第16話 開始、哀川先生による(強制)恋愛相談!

 えーと……状況を整理しよう。

 俺は今日、小桜こざくらさんとデートらしきものをして帰ってきた。


 そしたら家の前で哀川あいかわさんが待っていた。

 で、今日はこのまま泊まるらしい。


 ……今夜もまともに眠れそうにない。


 や、色っぽい話ではなく、言葉通りの物理的な意味で。


「はぁ、とりあえずお茶淹れるね」

「うん、ありがと」


 当たり前のようにうなづく、哀川さん。

 昨日の今日なのでもう遠慮も何もない。

 お、お姫様だなぁ……まあいいけど。


 俺はキッチンにいき、棚を開けて、以前に上の階のご近所さんからもらったティーパックを取り出す。


 カップは……あんまりちゃんとしたものがないから、申し訳ないけど適当なやつで。


 ポットのお湯を入れてもっていくと、哀川さんはベッドの上に座っていた。


「あ、良い香り……これ、ちゃんとした葉じゃない? ハルキ君って紅茶好きなの?」


「いやご近所さんからもらったんだ」

「ご近所さんって、さっきあたしが会った人たち?」


「そうそう。面倒見のいい人たちだから、ちょくちょくおすそ分けをくれるんだ。あんまり返せるものがないから、ちょっと申し訳ないんだけどね」


 テーブルに2人分のカップを置く。

 ちなみに一人暮らしなので、備え付けの椅子とかはない。


 俺は基本的に食事も勉強も床に直座りだ。


 フローリングだし、自分一人だから気にしてなかったけど、哀川さんがこれからちょこちょこ泊まりに来るって言ってるし、座布団ぐらいは買っておいた方がいいかな。


 そんなことを思っていたら、哀川さんが紅茶を一口飲み、極めて自然に告げた。


「で、ゆにちゃんとのデートはどうだったの?」

「…………あー」


 やっぱりそういう話になるかぁ……。


 まあ、それが気になって哀川さんはウチに来たらしいし、予想はしてたけども。


 俺は湯気の上がるカップの前で眉尻を下げる。


「さすがに言えないよ。ほら、小桜さんのプライバシーにも関わることだからさ」

「え」


 哀川さんの持っているカップが突然、カタカタと揺れだした。

 目のハイライトがすごい勢いで消えていく……!


「それってつまり、ゆにちゃんのプライバシーに関わるような何かがあったってこと? ハルキ君、ゆにちゃんに手を出したの? あの後、2人でホテルに直行したってわけ!?」


「なんでそうなるのさ!? 違う違う違う! いきなり飛躍し過ぎ! っていうか、飛躍の角度がエグ過ぎる! スペースシャトルの飛躍の仕方で大気圏突破してるって……!」


 テーブルに身を乗り出して全力で否定。

 哀川さんの仄暗い目が見つめてくる。


「……違うの?」

「違います」


「ホテルは?」

「行ってません。そもそも行き方がわかりません」


「本当は?」

「本当に、です。雑なカマの掛け方しないでよ……」


 俺は肩を落としてため息。

 哀川さんはしばらくこっちの顔をじっと見ていたが、やがて納得したらしく、紅茶を一口飲んでうなづいた。


「どうやら白のようね」


 納得顔と共に目のハイライトが戻っていく。


 ちょこちょこ変化するけど、一体、哀川さんの目はどういう構造をしてるんだろう……シンプルにワケがわからない。


「とりあえず疑いが晴れて何よりだよ……」

「まだ晴れきったわけじゃないわよ? あたし、デートの内容を聞かせてもらってないし」

 

