第三十二話 帰還
◇◇
「……戻ってきたね」
「え? あっ」
陽もすっかり昇りきろうとした頃。
男の声に顔を上げ、遺跡の入り口に目をやる。間もなく、六人の冒険者がゆっくりとした足取りで暗がりから顔を見せた。
マスダは土埃や煤で汚れてはいたものの、追加の怪我は多くはないようだった。長身の男を背負い、右腕で小柄な女を支えている。その二人と後から追ってきた三人は全身に傷を負っていて、見ていて痛々しい程だ。思わず駆け寄ったカディナに、マスダがぱちりと瞬きをしてみせる。
「あれ、いたの」
「酷い怪我です。ち、治療をしないと……! 」
「うん。だから宿まで運ぶ」
「お手伝いします!」
「んー……」
どこか心ここにあらずといった様子のマスダから、明確な返答は無い。それに代わるように、黒髪で長身の女冒険者がカディナに声を掛けた。
「……気持ちは有難い。けれど、今は礼も碌にできない。ただ貴女の綺麗な服を汚すだけになってしまう」
「お礼なんて、そんな」
「それに、我々は装備も纏っている。相当負荷がかかるはずだ」
見れば確かに、至って軽装のマスダとは異なり、きちんと装備を整えている者が多い。遠慮と同時に、一般人、それに明らかに肉体労働を行っているようには思えぬカディナを慮る気持ちも感じられた。
「ええと、……あ、お荷物ならお持ちできます!」
それでも尚協力を申し出るカディナに、
「……そうか、すまない。名乗り遅れたが、私はリードだ。手間をかけるが、よろしく頼む」
「はい! わたしのことはカディナとお呼びください」
「ありがとう、カディナ」
リード、と名乗った女冒険者は折れた。
全員分ともなると、結構な重さだ。それでも冒険者ひとりを抱えるよりは軽い。よいしょ、と背負い直しながら、先を歩くマスダの後を追う。
「……あれ?」
気が付けば、銀髪の男は姿を消していた。
◇
「これでひと段落かな」
「……ありがとう、マスダ」
「はは、何回目だろ」
「命を救われた。何度言っても足りないだろう」
パーティーメンバーが二つ借りたという部屋は宿の三階にあり、動けるメンバーで協力しながら何とかベッドに押し込めた。ルジオ以外の意識のあったメンバーも限界だったようで、マスダが急いで買ってきた回復薬を使い、治療を受けている内に眠りに落ちてしまった。カディナは彼女も彼女で疲労が激しい様子だったので、余ったベッドに寝かせている。噴水の町ルイドは治安が割と良いし、店主も給仕も穏やかで誠実でそれなりに信用のおけそうな人物であったが、流石に一人にしておくわけにはいかない。
今、起きているのはマスダとリードだけ。リードにも休むよう進言したのだが、今は良いと断られてしまった。なので、
「何があったの?」
話をするということだろうと、単刀直入に尋ねる。
「……。彼女には、聞かれても?」
「まあ、大丈夫」
「分かった。話そう」
傍らの珈琲を一口飲み、リードは口を開いた。
「……お前と別れて、私たち五人はこの街へ馬車で向かった。依頼人とは、街の外で合流した」
「外?」
「ああ。頼んだ立場なのだから、出迎えなければと話していたな。荷物があるから先に宿に行かせてほしいと伝えると、遺跡までの地図を手渡して依頼人とは一旦別れた。この宿を取ったのは、街の人に勧められたから」
「そっか、良い宿だね」
「うん。評判通り、ルイドは治安が良いな。荷物を置き、遺跡に向かう。依頼人は約束通り、遺跡の入り口前で待っていた。綺麗に見えるが人の手が入ったという話はあまり聞かないというので、トラップの類への警戒の比重を重くする必要があると判断した。なので、先頭はテンス、次に私、ルジオと続く。セルパンが依頼人と話しながら進み、最後尾がノクトだ」
テンスは手先が器用で身軽な少女だ。危機察知能力も高く、所謂盗賊職のような身のこなしを得意としている。罠を警戒して進むなら、先頭に置くのは正しい。――普段はマスダが担っている部分で、それ故にテンスには敵視されがちなのだが。
前衛として剣士リードと
「目的は最奥にあるという壁画のスケッチと、遺跡内部の地図作成。罠は……やけに多かった、と思う。地図を作成するために入り組んだ道を何度も往復したこともあり、テンスも堪えていた。それでもテンスがトラップを避け、解除し、時折あるリドルはノクトとセルパンで解き、特段負傷も無いまま進むことが出来ていた」
「……依頼人は参加しなかったんだ、謎解き」
「ああ。今思えば、この時点で不審だと断じるべきだったな……。初めて引っかかったトラップは、
「突然」
「ああ。あの巨体だ。いくら疲労していようと全員が全員見逃すことはまずあり得ない。本当に、突然現れたとしか言いようがなかった。邂逅は覚悟していたつもりだったが、ダメージを負った状態で不意を突かれ――気が付けば、依頼人は姿を消していた。私以外立てる者がいなくなった時、お前が来てくれたんだ」
「タイミング良かったみたいで」
「本当に」
漸く、表情を固くしたままであったリードの口元が少し緩んだ。
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