第三十七話 道中にて
「貴方はキラーキ村、ご存じですか」
白の薄氷亭を後にし、西門へと向かう道中。トーリスがどこか歌うようにマスダへ問いかけた。
「知らない」
「でしょうね」
もとよりマスダの知識量に期待していないことが丸出しな返事である。事実ではあるので、言い返す気は起きないが。
「何もない村、といえば光景は想像は付くでしょう。それなりに住人数はいるので、寂れた村でもないですが」
「へえ。で、その村がなんだって?」
「星光の教会が建つ計画が発足したのです。それが先日、ようやく完成したと。村民からは反対意見もあったようですが、そこは村長の鶴の一声ということで」
「お前は嫌われに行くわけだ」
「いいえ、私は教えを説くことです。とはいえメインは、教会での祈祷になるでしょうが。まだ神父もいないようなので」
「形だけじゃん」
「だから信徒が呼ばれたのでしょう。……ああ、すみません。馬車を一台借りたいのですが」
道すがら漠然と共有された依頼の内容を何となく噛み砕きつつ、トーリスが門番に声を掛ける様子を見守る。噂の異端審問官の登場に最初こそ声を強張らせていたが、その可憐な容姿と声色にすっかり絆されているのが見て取れた。寒いだか乗り心地が良くないだかでそれなりに質の良い布をも貸し出そうとし、トーリスが小さく首を横に振っている。流石に場所の件の話は付いただろう、とマスダは彼らに声を掛けた。
「馬車、借りれんの」
「ええ。代金はこちらに。御者にもよろしくお伝えください」
「い、いえいえ。我らが星光教会のシスターに支払わせるわけには」
「いいえ。皆が星光の加護の元にあるからこそ、すべては平等に扱われるべきなのです。手配、よろしくお願いいたしますね」
「は、はい!!」
喜色満面といった様子の門番を不気味に眺めつつ、馬車の用意を待つ。すっかり骨抜きにした張本人は全く気にした様子も無く、姿勢よく立ったままどこを見ているかも分からぬ目をしていた。
「毎回毎回、言いたくないけどすごいね」
「胸に秘めることをお勧めします。どこかの諺で”沈黙は金”とも言うのでしょう。今回は聞いてしまったのでお相手しますが、私も我ながらよくスムーズに事を運べるものだと思いますよ」
「そうなるように相手選んでるでしょ」
「不必要にハードルを上げたいと思う人も、世の中に入るのでしょうね。私は、馬車を借りるのにディベートまでする気にはならないだけですよ」
「……ま、そりゃそう。楽なのが一番だ」
「貴方と同意見というのも癪ですね」
「あいあい」
トーリスのちくちくとした言葉を聞き流す。慇懃な言葉遣いと静かで芯がありながらも柔らかな声色のヴェールで覆われているとはいえ、トーリスはマスダに対しては常にそのような物の言い方をする。マスダに限らず、選ぶ必要がない相手であれば誰でもそうだが。
「お待たせしました。キラーキ村まででよろしかったかな」
雑な会話で時間を潰している内、馬車を連れた御者の男が現れる。
「はい。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「お、おう。任せときな」
たったひとつの挨拶で陥落しかけているのを見て、魔性という単語が頭をちらついた。
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