閑話、或いはとある夜の話

第八話 枯草通りにて

 冒険者の集う街、ハルラック。

 深夜の枯草通かれくさどおりを、一人の男が足取りも軽く進んでいた。


 大通りとは程遠く、住宅街とも言い難い。路地裏では鉄錆の匂いが絶えずこもるその通り一帯は、所謂と呼ばれている。人通りは少なく、今にも崩れそうなボロ小屋が立ち並び、道のそこかしこにボロ小屋すらも持たぬ人々が――まだ命を持つものも、失ったものも、変わらず丸くなっている。


 数少ない街灯もジジジと命を燃やし尽くそうとしている荒れた通り道を、深夜に一人歩く。

 隙だらけの獲物。けっして小柄ではない男と言えど、ここら一帯ではそう評価される。


 男の背後、鼠の好みそうな建物同士のほんの隙間から、凶刃が迫った。


「っと」


 横に一歩。ついでに少しばかり足を残せば、引っかかった鼠がべしゃりと地に伏せた。顔から強かに地面に打ち付けて、その痛みにか緩んだ手から離れた刃が、音を立てて夜道に転がる。

 枯れ木のように細い身体に、この街に染み付いた独特の。転んで起き上がる余力も無いのか、それとも頭が回っていないのか。ずりずりと這ってソレを追いかけるのを制するように、背中を踏みながら代わりに取ってやる。

 振り向く。濁って震える瞳が、男を見上げていた。


「返すね」


 手を伸ばす鼠に向かって投げてやる。背中から心臓を貫かれた鼠は、再び地面にひれ伏した。ぶぎゃ、と惨めな声を残して。

 

 枯草通り、それも深夜の一際明かりの少ないこの辺りでは、珍しいことでもない。事実、今晩だけで三人目だ。

 それも、これで打ち止めだろう。目的地は目の前。見慣れた木製の扉に手を掛け――鍵が掛かっていることに気が付き、手持ちのロックピックで解錠して、開け放つ。


「すぐ帰るって言ったんだから、閉めなくて良くない?」

「お前ほど頭が狂っていればそうしたかもしれないな。マスダ」

「それほどでも」

「褒めてないわ。――鍵を閉めろ、狂人」

「はいはい」


 出迎えた初老の男の露骨な嫌味を意に介さず、男――マスダは軽薄な笑みを浮かべたまま上がりこむ。ぎろりと睨まれたので、後ろ手に鍵を掛け直すのも忘れずに。


「これ、依頼のやつね」


 肩に掛けていた背を覆う程の大きさの革袋を、家主の机にどさりと放る。グチャ、と粘着質な音と共に広がる臭いに、家主は露骨に顔を顰めた。それでも依頼の品だ。文句は言わずに中身を確認する。


「……赤蛙の指輪。紫の毛。口元のほくろ。瞳は……紫だな。魔力も間違いない。2丁目のグルアだ。ご苦労」


 本日のご依頼。枯草通り、2丁目。魔法使いの女・グルアの殺害並びに死体の持ち帰り。間違いなくやり遂げた成果が、革袋の中に詰まっている。

 家主――死肉取扱人は所謂ご贔屓様で、このやりとりにも慣れたものだ。


「はい、どーも」


 確認を終えた家主から、幾分も小振りな革袋が投げ渡された。重さからして、5000Rリーンは固い。


「そういえば、追加はいらない?」

「一応聞くが」

「依頼の間に会ったこの辺の人、三人」

「ヤク漬けでは大した値段にもならんと、いつも言っているだろう」

「あんたの気が変わるかもしれないじゃん。ま、いーや」

「……お前は、」


 ならば話は終わりだ、と踵を返そうとするマスダを引き留めるように声が掛かる。


「何?」

「これほど稼げるというのに、なお冒険者を続けるつもりか」


 ぽつりと零されたそれは、独り言にも似ていた。呼び止めたんじゃなかったのかな、と思いつつも、マスダは口を開く。


「仲間がやってる限りはね」


 これ以上話すことは無いはずだ。今度こそ死臭満ちた家屋を出た。

 冬が近づいている。枯草通りを出れば、澄んだ朝日を拝めるだろう。






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