第6話 朝帰りの哀川さんに告白(?)された
スズメがチュンチュンと鳴き、朝になった。
いわゆる朝チュンというやつなのかもしれない。
でも部屋の中にはそういう甘いムードなんてまったくなかった。
「はぁ……」
身支度を終え、制服姿になった俺はキッチンでため息をつく。
「ほとんど寝れなかった……」
さっき鏡を見たら、ブラックホールみたいなクマが出来ていて、自分で苦笑いしてしまった。
顔を洗ったらだいぶマシになったけど、それでも今日一日の授業を乗り切れる気がしない。
そんなことを考えていたら、背後で脱衣所のドアが開いた。
「んー? ハルキ君、なんか体調悪そう? 大丈夫?」
「誰のせいだと思ってるのさ、誰の……」
げんなりしながら振り向く。
キッチン向かいの脱衣所から軽やかに近づいてくるのは、身支度を終えた
もうジャージ姿ではなく、俺と同じく制服姿。
耳にはよく目立つイヤーカフとピアス。
鎖骨ぐらいの長さの黒髪は艶やかに輝き、ワイシャツの胸元は広めに開いている。
学校指定じゃないネクタイは緩く結ばれて、胸元で気だるげに揺れていた。
黒髪ギャルという雰囲気。
教室で見慣れた、学校一の美少女の哀川さん。
でも今はその美人っぷりがなかなかに腹立たしい。
「もしかしてあの後、本当に寝てないの?」
「ごめんね、健康的な男子だからね」
「ふーん……」
隣に来ると、何やら前屈みでこっちを見つめてくる。
そして哀川さんは右手の指先でワイシャツの胸元を下げたかと思うと、同時に左腕全体を使って自分の胸を押し上げてみせた。
真っ白な谷間がせり上がるように強調される。
「そんなに刺激的だった? あたしのムネ」
「ちょお!? やめてよ!?」
ぐるんっと音が鳴りそうな勢いで、俺は逆の方を向く。
「本当に壮絶な戦いだったんだからね!? 俺が羊を何匹数えたか分かってる!? 一万を超えたところから覚えてないよ! 日の出まであと何時間かしかなかったのに、あんなに長い夜は生まれて初めてだ!」
「あは、ハルキ君、おもしろーい♪」
「こンの人は……っ」
こめかみがピクピクしてしまった。
しかし哀川さんはまったく悪びれない。
「そんなに辛かったのによく襲ってこなかったね?」
「ええ、ええ、何度も悪魔が耳元で囁きましたとも! 俺も聖人じゃないんでね……っ。それでも自分から格好つけた手前、どうにかやせ我慢を通したよ! 自分で自分を褒めてあげたい……!」
「うん」
小さなうなづき一つ。
そして深い信頼のこもった囁きが耳に届いた。
「
……いや、うん、いきなりそんな真剣にお礼を言われたら、こっちもクレームの付け所がなくなってしまうのだけど。
ふう、と俺は小さくため息。
そして哀川さんの方を振り向く。
「朝ごはん、食べるでしょ?」
哀川さんは目を瞬く。
「また作ってくれたの?」
「ええ、この通り」
ちょうどフライパンの上に2人分の卵を入れたところだった。哀川さんと話している間にすでに目玉焼きが焼き上がりかけている。
キッチン横のトースターの方では、まもなくトーストが焼き上がるはずだ。
あとは軽くサラダでも作れば、それっぽい朝食になるだろう。
「あ、でもあたし、朝は食べない派なの」
「食べると体調悪くなっちゃうタイプ?」
「違うけど……朝、誰かが用意してくれるわけじゃないし、別にいいかなって」
「はい、食べましょう。そこの棚からお皿出して」
そういう理由なら朝は絶対食べた方がいい。
問答無用で指示すると、哀川さんは言われるままに棚からお皿を出し始めた。
「ハルキ君って面倒見いいよね」
「そう?」
「うん。なんか……パパって感じ」
「えっ」
目玉焼きをお皿に移しながら、思いきり顔が引きつった。
「やめてよ。俺、哀川さんみたいな娘がいる年じゃないから。断じてないから」
「いいじゃない、別に。あたしは悪くないと思うけどなぁ」
先に座った哀川さんはテーブルに頬杖をつき、ニヤニヤと笑う。
「今度、お小遣いちょうだい。ねえ、パパ♪」
