第三十話 遺跡にて①
「うわっ」
「おはよう」
「はよー。……あ、休憩中?」
「そう」
額に落とされた手刀の衝撃で覚醒したマスダが起き上がる。馬車の外は、もう間もなく白ばみ始める気配をうかがわせていた。
馬車に積まれた硬い木材の上で楽な姿勢を探ろうとして、マスダは腕に走る違和感に首を傾げる。
「あれ。……手、まだ治ってない?」
「骨まで見えてたからね、肉が再生しきれてない。あんまり動かさない方が良いよ」
「うえ、早く言ってよ」
「自覚が足りないな」
ぱっと見は綺麗になった腕をそろそろと動かして改めて楽な姿勢を取りつつ、足元に目を向ける。硬い座席の上で身を小さく縮めながら、少女が目を閉じていた。その顔色からは、はっきりと疲労が読み取れる。
「さっき起こしたよ。水飲んで寝直してる」
「へえ」
「興味ゼロかよ」
「人聞き悪くない? お陰でみんなを助けられそうだし、感謝してるよ」
「腕の恩は」
「シクストなら依頼無くても治してくれたよね」
シクスト、と呼ばれた青年は露骨に顔を顰めてみせる。
「やめてよ。そんなわけないでしょ」
「冷たい……」
夜中の空気に消え入りそうな雑談をしながらも、マスダの視線は馬車の外に注がれたままだ。他に興味を向けることはなかった。
◇◇
日が昇り始め白んだ空の下、一行は噴水の街ルイドに到着した。馬車が完全に停止する前に転がるように飛び出したマスダとその様子に呆気に取られる少女と御者を見つつ、シクストはため息をついて自身も降車する。
名の記す通り、街の中央に鎮座する巨大な噴水。静かな雰囲気ながら陽が高くなれば活気があることをうかがわせる周辺広場を、マスダに置いて行かれた二人はゆっくりと歩いていた。この広場を抜け、更にもっと歩いた咲希、街の端から続く道を辿ると件の遺跡はあるという。
「ごめんね、落ち着きなくて」
「いえ、そんな。マスダさん、余程心配されているのですね」
「そーね」
夜明けにも近い早朝では、開いている店など酒場くらいのものだ。それもゆっくりできるような時間帯でもないので、御者への支払いを終えた二人はマスダを追って遺跡へと向かった。
わざわざ待たなくても、先帰れば? と問いかける男に、カディナはゆるりと首を振る。大怪我の直後であるためか、無事に遺跡から出られるのかと心配しているらしい。
「心配?」
「……はい」
「そう。でも、中には入らない方がいいよ」
「それはええと、護衛の依頼が追加となるということでしょうか?」
「いや。遺跡って入り組んでて狭い道多いでしょ。巻き込まれるの、嫌じゃない?」
「巻き込まれる……」
◇
一方、遺跡にて。
蟻の巣の如く幾多にも枝分かれする道を、目的の人物たちの付けた足跡を辿りながら進む。極力新しいものを選択しているつもりだが、向こうも向こうでこの迷路のような遺跡を迷いながら進んだのだろう。行ったり来たりを繰り返すものも多々あって、ひとりで遺跡を攻略するよりよっぽど時間を掛けてしまっている。
しかし罠の類に手間をかけることはなかった。大体のものはきちんと解除されている。
大体、以外のものは。
「……」
血の跡。
既に発動されたものなので想像することしかできないが、恐らく
幸か不幸か。血の跡と、血の匂いに釣られて襲ってきたのだろう魔物との戦闘跡。先ほどよりはよっぽど辿りやすくなった痕跡を、マスダは駆け足で追っていく。
そして。
「リード!!」
通路を塞ぎかねない程の大きさをもつ一つ目の魔物――ゲイザーと、片手剣を手に対峙する女の姿があった。マスダが探していたパーティーのリーダー、リードに間違いない。日頃きっちりとひとつに束ねられた黒髪は、乱れるどころか解けてしまっている。
その後ろには、他のメンバーが倒れていた。魔術師・ノクトはまだ意識があるようでなんとか後方からリードの補助をしているようだが、怪我で消耗が激しいうえに魔力が殆ど切れているに等しいことが見て取れる。もう一人、癒し手の修道女・セルパンも意識を辛うじて保っているようで、起き上がろうと力の入らぬ腕を震わせていた。あとの二人は、意識を失ってしまっている。
「……ッマスダ!?」
「下がって!」
全速力で駆け寄りながら状況を把握した直後、リードへゲイザーの視線がはっきりと向けられたことを察する。魔力の充填が終わったと合図したようなものだ。リードを抱き込みながら脇道に向かって転がれば、先ほどまで彼女が立っていた箇所に向けて一線、ジュウッと音を立てて魔法攻撃が飛んだ。地面が抉れる。充填時間があっただけのことは感じさせる威力だ。
「つッ……、マスダ、何故ここに」
「ごめん、それは後で。ノクトたち連れてこれる? 多分ここなら攻撃飛んでこない」
「……分かった。すまない」
「仲間でしょ」
こくりと頷くリードに笑いかけ、踵を返してゲイザーの正面に立つ。大きさとゲイザー特有の雰囲気から泰然としているように見えるが、ある程度はダメージが入っている。彼らの戦いの成果だ。
ゲイザーにも様々なタイプがいる。
共通しているのは、充填した強力な魔力による一撃必殺とも言える石化能力。基本的に防御性能が高く、とりわけ魔法防御力が高い個体が多い。そのため、次々と放たれる石化魔法を避けながら、物理的に攻める必要がある。
今回のは特に魔法防御力が高い個体のようだ。元々なのか、遺跡の魔力にあてられてそうなったのか、そういう仕掛けを施されたからかは分からない。が、マスダにとっては相性の悪くない相手だった。
リードが仲間を避難させる機会を窺っている。アイコンタクトでタイミングは測れた。リードが走り出すと同時、彼らから注意が反れるよう逆から攻撃にかかる。
「ふッ」
小さく息を吐き、ゲイザーの魔力光線を避ける。背後で地面の抉れる音を聞きながら、右手に握った短剣を突き刺した。声を持たぬ魔物は悲鳴を上げることも無く、ただ身を捩るようにぐるりと視線を動かし、再びマスダを一つ目で見つめる。充填時間は殆ど無かった。掠る程度なら問題ない。回避に割くのは最低限の動きのみとして、短剣で切りつけながら跳び上がる。ジュッ、と小さな音を立てて、左の腹部が焦げ付いたが、想定内のダメージだ。
「ッオラ!!」
両手で掴み直した短剣で、落下と共にゲイザーを真上から突き刺す。遺跡という縛られた空間に馬鹿でかい図体の魔物では大した高度は稼げなかったが、威力としては十分。確信しつつも、魔物から滑り落ちるついでに取り出したナイフを、閉じかけた瞳に向かって連続で投げつける。
ズシャ。
三本のナイフに瞼を閉じることを阻まれながら、ゲイザーは沈黙した。
やはり、相当頑張っていたのだろう。思ったよりも早く片付けることができた。
汗を拭いながら顔を上げれば、まだリードと、何とか立ち上がることができたらしいノクトが仲間を運んでいる最中だった。
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