第十六話 依頼開始

「起きなさい」

「イダッ! ……なに、朝?」

「夜だよ。熟睡しちゃって」


 手刀を食らった額を撫ぜながら、マスダは横たえていた寝台から身体を起こした。シクストの親指が窓の外を示す通り、すっかり夜も更けている。


「亭主殿といい、俺の起こし方雑じゃない?」

「嫌なら自分で起きなよ」

「……。飯食おっかな。シクストは?」

「もう食べた」

「そっかあ」


 荷物袋を漁り、取り出した干し肉を早速噛みしごく。前評判通りの味に顔を顰めながら、コキリと首を鳴らす。貸し与えられた家は掃除こそされているものの、設備は粗悪だ。床と大差ないベッドでは身体も凝り固まって仕方ない。無論、冒険者という立場上慣れたものではあるけれど。


「シクストは何してたの」

「持ってきた本読んで時間潰してた」

「へー。怪我人まみれだし、魔術師様治療してください~とか乗り込んでくる人いるかと思ってた」

「そんな余裕も無いんでしょ」

「可哀想に」


 苦労して干し肉を噛み終えたマスダがベッドから立ち上がる。頃合いだろう。


    ◇


 赤い屋根の、ここいらでは少し目立つ大きさの小屋。

 侵入者を阻むように、番犬が二匹身を伏せている。……すっかり瘦せ細っていて、同じく肉の無い村人ならともかく、戦闘の心得のある人間に対する門番としては心もとない姿だ。


「……」


 そういえばゴブリン以外の情報、聞いてなかったなあとマスダは記憶を辿る。取るに足らない依頼であるし、何かあればシクストがフォローしてくれるだろうと、あまり真面目に会話をしていなかったのだ。

 ともあれ、コボルト退治は管轄外だ。追加報酬を強請れないかしらと考えたところで、


(あ)


 心の中で小さく呟く。

 シクストがマスダより先に前に出たかと思えば、二匹は一瞬ぴくんと身体を揺らした後、先ほどより深い息を立て始めた。


「……死んでないじゃん」

「眠りを深くしただけ。家が爆発でもしない限り起きないよ」

「犬好きめ~」

「コボルト退治は頼まれてないし」


 素知らぬ顔で家に近づく。本当に深く、深く眠っているらしく、番犬はその役目を果たさず寝息を立てたまま顔を上げる様子も無い。

 音もなく扉の前まで辿り着き、


「……うん」


 扉と鍵をさっと調査したマスダが、ポケットから取り出したピックで静かに鍵穴をいじる。手応えを得るまで、大した時間はかからなかった。


(大して凝ってなくて助かるな。短気を起こして鍵ぶっ壊したものの、まともな鍵に付け替える余裕も無かったってとこか。……お、罠)


 小さく扉を開いた先、足元にはピンと伸びた細い紐が張られていた。これに躓けば、紐の先にある鐘がけたたましく鳴り響く防犯用の罠だ。


「今はいい。終わったらいい感じに処理しといて」

「はいはい。引っかからないでね、シクスト」

「お前がね」


 音もなくやり取りをして、後は口をつぐむ。小屋に足を踏み入れれば、後は依頼をこなす時間だ。

 滑り込むように扉の中へ入る。玄関からすぐ見えるのは、草臥れて金銭価値を失った家具に囲まれたリビングだ。革のよれた大きなソファには、誰もいない。


(ちゃんと寝室で寝てんのね)


 右手から繋がるダイニング、キッチンにも人の気配は無い。左手の廊下に進めば、扉と階段が鎮座していた。

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