第三十一話 遺跡にて②

「マスダ」


 戦闘を終えたマスダに背後から声を掛けたのは、修道女・セルパンだった。

 先に意識のない二人を運ぶよう頼み、自らは這いながら辛うじて端まで移動したらしい。美しいはずの長い金髪は泥と埃にまみれ、ぐちゃぐちゃに絡まってしまっている。


「立てる?」

「無理、情けないけど限界。……来てくれてありがとね。本当に、今回ばかりはダメかと思ったわ」

「回復薬しかないけど、とりあえずこれ飲んで」

「ありがと……」


 蓋を開けた回復薬を渡せば、しかしそれを飲むのにも辛いらしい。慣れた様子で早々に飲みきりながらも、珍しく口の端から零れたそれを、ボロボロの修道服で気だるげに拭った。


「歩けそう?」

「ん、イけるイける……っと」

「肩貸すよ、捕まって」

「あはは……何から何までごめんねぇ」


 手を貸せば、ふらつきながらも立ち上がる。それでも、ひとりで歩くにはかなり心もとない。肩を貸しながら、先で待つリードとノクトへ歩み寄る。


「……マスダ、助かった。礼を言う」

「リードまで。皆お礼ばっかりだ。それより、早くここ出よう。リードとノクちゃんは出口まで歩けそう?」

「私は問題ない」

「…………ハァ。支えがあれば問題ない。何か木の棒でも持ってないか」

「え、無いかな。……うーん、無いかも。折角頼ってもらえたのに」

「私の剣を使え、ノクト」

「……すまん。傷つけないようにはする」

「気にしないでくれ。仲間を守るための剣だ」


 荷物袋を漁る手を止め、役割を考える。リードは一人で歩けて、足取りもしっかりしている。ノクトは剣を支えにすれば歩けそう。セルパンは誰かの支えが必須。残る二人――パーティー内で最も長身の男・ルジオとパーティー内では最も小柄な少女・テンスだ。


「二人は俺が何とかするよ。リード、セルパン支えてながらいける?」

「それも問題は無いが――またお前にばかり負担をかけているな」

「違う違う。俺はみんなが頑張った痕跡辿って楽に遺跡歩けたし、相手にしたのも半分瀕死のゲイザーだけ。一番体力使ってないんだから、最後くらい役に立たせてって。ね」


 言い連ねながら頼み込めば、自身の不甲斐なさに視線を落としていたリードも無下にはできないようだった。


「……。その言い分には納得できないが。全員で脱出するために、頼む」

「任されたよリーダー。じゃ、交代ね」

「はーい。マスダもリードも、ありがと」


 サルパンの手がリードの肩に置かれたことを確認し、身体を離す。

 ルジオは長身とはいえ、実のところマスダと然程身長差はない。体格も似たようなものなので、運ぶこと自体は大した苦ではなさそうだ。テンスの方は、マスダより10センチ程身長が低い。こちらも細身なので運びやすい。そういえば体格に恵まれたメンバーがいないな、と今更過ぎる感想を持った。何度も冒険を繰り返した間柄なので、過去にも似たようなことを考えたことはあるかもしれないが。

 とはいえ、二人同時に背負うのは物理的に不可能だ。ひとまずは二人の意識をいったん取り戻させねばと、横たわる二人に声を掛けようとして、


「…………ますだ?」


 少女の声。

 ボサボサになった短髪の中からぱちりと覗いた赤茶の目が、しっかりとマスダを捉えた。


「テンス、気が付いたんだ。気分は?」

「…………さいあく」

「だろうね」

「…………。……やっぱ、君がいないとダメなのかな」

「そんなことないでしょ。立てる?」

「ん」


 落ち込んだ様子のテンスが身を起こすのを手伝う。魔法攻撃の影響や疲労の蓄積によるものが大きいようで、身体的なダメージ自体は深刻では無さそうだ。


「ルジオ。…………平気なの?」


 傍らで未だ意識を取り戻さない男に気が付いたらしい。白い顔が更に青褪めて、縋るようにマスダを見る。


「息はしてるし、心臓もちゃんと動いてる。治療すれば大丈夫。だから、まずはここを出ないと」

「私、ちゃんと動けるから」


 今にも倒れそうな顔色で言われても、説得力はない。

 動けそうにないルジオをよいしょと背負い、迷った末に右腕を差し出す。


「いいよ、歩けるって」

「もうリード達は先に行かせてる。遅れたくないでしょ」

「…………。ほんとにさいあく」


 リードに憧れてパーティーに加入した少女だ、彼女に迷惑を掛けたくないのだろう。渋々といった様子でマスダの腕に捕まったのを見て、先に行くメンバーを追いかけるように出口へと向かった。






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