第二十九話 馬車の中

 三人の居た区画からハルラック西門までは、そこそこの距離があった。金額分の仕事はする、とマスダを背負った男は、背中から急かされるがままに夜の道を駆けながら、片手間で治癒魔法を展開している。カディナは遅れぬようにもつれそうになる足を懸命に動かしながら、その様子を時折窺う。


「ねー、もっとスピード上げらんないの」

「この子置いていって良いなら」

「本末転倒〜」

「ご、……ごめん、なさいっ」

「君が謝ることじゃなくない? ていうかうるさいから寝ててよ」

「は? ……」


 ついでに睡眠状態へ落とす魔法もかけたらしい。詠唱の一つもないままに繰り広げられる魔法に驚きながら、ひたすらに西を目指した。


 西門に辿り着くと、カディアは守衛の一人に声をかけた。落ちぶれたとはいえ名門は名門。その顔とローザイド家の名を出せば、金は後で払うと馬車を借りることは容易かった。


「今日、噴水の街ルイドに冒険者パーティーが向かいませんでしたか? 黒のポニーテールの女性が代表で、」


 眠りに落ちる前にマスダから拾っていた特徴から推察した街の名と、パーティーメンバーの特徴を説明する。すると、御者はすぐに思い当たったらしい。


「ん? ああ、昼頃だったか。まだ陽が高いうちに向かったのがいたみたいですよ」

「やっぱり! あの、ルイドまでお願いします」

「ええ、承知しました」


 間違いないと確信したカディアは行き先を告げ、先に乗り込んだ二人の元へ向かった。間も無く、ガタガタと音を立てて馬車が進み出す。


「ルイドで間違いなさそうです。到着は、途中の休憩含めて明け方になりそうですが」

「そう。君、逃げないんだね」

「……へ?」

「西門向かってる時も、今も、僕たちから逃げる隙はいくらでもあったじゃない?」


 突然の言葉に首を傾げるも、男の言葉は確かにと言わざるを得ないものではあった。

 男の右手は、依然として深く眠っている様子のマスダの腕に添えられている。破れた衣服の下、肌はすっかり再生していて、目に焼き付くような赤や白は見えなくなっていた。


「……あの、やっぱりまだ、治ってはいないのですか」

「そうだね。表面はまあまあ綺麗にできたけど、今動かしたら千切れるかも」

「そう、ですか」


 話しながらも治癒魔法は展開され続けている。それ示すように、深夜の馬車の中で薄ぼんやりと目立つ光を見つめながら、カディナは言葉を探した。


「……その。全然状況を理解できていないし、気持ちの整理もできていないので、後から変わるかもしれないのですが、」

「うん」

「あの場で命を守られたことだけは、本当なので……」

「そう」


 その言葉に納得したのかしていないのか、声色からは読み取れない。


「寝たら? 休憩地着いたら起こしてあげるよ」

「貴方はお休みにならないのですか? 魔法も使い倒しですし、お疲れなのでは」

「夜型なんだ」

「そうなのですね。では、お言葉に甘えて……」


 家業が家業だ。父の後をついて様々な街を巡るべく、馬車に揺られた経験はそれなりに多い。しかしそのどれもが快適さをある程度担保された旅であり、急遽用意されたこの馬車のような、窮屈で硬い床に座り込むようなものではなかった。

 それに加えて、今夜の疲れは甚大であった。寝心地の悪い壁にもたれて、よく伝わる振動に揺られる中、カディナは間も無く眠りに落ちていた。


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