第26話 ゆにちゃんは恋愛の防御力がゼロ

 ここは北校舎の2階。

 ゆにちゃんの教室から少し離れた廊下の真ん中。


 俺は自分の至らなさに歯噛みしている。


 というのも、一緒に手芸部へ行くためにゆにちゃんを迎えに行ったところ、まさかの『名前連呼するの禁止』を命じられてしまったからだ。


 真っ赤になってぷるぷるしているゆにちゃんへ、俺は交渉を試みる。


「そ、そこまで連呼したつもりもないんだけど……」

「してました。10秒間に4回も言いました!」


「そんな1秒間に16連射みたいな」

「1秒間に16連射もされたら、わたし死んじゃいますよ!?」


 ただの例えだったのだけど、ゆにちゃんはツインテールを振り乱して目を剥いた。


「だいたい今まで頑なに『小桜こざくらさん』呼びだったのに、いきなり名前連呼なんて急過ぎます! 急転直下です! 驚天動地です!」


「え、でも名前で呼んでって言ったのは、ゆにちゃんじゃ……」

「言った! また言った! また『ゆにちゃん』って言ったー!」


 頬を赤らめ、『先生に言いつけますよ』的な勢いで指を差してくる。


「そりゃ確かにわたしがお願いしたんですけど! でも名前で呼ばれるのがこんなに嬉しくて照れくさいものだなんて思わなかったんだもん……っ!」


 とうとう子供みたいに地団太を踏み始めてしまった。


「そもそもわたし、策士タイプだから! 絡め手でじっくりゆっくり優位を保ちながら攻めるのが信条なのっ。守備は苦手って言うか、グイグイ本丸を攻められたら終わりなの!」


 ついに敬語まで吹っ飛んだ。


「おばあちゃんも言ってたもん! 『ゆには戦国だったら黒田官兵衛だねぇ』って! お願いだから関ケ原しないでっ。わたしの策が木っ端ミジンコに吹っ飛んじゃう!」


 いやうん、『関ケ原しないで』って。『関ケ原する』なんて動詞、生まれて初めて聞いたよ。


 猛然と言い募られつつ、ゆにちゃんの話を聞いていて、ふと思い出した。


 俺は手芸部関係でたまにゆにちゃんのおウチにお邪魔することがある。

 先日のような買い出しの帰りに、もちろん夏恋かれんも一緒にだ。


 その時に……。


「俺、ゆにちゃんのおじいちゃんから『秀吉になってやってくれな』って言われたことがある」

「へ?」


「あの時は意味が分からなかったけど、おばあちゃんがゆにちゃんを『黒田官兵衛』って言ってて、おじいちゃんが俺を『秀吉』って言ったってことは……」


 俺もあまり詳しくないけど、黒田官兵衛は秀吉の軍師だ。

 ひょっとして、ゆにちゃんの隣にいてやってくれ、って意味だったんだろうか。


「あ、あ、あ……」


 ゆにちゃんの顔がさらに赤くなり、とうとう顔を隠してしゃがみ込んでしまった。


「何言ってるの、おじいちゃーん――っ!」


 しまった。

 おじいちゃんに変な矛先を向けてしまった。


 しかしおじいちゃんの真意は気になるところだ。ゆにちゃん同様、向き合うべきかもしれない。


「今度、菓子折り持っておじいちゃんに会いにいくね」

「ぜったい来ないで!」


 すごい勢いで拒否し、ゆにちゃんはよろよろと立ち上がる。

 廊下の壁に手を付いて、何やら満身創痍の様子だった。


「と、とにかく……春木はるき先輩は冷静になって、一度元に戻って下さい。今のままだと空気も読まずにグイグイ来て、本当に『コミュ力おばけ』です。もちろん良くない意味で」


