第二十七話 夜道
「ストップ」
知らぬ男の声が、夜の街の静寂に静かに響いた。
急に立ち止まるマスダの肩からずり落ちそうになるのを耐えながら、カディナは様子を窺うべきかを探る。
あの家の男達の手からは守られたが、そもそもマスダ自身が誘拐や人身売買に手を染めている紛れもない悪人であることは事実なのだろう。
とはいえ、この依頼を受けたのがマスダではなかったとしたら今頃身体的により酷い目にあっていた可能性があったかもしれない、と考えてしまうのだ。立ち塞がっているであろう男が警備隊などであれば、自分が言いくるめるべきなのだろうか、と思考を巡らせるも、
「付き合い悪いし、用事でもあるのかと思ってた」
返すマスダの声色は、知人に対するそれのようであった。
「……段取りが違うでしょ。その子連れてどこ行こうとしてるの」
「関係あんの?」
「あるから聞いてる。……最悪、その子が無事ならどうでも良いけど」
「無事だよ、無事無事。怪我もしてない」
「じゃあ、この血のにおいはお前のかな」
二人の会話に口を挟む余裕などないが、血のにおい、という単語に反応してカディアは周囲のにおいを探る。突如現れた男の言う通り、深夜の冷えた空気の中で、確かに強く鉄を感じさせた。カディナ自身はどこからも出血などしておらず、先の戦闘における返り血、というにはどこか違和感を覚える。もしかして、と確かめるべく身体を捩り、
「わ」
「いたっ」
見事に肩から滑り落ちた。強かに打ち付けた尻の痛みに顔を歪めつつ、久方ぶりに外の景色を見る。
「……これで怪我してたらノーカンでいい?」
「依頼人に聞いて」
「はいはい。あんたも急に暴れないでよ」
「ヒッ」
ぐるりと回った視界を落ち着かせ、対峙する二人の男を見上げる。銀色の髪がよく目立つ長身の男。もう一人、今の今までカディナを抱えていた男に目をやって、思わず悲鳴を上げかけた。
カディナを担いでいたのと逆の腕は、二の腕から大量の血を滴らせている。切り裂かれた衣服の下からは皮膚と肉を通り越して白いものさえ見えていた。深夜の暗さに目を凝らせば、腹部にもはっきりと血が滲んでいるのが見て取れる。
「ま、マスダさん、その怪我」
「名前まで教えてるの」
「名前くらいいいでしょ、俺のだし」
「あ、あの、うでが」
平然と会話をしている男の有様だとは、とても思えなかった。
「……ちょっと用事あるからさ。この通り無事は無事だし、良い感じに誤魔化してくれない?」
「依頼内容に含まれてないんだよね。どこ行くつもり?」
「ケチ。どこって……あー、どこだっけ。あいつらが行ったの。知らない?」
「知ってるわけないでしょ。……知ってたとして、こんな真夜中にどうやって向かうつもり?」
「脅せば馬車の一台や二台借りれるだろ」
「今夜だけでどれだけ汚名稼ぐの」
「あ、あの! うで、腕の治療をしないと……! それに、人に見られてしまうのでは、」
構わず言い争うように会話を続ける二人に、カディナは思わず割って入った。
「人払いはしてるよ」
「へ、」
「治療はまあ、君の言う通りだね。早くしないと腕使えなくなるよ」
「悠長にしてる暇ないんだよ、さっさと追いつかないと……」
「腕を犠牲にするほどなのですか……?」
「仲間が遺跡調査に行ってる。最近遺跡で人死にが多いのは、あんたが話してた通りだよ。その原因の罠やら何やらを仕掛けてるのは一枚岩でも数グループでもない、まあ掃いて捨てるくらいにいるんだろうけど、さっき殺した奴らもその内の一グループ。あいつらが向かった遺跡にはゲイザーもいる。殺意高いトラップと挟まれたら全滅する可能性は低くないだろ」
並べ立てられたマスダの言葉を理解するのは、そう難しいことではなかった。遺跡調査における犠牲者が増えていることも、それにローザイド家が手放したアイテムが利用されているかもしれない、ということも知っていた。であれば、今日カディナを誘拐しようとした男達の目的がカディナ自身でもローザイド家でも金銭でもなく、より危険なアイテムであった、というのも納得のできる話だ。
「だから、早く向かわないと」
「その腕で行っても足引っ張るだけじゃない?」
「腕一本でも俺の方が強いし助けに行かない理由にはなんない」
「悪人なのにせいぎのみかたみたいなことを言うね」
「あ、あの!!」
再び二人の間に割って入る。冷たさすら覚える四つの目がカディアに注目するのを感じた。
「あの、……わたしが口添えすれば、馬車はご用意できるかと思います」
「……は?」
「お仲間が向かわれた遺跡の場所も、そう遠い場所でないのであれば、もう少し特徴か何かがあれば特定できます。だから、あの……ハルラックの西門まで、迎えますか」
つっかえそうになりながら何とか言い切ったカディナに、マスダは目を瞠った。
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