第二十四話 交渉

 『お喋り』を失敗に終えてしまったのでは、と臓器の冷え切る感覚に思考が止まりそうになるが、男はまだ会話を打ち止めたがっているようには見えない。依頼については金額の問題ではないのかもしれない、という考えには行き着けた。

 停止しかける脳を必死に動かす。男の目的は金銭。しかし依頼主を裏切る選択肢は、金額を上乗せされようと選ばない。であれば、誘拐の依頼主を考える。ただの金目的や身に覚えのない怨恨の可能性もあるだろうが、果てしない可能性は今は切り捨てる。そも、没落する前も特別際立った富豪などではなかった。であれば、ローザイド家特有の何か。


「…………わ、わたしの家、古代のマジックアイテムの収集と解析を、していました」

「へー。たまに遺跡とかから見つかるやつ?」


 家業を口にすると、予期せず食いつかれて思わず面食らう。しかし時間がいくら残っているかも分からないため、今度は脳と同時に乾きかけの口も必死に動かし始めた。


「そう、ですね。遺跡の中には罠だったり、道を閉ざすからくりのような形で、残っていることも多くて、」

「侵入者絶対殺す! みたいな殺意高い罠も多いよね」

「は、はい。それで……」


 没落のきっかけは、信頼していた家の裏切りであった。良い交友関係を結べていたと思っていたのはこちらだけ。気がつけば向こうの家はもぬけの殻で、ローザイド家には莫大な借金が降り注いだ。相手が消えてしまった以上、他所の家を勝手に信頼しきったローザイドが全責任を負う悪と化し、手を差し伸べる者は数少ない。いることが、有難い話だが。


「ぜんぶ、ではないですけど……今は、マジックアイテムや未発表の研究成果を売って、お金を工面していました」

「頑張らなくても人殺せたり、下手すりゃ兵器級のもあるし、そりゃ金になるか」

「まだ、あまりに危険なものは、手放してなくて。その……最近は特に、」

「?」

「ええと、……遺跡調査で亡くなる方が、最近特に多いと耳にして。父も、うちの売ったものが悪用されているのではないかと……」

「ああ、まあ遺跡調査で事故は付き物だしね。だから護衛依頼も出るんだろうし——」


 上手く話の舵を取ることができず、ただただ身の上話が舌の上を滑っていく。男の反応も世間話程度のものから変わらない……と落胆していたところで、男が口をつぐんだので、気に障らぬよう身動ぎを控えていたはずが、つい首を傾げてしまった。


「……?」

「ローザイドさん、遺跡調査もするんだよね?」

「あ、え、はい。我々が直接出向くこともありましたし、調査員を派遣することも、よくあります」

「じゃあ危険なことも知ってるし、戦闘能力無い人なら護衛つけて行くことも知ってると。調査員だけで乗り込んで死ぬのは珍しいことじゃない。わざわざ話題にするのは、最近護衛つけた上で死んでるやつが多いからかな」

「あ、あの」

「よし」

 

 一方的に吐き出し終えると、マスダはやにわに立ち上がった。そして放っていた毛布をカディアの肩にかける。


「あの……?」

「時間だ。出かけるから、ついてきて」

「ついて? ひ、引き渡すのでは」

「やめた。あんたの依頼は? 怪我無しで部屋に戻すまでで良い?」

「あ、え、はい」

「事情が変わったんだ。知らないと思うけど、ここスラム街だから留守番してても死ぬかもしれないし。あんたに手出しはさせないから、とりあえずついてきてもらえない? 依頼料もいらない」

「え、えっと、」


 突如方向転換した話についていけず、碌な返事もできないまま情報を整理する。

 まとめると、恐らく依頼主のところへついていけば、何もなく部屋に戻してくれるというのだ。それも、7000Rで安いと言っていたのに、無料で。

 無料より怖いものはない。が、7000Rをすぐに支払うのが厳しいのは事実だ。そもそも彼は今、金を要らないと言っているし。

 信用して良いかも分からない、というか、こんな怪しい相手は一切信用できない。が、今いる場所がスラム街の一角だというのが事実であれば、放置されている間に死ぬかもしれないというのも否定できない。自分が住む東風通りとの治安の差は、よくよく言い聞かされている。お前が行けばカモでしかないと。

 それならば。


「ついていきます……!」


 残っても死ぬかもしれないのであれば、選択肢は一つだ。

 数時間にも満たぬ時間で、頭を動かすのももう限界だったが、カディナにとってはこれが最善手だと信じるほかなかった。


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