第53話 水族館でもイチャイチャ
俺たちは電車に乗り、隣駅へ移動。
そうしてやってきたのは、小さめの水族館。
駅ビルの一角にあってアクセスもよく、高校生のデートにはちょうどいい。
「きれい……」
「まるで海の中を歩いてるみたいだね」
水中トンネルのゾーンにやってきて、俺たちは感嘆のため息をもらした。
廊下の天井部分が水槽になっていて、頭の上を魚たちが泳いでいる。水面からの光がきらきらと差し込み、幻想的な光景だった。
水族館にはよくあるものだと思うけど、こうして直接見ると、やっぱり感慨深い。
「不思議だなぁ。
上を見上げて歩きつつ、俺はつぶやく。
隣駅にある関係上、この水族館は実は地元民にとってはお馴染みだったりする。
小学校の遠足や中学校の体験学習でちょくちょく使われるからだ。
俺は子供の頃、親戚に取り合いをされて転校ばっかりだけど、中学校の時は近くの親戚の家にいたことがあって、体験学習でここにきた。
哀川さんに聞いてみたら、やっぱり小学校の遠足で来たことがあるという。
そんな彼女もこの水中トンネルには感動していた。
少し大人になって、見方が変わったのかな……なんて思っていたら、隣の哀川さんが少しイタズラっぽく微笑んだ。
「あたしと一緒だからじゃない?」
「え?」
「だから、あたしと一緒に見てるから、子供の頃より感動できるのよ。違う?」
親しげに肘でコツンと俺の腕を突いてくる。
あ、照れさせようとしてるな、と思った。
待ち合わせの時のワンピースの仕返しがしたいんだろう。
実際、動揺しそうになってしまった。
でもそれ以上に……納得の方が大きかった。
「そうかも」
「え?」
以前までは親戚のことがあって、何かをきれいだと思う余裕なんてぜんぜんなかった。
でも今は違う。
余裕がある……っていうと違うけど、隣に俺を大切に想ってくれる人がいる。
それだけで世界の色が違って見えた。
「哀川さんが隣にいてくれるだけで、俺、どんどん幸せになっちゃうかも」
「な……っ」
俺の返事が予想外だったらしく、哀川さんは頬を赤らめて絶句する。
だけど、すぐに負けじと攻め返してきた。
「もちろんそのつもりだけどね? 君はあたしが幸せにしてあげるんだから」
そう言って、腕を組んでくる。
「わっ」
遠慮なしな密着ぶりだ。
ワンピースに包まれた柔らかいところが俺の腕に当たってくる。
「ちょ!? あ、哀川さん……っ!?」
さすがに慌てた。
しかし彼女は『してやったり』という顔で笑ってみせる。
「なあに? デートなんだから腕を組むぐらい、普通でしょ?」
「そ、そうかもしれないけど……っ」
俺は照れくさくなって頬をかく。
「これ、だいぶ恥ずかしいよ……?」
「ハルキ君に言われたくありませーん。言っとくけど、君の発言の方がよっぽど恥ずかしいからね?」
「そうかなぁ」
「そうよ。だからしばらくはこの恥ずかしい幸せをありがたく受け取りなさい」
「あはは、了解です」
だらしなく返事し、俺は哀川さんに引っ付かれながら歩き始める。
そうしてしばらく進み、水中トンネルを出ると、今度は屋外のアザラシ飼育エリアに出た。
柵の向こうに水路があり、その先のコンクリートの陸地にアザラシが何匹も寝転んでいる。
ゴロゴロしたり、あくびをしたり、なんとも平和な光景だった。
「んー……」
「どうしたの? 哀川さん?」
哀川さんは柵の前で何やら思案顔になっている。
この平和なアザラシたちを見て、考え込むことなど何もないと思うのだけど……哀川さんは唐突にこっちを見て言った。
「アザラシって、ハルキ君に似てるわよね?」
「えっ」
「いやハルキ君がアザラシに似てるのかしら?」
「いやいやいや……っ」
さすがに聞き流すことはまかりならない。
「どこが? どこがどう俺はアザラシなのさ?」
「なんか……ぱっと見、のほほんとしてるとことか?」
「のほほん……」
自分のことをモブ生徒だとは思ってたけど、アザラシみたいなのほほん人間だとは思ってなかった。
わりとショックだ。
すると、哀川さんが柵に寄りかかってクスクスと笑ってきた。
「なんかショックな顔してる」
「そりゃあもうショックだよ……」
「別に悪い意味じゃないわよ?」
「良い意味に取りようがないです、先生」
俺が挙手をしてそう言うと、哀川さんは教師のようにメガネを押し上げる仕草をしてみせる。
「もー、手の掛かる生徒ね。解説が必要?」
「是が非でも。このままじゃ俺、心の留年しそうです」
「しょうがないわねー。いい? つまり……見てると安心するってことよ」
「あー……んー……ああ」
微妙に納得できないような、でもできるような……奥が深いな、のほほん道。
「良い意味でしょ?」
「良い意味……かなぁ」
「良い意味よ。だってあたし、アザラシならずっと見てられるもの」
「や、そこはアザラシじゃなくて……」
「自分を見てほしい? まあ、ハルキ君ったら大胆なこと言うのね?」
「い、言ってないってっ」
慌てて手を振る。
う……っ、なんかマズいな。
だんだん哀川さんのペースになってきた。
「ちゃんと見てるわよ」
黒髪を耳にかき上げ、哀川さんが見つめてくる。
「好きな人のこと、見ない女なんていないんだから」
「へっ!?」
「むしろあたし、君の事しか見えてないわよ? それでも良い意味に聞こえない?」
「やっ、えっ、ちょ……っ」
唐突にすごいことを言われ、メチャクチャ動揺してしまった。
そんな俺が面白いらしく、哀川さんは肩を揺らして笑っている。
「なに慌ててるのよ?」
「あ、慌てるよ! いくらなんでも慌てるって……っ」
「あたしの気持ちはもう知ってるのに?」
「……っ」
確かに俺は札幌でもう告白してもらっている。
哀川さんにはっきりと『君が好き』と伝えてもらった。
でもあまりの直球ストレートに言葉に詰まってしまった。
すると哀川さんの顔にイタズラ猫みたいな笑みが広がっていく。
あ、ヤバい。
これ、主導権を持っていかれるやつだ……っ。
「なるほど、なるほど。そっか、そっかぁ。あたし、ついにすごい武器を見つけちゃったかも。……そうよね。あたしはもうとっくに告ってるんだから、いくら言ってもいいのよねぇ?」
「ま、待って! それ、確実に俺を照れされるのが目的だよね!? そんな不純なこと、よくないと思う……!」
「なに言ってるのよ? 不純どころか純情以外の何物でもないじゃない? だって、君を慕ってる女の子が切ない想いを伝えたいだけなんだから……」
つつつ……と細い指先が俺の胸元をなぞり、哀川さんがしな垂れ掛かってくる。
そして甘い吐息と共に、囁き声。
「……好きよ」
「――っ!?」
「あたし……君のことが好き。大好き」
「――っ!? ――っ! ――っ!?」
脳がっ!
脳がオーバーヒートするっ!
これはズルい!
さすがにズル過ぎるって……!
結局、水族館ではこの調子でずっと哀川さんに悶絶させられてしまった。
そんな俺を見て、アザラシたちが呆れたように「ボエ~ッ」と鳴いていた。
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次回更新:明日
次話タイトル『第54話 哀川さんは都合のいい女になりたい』
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