第5話 高2男子、初めて女子の胸を見る
「やめとこう、
俺は理性を総動員してそう告げた。
電気の消えた部屋のなか、ベッドの横に膝立ちの姿勢。
哀川さんは寝たままでしばらく動かなかった。
しかし俺が手を出す気はないと悟ったらしく、ゆっくり起き上がる。
そのまま壁に背中をついて、ベッドの上に座り込んだ。
さっきまでの微笑みは消え、怖いくらいの無表情だった。
「やめとこう……ってどういう意味?」
「言葉通りの意味だよ」
「ふーん……」
哀川さんは掛け布団を引っ張り、まるで自分を守るようにそれにくるまる。
座り方は片膝を立てるような形。
公園のベンチでも哀川さんはこの座り方をしていた。
癖なのかもしれない。
たぶん……自分の心を守る時の癖なのだろう。
「……ハルキ君、女の子に恥をかかせるんだ?」
「それについては面目次第もございません」
ベッドに手を付き、俺は土下座のように頭を下げる。
「やめて」
刺すように短く言われ、すぐに頭を上げた。
哀川さんは相変わらずの無表情……いや違うな。
氷の宝石のような瞳は今、どこか不安の色を浮かべて揺れていた。
「やっぱり嫌だった? あたしみたいな女とするの……」
「違うよ」
今日一晩のやり取りでなんとなく分かった。
哀川さんは自己評価がやたらと低い。
さらさらの黒髪で。
宝石みたいな瞳で。
雪のように白い肌で。
アイドルか女優みたいにきれいな顔で。
誰もが認める学校一の美少女なのに。
おそらくは父親や母親のことが要因だろう。
気持ちは分かる。
だから俺は出来るだけ明るい口調で、本心をさらけ出す。
「正直、死ぬほどもったいないと思ってます。哀川さんみたいな美人とこんなふうにお近づきになれる機会なんて、きっと金輪際ないだろうし」
うん、本当にないと思う。
心の底からもったいない。
マジで、ガチで。
「きっとこの先、何年、何十年経っても、俺は今夜のことを思い出して悶絶するんだと思う。なんであの時素直にならなかったんだ、って頭を掻きむしってベッドでゴロゴロ転がる時が何度も何度も来るんだと思う。……や、うん、正直想像しただけで、げんなりします」
俺の嘘偽りない自白を聞き、哀川さんはちょっとムッとしたような顔になる。
「だったら……」
「でも駄目」
「なんでよ?」
「だって」
自分の頬に自然と苦笑が浮かぶのを感じた。
「哀川さん、今、自暴自棄になってるでしょ?」
「――っ」
図星を突かれたように、彼女の表情が強張った。
俺はベッドの縁に手を付いて立ち上がる。
「哀川さんは今、お母さんへの腹いせに自分を傷つけようとしてる。そんなことしても意味ないって分かってるのに、それでも止まれずに消えない傷を自分に残そうとしてる」
「ちが――」
――う、という否定の言葉が続く前に、彼女の頭にポンッと手を置いた。
分不相応だとは理解つつ、きれいな黒髪をそっと撫でる。
「だから、俺が止めるよ」
「……っ」
出来るだけ優しく、髪を撫でた。
きっと彼女がお父さんやお母さんにして欲しかったこと、それを形だけでもなぞるように。
「哀川さんが止まれないなら、俺が止まる。自分を傷つけたいって気持ちは否定しないよ。そういう時だって、人にはあると思うから。ただ、今日は何もしないで静かに寝よう。たぶん、それが一番いい。安心して。この部屋には哀川さんを不安にさせるものなんて何一つないから」
「なん、で……」
絞り出すような声だった。
俺に撫でられたまま、哀川さんは顔を伏せて唇を震わせている。
「なんで、そんなこと言うの……」
前髪に隠れた瞳から――涙が一滴、流れ星のようにこぼれ落ちた。
「そんな、優しいこと……っ」
俺は気の抜けた笑みで返す。
「別に普通だよ。今の哀川さんを見たら、誰だって同じこと言うと思う」
