第二十六話 戦闘終了

「てめえ!!」


 柄の悪い声が怒鳴り散らし、知らぬ声が何かを叫ぶと、重いものが床に打ち付けられる音が響く。ゴキリと鳴った何かが折れる音の正体は、大きなテーブルの足か何かだと思いたかった。合間を縫うように風を切る音が数度して、ぐしゃりと何かが倒れ伏す音、ぴちゃぴちゃと液体が床に溢れるような音もやけに大きく聞こえる。ドタドタと聞こえるのは、二階から複数人が慌ただしく降りてくる音だろうか。それも間も無く止んで、次はガラスが派手に割れる音。位置関係からカディナに降り注ぐことはないと理解はしていても、降ったところである程度は分厚い毛布に守られることも理解していても、より身を縮めずにはいられなかった。

 と、必死に身体を小さくしていると、すぐ近くからバタンと騒々しく扉を開く音がした。玄関側ではない、とすると、音源は己が身を預けているクローゼットしかないだろう。理解した瞬間、思わず小さく悲鳴が漏れた。


「ひィ、っ」

「あ? ……なんだ、」


 毛布越しに視線があったような空気に、心臓が凍りそうになる。クローゼットに身を隠していたらしい男も、すぐにその中身に気がついたようだった。毛布の向こうから、何か鋭いものが突きつけられる感覚。正体を脳が処理する前に、男が怒鳴る。


「おい! こいつがどうなっても——ぴっ」


 ごとん。その途中で、目の前で何かが崩れ落ちた。


「でかい図体でよく隠れるよね」

「よそ見かぁ!?」

「っと、……まだ気絶してない?」


 何かが弾ける音、金属音に混じる問いかけるような声色が、自分に向けられたものだと理解する。カラカラに乾燥した声で何とか返事をした。


「は、はいッ」

「上出来。そのままじっとしててね」


 返事はしたものの、徐々に部屋を満たすのが何の音なのか輪郭が浮かんできてしまい、精神的には限界も近かった。身体を抱き締めるように腕を掴む手に力を込めて、爪が皮膚にめり込む感覚で意識を保つ。痛い。

 家を埋め尽くす、怒号、うめき声。小さな爆発音までするものだから、自分が無事なのかすら分からなくなりそうだった。

 いつまでも続いてしまうのではないかと思っていたそれらも、やがて徐々に衰退を見せる。重いものが倒れ伏す音がして、それを最後に静寂が訪れた。代わりにはあはあと荒い呼吸音が目立って、カディナは自身の呼吸がそれほど乱れていたことを初めて自覚する。

 それと同時に、酷い匂いが鼻をつく。冷静さを取り戻し始めた脳が、ようやく嗅覚に仕事をさせだしたのだろう。吐きそうになるのをなんとか堪えていると、急に視界が開ける。


「あ、」

「お待たせ」

「……あ、え、」


 毛布を剥ぎ取ったのは、マスダだった。その向こうに何人もの人間が倒れ伏しているのを、暗闇に慣れた視界が捉える。それが死体であると理解する前に、カディナの身体が宙に浮いた。


「きゃっ」

「一旦戻るから、大人しくしてて」

「は、はい」


 来た時と同様、マスダの肩に担がれたらしい。扉の開く音が止む前に、夜の街を駆け抜ける風が身体を包む。

 一瞬なれど目に焼きついた光景を振り払うよう、瞼をきつく閉じて到着を待った。

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