領主からの悪辣な搾取に苦しんでいる——と思いきや、村の状況は想像していたより深刻そうであった。


「さっさと話を済ませようか」


(……今夜中に片付けないと、こっちに不満ぶつけられそうだし)


 その言葉の裏にも同情などは一切無いが、村人は早急に解決しようとする態度に安堵や感謝を覚えたようだった。空気が少しだけ軽くなるのが、肌で分かる。


「私はこの村で村長をしております。依頼は、既にお聞きしているかと思いますが、……森の前に、赤い屋根の小屋がございます。住み着くゴブリンの掃討を、お願いいたします」


「規模は分かる?」


「……成体のゴブリンが五体、幼いゴブリンが二体。五体のうち三体は屈強な身体を持っております。幼いのは、一体は生まれたてのようなものです」

「なるほどね。でかい奴ら、酒盛りとかするかな。明け方まで騒いだり」

「いえ、このところは贅沢も然程出来んのでしょう。日付が変わる頃には明かりは消えております」

「そっか」


 マスダはひとつ頷くと立ち上がった。その様子を、老人の視線が追う。


「もう、よろしいのですか」

「それだけ聞ければ大丈夫。村長さん、座ってるのも辛いでしょ。ゴブリンの仕業かな」

「……」

「っそうだ!! 全部あいつらが……!!」


 沈黙する老人に代わるように、隣に座る男が叫ぶ。テーブルに叩きつけた腕は、怒りを抑えるように震えていた。


「あいつら、俺の家に勝手に入ってきやがった。酒も金も足りない、何もかも俺たちが悪いんだって。金目のモンなんかありゃしねえのに、家中荒らそうとしやがるのを、居合わせた村長が止めようとしてくれて——思い切り蹴り飛ばしやがったんだ! 治療したけど骨がおかしくなったのか座るのすらままならねえ」

「うちの姉も、あいつらのせいで家から出られなくなったんです……! 外で洗濯をしていたら突然あいつらが……抵抗すれば殺すと脅されて、……あんな奴らがいるから……!!」

「自分ちの鐘がうるせえって八つ当たりを——」

「畑から盗むに飽き足らず、荒らしまで……金がないと言いながら食物を殺すのです……」


 反対側に座していた女性は顔を覆って泣き出してしまった。釣られるように、後ろに立ち尽くす村人たちもざわざわと嘆きを口にする。

 村の規模を考えるに、来ていない者たちのほとんどが似たような被害に遭っているのだろう。


「……頼みます、冒険者様」

「心配しないで。ね、相棒」


 ここまで黙りこくっていたシクストに視線を向ける。


「依頼はこなすよ。それまでは、借りた家で準備させてもらうね」

「ええ、狭いところですが……」

「構わないよ。それじゃあ、明朝八時にまたここで」


 幾多もの瞳に見送られ、2人は集会所を後にした。古びた扉が鈍い音を立てて閉まるのを聞き届け、マスダはふう、と小さくため息をつく。


「やー、空気で肩凝りそう」

「重くもなるでしょ。早く拠点に行こう、うっかり見られて警戒されたんじゃ台無しだ」

「了解。……うん、気配無し。この角度なら、あっちからは見えない」


 周囲を警戒しながら進むマスダに合わせ、シクストも歩を進める。

 振り返った先では、真昼の温かい陽光が森を照らしている。


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