「だからそれは駄目です」

「む……こういう時のハルキ君は頑固そうね。わかった。じゃあ、こうしましょう」


 ベッドの上で哀川さんは足を組み替える。


「あたしがハルキ君の恋愛相談に乗ってあげる」

「恋愛相談?」

「そ。哀川先生って呼んでくれていいわよ?」


 哀川先生は付けてもいないメガネのブリッジを上げる仕草をする。

 いやいやいや……。


「それ、実質何も変わってないよね? 相談の名を借りた、ただのデート報告だよね?」


「ちゃんと相談には乗ってあげるって。ハルキ君のことだから、どうせゆにちゃんに振り回されたんでしょ?」


「う、いやまあ、それは……」

「女子の意見を聞きたくなるようなこともあったんじゃない?」


「ない……」


 ……こともないけれども。

 でも今回の場合、意見を聞く相手は哀川さんじゃない方が適切な気がする。


「っていうか、哀川さん、なんでそんなに小桜さんのこと分かってる風なの? 今日が初対面だよね?」


 普通に考えたら『どうせゆにちゃんに振り回されたんでしょ?』という言葉は小桜さんのパーソナリティを把握してないと出てこない気がする。


「女の勘」


 一言で答え、哀川さんは紅茶のカップを置く。


「ゆにちゃんのことは知らないけど、ゆにちゃんの考えてることはだいたい分かる。それこそ手に取るようにね」


 そう言う哀川さんの指先は、春色に彩られている。

 反射的に連想してしまうのは、同じく春色に彩られた、小桜さんのポシェット。


 女の勘という言葉に妙な説得力を感じてしまった。


 ……意見を聞きたいこと、か。


 確かにないわけじゃない。

 俺はカップの中で波打つ紅茶を見ながら口を開く。


「たとえば……」

「うんうん」


 小桜さんのパーソナリティには触れないように注意しながら、慎重に言葉を紡いだ。


「たとえば、哀川さんはどういう時に人を好きになる?」

「ん?」


 パチパチッと目を瞬く、哀川先生。

 そして軽く小首をかしげて、これまた軽く答える。


「わかんない。あたし、人を好きになったことなんてないし」

「ええー……」


 まさかの答えに俺、愕然。

 すかさず授業ように手を上げる。


「先生、よくそれで恋愛相談を聞くとか言えましたね? ぜったい、教員免許持ってないですよね? 間違いなくモグリのエセ教師ですよね?」


「う、うるさい。免許がなかったら先生になっちゃいけないって法律でもあるの!?」


「あるよ!? あり過ぎるぐらいあるよ⁉ とりあえず全国の先生に謝って!」


「はいはい、すみませんでしたー。あたしは法律違反の無免許先生でしたー。全国の先生ごめんなさーい」


 お行儀悪く足を組み、膝で頬杖をついて、哀川さんは思いきり不貞腐ふてくされる。


 な、なんて態度が悪い先生なんだ。

 早めに無免許だと気づけて本当に良かった……。


「だって、しょうがないじゃない。誰かを好きになる感覚なんて分かんないし、『好きになっちゃうかも』って思ったのも17年生きてきて、キミが生まれて初めてだし」


 あくまで普通に。

 まるで当たり前のように。


 ふいにそんなことを言われて、俺は「――っ」と言葉を失った。

 正直、心臓が跳ねそうになった。


「ハルキ君?」

「あ、いや……っ」


「どうしたの? なんか顔赤くない?」

「べ、別に赤くないからっ」


「……?」

「……」


「――あ。なーるほど」


 にやぁ、と哀川さんの顔にイタズラな笑みが広がっていく。

 マズい、と思った時にはパーカー姿の細い体がテーブルに身を乗り出してきていた。


 ふわり、と舞った黒髪からリンスの香り。

 至近距離から見つめてくる、氷の宝石のようにキラキラした瞳。

 Tシャツの胸元から無防備に覗く、白い谷間。


 艶やかな唇が甘い言葉を囁いてくる。

 俺だけに教えてくれる、ないしょ話のように。



「あたしが『好きになっちゃうかも』って思ったのは――この世界でたった一人、キミだけだよ♡」



 からかい半分なのは分かってる。

 分かっているのに。


「~~~~っ」


 顔が熱くて熱くてどうにかなりそうだった。

 やっぱり無免許の先生は性質たちが悪い。

 心底そう思った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次は明日、更新します。

次回は『第17話 決戦、生足の哀川さん VS パパみのハルキ!』です。

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