哀川さんは小さく首を振る。
俺の手が離れないような、本当に小さな動きだった。
だからそのまま撫で続けた。
カーテンからのわずかな明かりが2人を照らしている。
まるでアクアリウムの底にいるみたいな、音のない時間だった。
でも気まずさはない。
不思議と穏やかで、心が凪いでいくような時間だった。
◇ ◆ ◆ ◇
それから10分か15分ぐらいして、哀川さんは落ち着いた。
このまま何もせずに寝ることも了承してくれて、俺は彼女の髪から手を離す。
「でも、一つ確認したいことがあるの」
そう言われ、俺は問い返す。
「なに?」
俺はベッドに膝立ちの姿勢。一方、哀川さんは座っているので、上目遣いで見つめられるような形になった。
「ハルキ君があたしに手を出さないのって、あたしに魅力がないってことじゃ……」
「ないないない」
「でもほんのちょっとはそういう理由も含まれてたりとか……」
「ないないない、ないってば。俺の恥ずかしい自白聞いてなかった?」
「聞いたけど……」
「でしょ? 俺、ぜったい今夜のこと後悔し続けるから」
「…………うん」
うなづきつつも、まだ納得してない、という顔だった。
哀川さん、どれだけ自己評価が低いのだろう。
いやこれもう自己評価というより自己肯定感が低いのかな。
どう伝えればいいだろう、と考えていると、ふいに哀川さんが口を開いた。
「試してみていい?」
「え? 試すってなにを……」
問いかけの途中で哀川さんが起き上がってきた。
俺と同じように膝立ちになり、ベッドの上で向かい合わせになる。
そして無造作にジャージのジッパーに手をかけたかと思うと、
「ちゃんと見ててね?」
突然、ジッパーを一番下まで下ろしてしまった!
ジャージの裾が開放的に舞い上がる。
「なあっ!?」
自分の声がどこか遠く聞こえた。
哀川さんの下着は脱衣所だ。
俺の目の前に惜しげもなくさらけ出されたのは、一糸まとわぬ白い胸。
めちゃくちゃ大きかった。
半端じゃなく柔らかそうだった。
しかもジッパーを下ろした勢いで、上下左右に揺れている。
部屋は暗い。
だけどカーテンからのわずかな明かりが光線のようになって、先端のピンク色まではっきり見え――。
「って、何してるのさ!?」
途中で我に返って、慌てて手のひらで自分を目隠しをした。
え、見ちゃった!?
俺、今、哀川さんの……見ちゃった!?
「何って、だから試したの」
「試したって何を!? 何が!? 何の意味で!?」
「だからハルキ君があたしにちゃんと魅力を感じてくれてるか、ってこと。……うん、バッチリみたい。女子として自信取り戻せたかも」
「はあ!? 一体何を見てそんなこと……ん?」
視線を感じた。
哀川さんからの視線だ。
自分に目隠しをしたまま、俺はその視線の先を探っていき……気づいた。
スウェットをはいた下半身の一部、俺こと
直後、哀川さんのご機嫌な声。
「ハルキ君、元気いっぱいね♪」
「~~~~っ!」
声にならない悲鳴を上げて、俺はベッドから飛び降りた。
恥ずかしさで死にそうになりながら、床の上にうずくまる。
一方、哀川さんは優雅に枕の位置を整え、掛け布団をかぶって、就寝モード。
「良かった良かった。これでゆっくり寝られそう」
「待って!? 俺はもう色んな意味で寝れなそうなんだけど!?」
「タイマーはハルキ君のスマホでやっといてね。おやすみなさーい」
「ちょ、哀川さあああんっ!?」
その後、返事はなく、哀川さんは本当に眠ってしまった。
俺はというと、床の上でほとんど一睡もできないまま、朝を迎えることになったのでした。
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