第二十一話 白の薄氷亭にて

「なるほどね。大金入ったし暫く来ないかも! なんて可愛らしい幼子のように飛び出したというのに、すぐさま戻ってきたと思ったら」

「仲間に置いてかれて拗ねてる、と」

「……亭主殿もシクストもさあ、慰めてよ。可哀想な俺を」

「パーティ追放じゃなくて良かったね」

「人でなしめ」


 ハルラックの街、卓越風通り。

 バーと冒険者ギルドを兼ねた白の薄氷亭のカウンター席で、マスダはまだ陽も落ち切らない内からクダを巻いていた。隣に腰掛けるシクストと呼ばれた白髪はくはつの男が、真紅の液体に満ちたグラスを呷りながら笑う。勿論、慰めの色は一切見られない。


「時間が空いているなら、お仲間を見習って君も依頼を受けたらどうだい」

「えー……こないだ受けたばっかりなんだけど……。二人で受けられそうなのある?」

「勝手に僕を頭数に入れないで」

「寂しいんだって」

「面倒くさいから今日は嫌」

「俺がこんなに寂しがってるのに?」

「可哀想に」


 シクストには引き続き軽くあしらわれ、渋々と一人依頼書の並ぶ掲示板へと向かう。数杯のアルコールは、几帳面に並べられたそれらを読むのを阻害するには値しなかった。


「……お、変なの発見」



 〜子供の送迎願い〜

 対象:子供一人

 詳細は契約完了後、下部スペースに出力されます。


 報酬:4000Rリーン


 キャンセル:× 期限:今晩


 契約は下記にサインにて締結とします。



「怪しさしかない。亭主殿、何これ」

「見ての通りだよ。金払いの良いお客様でね」

「わーさすがかねのもうじゃ。いくらもらったの?」


 棒読みで尋ねるマスダに、バーテンダーは小さく微笑む。


「ふふ、人聞きの悪い。これで受けるのは難しいとはお伝えしたよ」

「それ言わなかったら詐欺も良いところでしょ。……え、お前受けるの?」


 依頼書へ迷いなくサインするマスダに、シクストが呆れた様子で視線を向ける。


「受ける受ける。一晩時間潰せて、4000R。金払い良いなら増額も狙えっかな〜」

「……拗ねてるマスダってめんどくさいな」

「うっせ。っつーわけで夜通し起きてなきゃだから付き合って」

「えー……まあ、日付変わるまでなら良いよ」

「……そろそろお店を開けるから、飲み会なら上でやりなさい」

「え、手伝うよお店」

「お気持ちだけ」


 酒瓶を数本とグラス一式を押し付けられ、マスダはのろのろと階段を上がる。冒険者達の寝泊まりする宿の役目は、上階に収められている。


「遠慮しなくてもいーのに」

「お前、バー似合わないから無理でしょ。人格破綻してるし」

「バカ失礼。似合うでしょ。ていうか接客くらいできるって絶対」

「安っぽい酒屋でジョッキ持ってる方がしっくりくる」

「……否定できないかも」


夜は更けていく。

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