「なんか違う意味に聞こえる!」
そんなやり取りをしながら、騒がしく朝食を食べ終わった。
俺は手早く後片付けをし、通学鞄に教科書を詰めていく。
哀川さんの方はというと、制服こそ着ているけれど、荷物は何も持ってない。家出同然で出てきてしまったからだ。
「面倒だけど、一度帰ることにする」
「そっか。平気?」
「……思ったよりは大丈夫そう。ハルキ君のおかげかな?」
そう面と向かって言われると、こっちもなんだか照れくさくなる。すると、からかうように哀川さんは目を細めた。
「このままハルキ君と学校まで同伴出勤しても良かったんだけどねー?」
「言い方!」
ふふ、と笑い、哀川さんは玄関の方へ歩いていく。
見送りのために俺も後に続いた。
俺はもう少しのんびりしていても間に合う時間なので、哀川さんの方が先に部屋を出るのだ。
「あのさ」
指を引っかけてローファーを履くと、哀川さんは背中を向けたままでつぶやいた。
「
言いづらそうな声。
それはどんどん小さくなっていく。
「……あー……やっぱいいや」
結局、言いかけた言葉はそのまま途絶えてしまった。
なので今度はこっちが口を開く。
少しだけ冗談めかして、哀川さんの言葉を真似て。
「あのさ」
背を向けた彼女からは見えないけれど、わざとらしく肩をすくめて。
「俺、本当は昨夜、カップ麺を食べたくてコンビニに行ったんだ」
「カップ麺?」
「そう。『極上豚骨ハイパー油地獄』ってやつ。でもカップ麺が体に悪いことも分かってるんだ。だから、誰かが気軽にウチに来てくれたら助かるかも。お客様にカップ麺を出すわけにはいかないから、その時はちゃんと作ることになるし」
「あ……」
言葉の意図に気づき、哀川さんがハッとした表情で振り向く。
俺はイタズラっぽく笑ってみせた。
「いつでも好きな時にきて。我が家はお客様、大歓迎だから」
モブ生徒の俺があの哀川さん相手に、こんなことを言う日がくるなんて思わなかった。
でも正直、哀川さんは危なっかしい。
自暴自棄になって変な男に引っ掛かるくらいなら、ウチに来てもらった方がいい。
「あっ、ただし品行方正なお客様に限るからね!?」
「ふふ、分かった!」
無邪気な子供のように嬉しそうに言い、哀川さんは玄関の扉を開く。
「じゃあ、またあとでね」
「うん、学校で」
俺は軽く手を振って送り出す。
しかし彼女は一歩出たところで立ち止まった。
「ねえ、ハルキ君」
早朝の朝日が鮮やかに街並みを照らしていた。
空気はどこまでも澄んでいて、陽射しの暖かさが伝わってくる。
黒髪が舞い、哀川さんが振り向く。
イヤーカフとピアスが朝日に輝き、背後で鳥たちが飛び立った。
そして彼女は告げた。
心から嬉しそうな微笑みと。
宝石のように輝く瞳で。
「あたし、キミのこと好きになっちゃうかも♪」
……へ?
思考が完全に停止した。
不意打ちの言葉にまったく頭がついていかない。
そんな俺の状況などお構いなしで、哀川さんは続ける。
小首をかしげ、イタズラ猫のように目を細めて。
「でも安心して? あたし、面倒くさい女にはならないから」
「え? え? それってどういう意味……っ?」
「じゃあ、また学校で!」
「ちょ!? 哀川さん……!?」
呼び止める声もスルーし、彼女は軽やかに向かいの道路へと駆けていく。
俺は呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
でもこれは始まりに過ぎなかった。
哀川さんに振り回された夜が終わって。
そして、今度は哀川さんに振り回される学校生活が幕を開ける――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
また週末(土曜か日曜)に更新予定です。
次回は『第7話 教室の哀川さんが美人すぎる』です。
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