「でも」

「でもじゃありません。問答無用です」


「でもゆにちゃん、満更でもなさそうだよ?」

「あう……っ」


 言葉に詰まる、ゆにちゃん。


 怒っているし、戸惑ってもいる様子だけど、実際のところ、ゆにちゃんはどんなに文句を言っていても、ちょっとだけ頬が緩んでいる。ぶっちゃけ嬉しそうだ。


「あの、春木先輩? 漫画やラノベみたいな鈍感主人公ムーブしてるくせに、変なところだけ鋭いのはやめてくれます? 重大なレギュレーション違反ですよ……?」


「レギュレーションは関係ないんだ。僧兵そうへいは法に縛られない存在だからね」


「何を言っているのか分かりません」

「さもありなん」


 俺は瞼を閉じて合掌し、すぐに目を開く。


「とりあえず手芸部行こうよ」

「行きませんってば。春木先輩はしばらく手芸部は出禁です」


「え、ひどい。それこそレギュレーション違反じゃない?」


「わたし、次期部長ですから。強権の前借りです。わたしの戦闘態勢が整うまで、春木先輩は鎖国します」


 ドヤ顔でゆにちゃんは胸を張る。

 しかし、それこそ僧兵の得意分野だ。


 詳しい歴史は覚えてないけど、僧兵と言えばなんか丸太で門とかを攻め立ててるイメージがある。


 鎖国ムーブで門を閉じられてしまうなら、こじ開けるまでのこと。


 というわけで。


拙僧せっそう、強硬手段につかまつる」


 俺は颯爽と歩きだしながら、ゆにちゃんの手を取った。

 しかしその途端、


「ふえっ!?」


 飛び上がらんばかりの勢いで、ゆにちゃんが声を上げた。


「ちょ、え、な、て⁉ 手……っ!?」

「うん。このまま連れてっちゃおうと思って」


「だからって、いきなり手を握られたらびっくりしちゃうでしょーっ!!」


 真っ赤な顔で怒られた。

 今回は『満更でもない』より『びっくり怒り』成分が多めだった。


 しかしさすがに俺も納得いかない。


「え、でもゆにちゃん、いつも俺に抱き着いてきてたよね?」


「わたしは良いんです! でも春木先輩はだめっ!」


「なんてダイナミックなジャイアニズム……つ」


 我が後輩ながら末恐ろしい逸材だった。


「とにかく離して下さいっ。これ以上、手を繋いでたらわたし、とろとろのぐずぐずになっちゃう……っ」


 とは言いつつ、ゆにちゃんは自分から手を離そうとはしない。

 むしろ離さないでほしそうにぎゅっと握っている。


 しからば、


「強硬手段につかまつる」

「つかまつらないでー!?」


 手を繋いだまま、俺は歩きだす。


 ゆにちゃんは抵抗してくるが、体格が違うので普通に成すがままだ。俺に手を引かれて、トテトテと歩きだすしかない。


「うぅ、春木先輩が強引……っ」

「でもこういうのも悪くないかも、ってちょっと思ってるでしょ?」


「う、うるさいです! 確かにちょっと思っちゃってるけど、でもこのまま流されちゃうのはわたしのアイデンティティに関わります。こうなったら……最後の手段!」


 突然、ゆにちゃんの瞳がキラッと光った。

 次の瞬間、あろうことか、


「助けて、夏恋先輩っ! 春木先輩がいじめるーっ!」

「なあっ!?」


 心臓が飛び出すかと思った。

 

 ここは北校舎。

 2年生の教室があるのは東校舎で、手芸部の部室もあるのは南校舎だ。


 普通に考えたらゆにちゃんの声が届くはずがない。


 しかし夏恋は異様に勘がいい。

 そして変にタイミングも神掛かっている。


 ゆにちゃんが助けを求めれば、いきなり降臨する可能性はゼロじゃない。


 そうなれば、俺がひどい目に遭うのは自明の理。


「ゆにちゃん、それはいけない!」

「問答無用です! 夏恋せんぱ――むぎゅう!」


 すかさず、ゆにちゃんの可愛い口を手のひらで塞いだ。


 よし、これでひとまず危機は去った。

 ゆにちゃんはもがいているけど、俺がホールドしているから声は出せない。


 さて、この後はどうするか。

 まずはゆにちゃんに落ち着いてもらって……と考えている最中にふと気づいた。


「えーと」

「むぎゅむぎゅ!」


 なぜか口を塞がれている、小柄で可愛い女の子。

 その口を塞いでいる、上級生のモブ生徒。


 ……この絵面、結構ヤバいのでは?


 夏恋でなくても、目撃されたら大惨事になりそうな気がする。


 すると突然、背後から特大のため息が聞こえてきた。


「はあ……。教室で変な雰囲気だったから気になってついてきてみれば……何やってるのよ」


 俺はビクッと振り返る。

 哀川あいかわさんだった。


 今日も黒髪は艶やかで、耳ではピアスとイヤーカフが光っていて、ブレザーから肩を出した気だるげな制服の着こなしが似合っている。春色のネイルも健在だ。


 あと……死ぬほど呆れた顔だった。


 その視線の先にはゆにちゃんをホールドしている、俺。


「ハルキ君」


 ジト目で指をクイッ。


「出頭。今すぐ」

「はい……」


 僧兵といえど、ジト目の哀川さんに逆らうことはできなかった。



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次回更新:木曜日

次話タイトル『第27話 哀川さん、都合のいい女に目覚めてしまう』

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