第三十八話 目的地
◇◇
ハルラックから約三日の旅が終わろうとしている。
馬と御者というクッションがあるためか、はたまた二人の気まぐれか、馬車に乗ってからはこれといった言い合いも無く辿り着くことが出来た。
速度を落とした馬車がゆるりと動きを止める。
「到着しましたね。降りますよ、マスダ」
「あいあい」
何事もなく完全停止したのだから目的地に到着したことは誰でも言わずとも分かることだが、この修道女と無駄な会話をする気はない。トーリスの促すままに馬車を降りれば、行きがけにデロデロと溶けていた御者はきりりとした表情を取り戻していた。
「ご利用ありがとうございました! 帰りはどうしましょうか」
「長引く可能性もあるので、近隣の街で足を探すことにします。幸い旅に慣れた同行者もいるので、近隣までなら困ることも無いでしょう。お気遣い、ありがとうございます」
「そうですか……。では私はこれにて。またどうぞ!」
しかし表情こそ取り繕っていたものの、トーリスの言葉に「残念」という言葉を背負ったような空気は誤魔化すに至れていなかった。後ろ髪を引かれたままハルラックの方面へ馬を誘導する御者から、目的の村へと視線を移す。トーリスの方が一拍速く視線をそちらに向けていたのは、その分だけ早く馬車から興味を失せた証だろう。
「キラーキ村ね。確かに何も無さそう」
「あるでしょう、今は」
「馬鹿目立つ教会以外はってことだよ」
「馬鹿は余計です。良かったですね、貴方が星光教徒ではなくて。異端審問官として信仰を確かめねばならぬところでした」
「そーですね」
詮無き会話をしつつ、村へ足を踏み入れる。と、すぐそこの民家から女性が外に出ようとしているところだった。
「……ッ」
目が遭った瞬間、さっと扉の奥に引っ込んでガチャンと鍵まで掛けられる音が響く。
「すっごい歓迎ムードじゃん」
「致し方ありません。まだ教えもお伝えしていないですし。村民が急に星光の色に染まり始めた村に戸惑っていることは重々承知です。だから、私が来たのです」
「あそ」
「ああいった態度は想定内とはいえ、武力を用いられては看過できません。雇った分は働いてくださいね」
「分かってるって」
言葉通り、トーリスの曇り空のような瞳は全く動揺を示さない。泰然とした態度で閉めきられた民家の前を通り過ぎ、目的の村長の家を探す。しかし。
「どの家も似たような造りですね。表札も無いですし、見た目で判別するのは難しそうです」
「その辺の人に聞くしかないね」
「では、お願いします」
「……言うと思った」
さらりと聞き込みを押し付けられた。トーリスが上手く熟せるわけがないとも思っているので、言い返したところで無駄ではある。小さくため息を吐くに留めた。
「……」
ただでさえ余所者の身だ。先ほどの女性の反応からして、そういった者を歓迎しない村である可能性も十分にある。あまりきょろきょろして不審がられても今後に響きそうなので、マスダは辺りをちらりと一瞥する。
「そこで大人しくしてて」
「分かりました。殺されては敵いませんので、早くお願いしますね」
「こんな開けた場所で、来て早々殺しはしないでしょ」
「冒険者とはいつ何時でもあらゆる可能性を考えるものでしょう」
「はいはいはい」
会話を断ち切り、マスダは目的の方向へ迷いなく足を進める。
「こんにちは」
「? こんにちはー!」
向かった先は、しゃがみこんでいる二人の子供がいる大きな二本の木の間だ。それなりに緑豊かな村の中で、一際背が高い。良い感じに木陰で休める、子供たちの良い遊び場になっているのだろうと何となく察する。
摘んだ花を編んで遊んでいる少女二人に声を掛ければ、特に嫌がられることも無く挨拶が返された。
「しらないおにーちゃんだ。だれー?」
「あたしもしらない! だれ?」
「俺はマスダ。ここの村長さんに頼まれごとをして、ここに来たんだ。村長さんのおうち、分かる?」
同様にしゃがみこんで目線を合わせて尋ねる。
「ソンチョーさん」
「あたししってる! いちばんえらいおじいさんでしょ」
「そうそう」
「あー。えっとね、あっちだよ。ママといっしょにたまにいくの」
「わかる? あのおっきいたてものの、よこのおうち。おとなりにりんごの木が生えてるのよ」
「ん、ああ。あそこか」
少女たちの幼い声と指がさし示す方向を見れば、確かにおっきいたてもの――教会の横に、林檎の木と民家がある。
「ありがと、助かったよ」
「ううん。ますだ、ソンチョーさんの家に行けてよかったね」
「ふふん! あたしたちが知っててよかったね!」
「うん、君たちに聞いて良かった。お礼にこれあげる」
ほにゃほにゃとした笑みを浮かべる少女と得意げな少女。二人と話しながら手持無沙汰で作っていた花冠をそれぞれに手渡す。
「わ! かわいい!」
「やったー! ね、村長さんのおしごと終わったら、これおしえて!」
「良いよ。でも今日は遅くなるかもしれないから、また今度ね」
「はーい」
「はーい!」
聞き分けの良い二人に手を振り、その場を立ち去る。依頼を済ませた後にそのような余裕があるのかは知らないが、まあ明確な約束をしたわけでもなし。気にすることなく、トーリスの元へ戻る。
「教会の横だって」
「手際が良いですね。傍から見れば危ない光景でしたが、貴方が知人で良かったです。軽薄でも笑顔であれば、幼子から見れば柔和に見えるのでしょうか」
「早く行かない?」
「それもそうですね。では、行きましょう」
教会以外、何もない村だ。その教会を建てるのだって、対応するのは村長や大人ばかりで子どもたちは余所者と関わることはなかっただろう。スムーズに事が運んだのは、ただ単に少女たちにとって村民以外の人間が物珍しかったからだ。
と、説明する義理も無い。したところでトーリスはさして興味も持たないだろうことも分かっているので、よく回る口だな……、と思いつつトーリスの背を追った。
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