第17話 決戦、生足の哀川さん VS パパみのハルキ!
アパートの一階の俺の部屋。
至近距離であんなことを言われたら、動揺するなという方が無理な話だと思う。
そ、その『あたしが好きになっちゃうかもって思ったのは――この世界でたった一人、キミだけだよ♡』だなんて……。
「わ、分かったから一回離れて……!」
パーカーを羽織っている哀川さんの肩をグイグイ押し、無理やり下がらせる。
「えー」
なんとも不満げっぽい顔するけど、哀川さんの口元は思いっきりニヤけている。俺の反応を楽しんでいる時の顔だ。
まったく、本当にまったく……っ。
心底勘弁してほしい。
でも哀川さんの悪ノリは終わらなかった。
ベッドの上に座り直すと、わざとらしく泣き真似をしてみせる。
「ひどい、ハルキ君……。あたし、勇気を出して言ったのに……」
「……っ」
そんなふうに言われたら上手くツッコむことも出来ない。でも何か切り返さないと、この悪ノリが終わらないのも間違いなかった。
「や……哀川さん、ぜったい俺のことからかってるでしょ?」
「うん」
「普通にうなづいたー!」
「でも『好きになっちゃうかも』って思ったのがハルキ君だけなのは本当だし?」
「そ、それは……っ」
足を組んで膝で頬杖をつき、ニヤけ半分で見つめてくる。
「そこは本当だから、信じて欲しいなぁ」
「……それは疑ってない、けども……」
「本当?」
「…………はい」
ふふ、とこぼれるような笑み。
すごく満足げだった。
唇に弧を描き、哀川さんは黒髪を耳に掛ける。
そしてさらに言葉を続けた。
「あともう一個いい?」
「え、な、なに?」
今度は何が飛んでくるんだ、と身構える。
そんな俺に痛烈な一言。
「ハルキ君、さっきからあたしの足、見過ぎ」
「――っ!?」
ギクゥッと俺の両肩が跳ねる。
反射的に言い訳のセリフを言おうとしたけど、何も思いつかなかった。
「ねえ、そんなにあたしの生足が気に入った?」
と言いながら、哀川さんはホットパンツの両足をわざと大きく組み替える。
惜しげもなく晒された、白い太もも。
それが俺の視線の先で躍動していた。
いつもならすぐに目を逸らすところだ。
でもとっさに動けなかったせいで、哀川さんが足を組み替えるところを凝視するような形になってしまった。
そこをまた突かれてしまう。
「ねえ、ちょっとさすがに見過ぎだってばぁ」
「や、ちが……っ」
「確かにキミに見せるためにホットパンツ穿いてきたのはあたしだけどさ。さすがにそこまでガン見されたら恥ずいって」
いや絶対嘘だ。
哀川さんは面白がってる。
その証拠にチェシャ猫みたいなニヤニヤが止まらない。だが俺に対抗する手段はなかった。
さらに笑みを深めると、哀川さんは足を組むのをやめ、これまたわざとらしく両手で太ももを隠そうとする。
そして一言。
「ハルキ君のエッチ♪」
「……っ」
駄目だ。
頭が沸騰してしまう。
正直に言えば、確かにちょっとチラチラと見ていたかもしれない。
でも今さらだけど言い訳させてほしい。
哀川さんの座っている位置が大問題なんだ。
俺は床に直座り。
目の前にはテーブルがあって、その先にベッドがある。
で、哀川さんはそのベッドに腰掛けている。
つまり高低差のせいで俺の視線の直線上に哀川さんの生足が来てしまう形。
どうあっても視界に入ってしまうんだよ……っ。
「ひょっとしてハルキ君って胸より足が好きなの? あ、でもさっきあたしが身を乗り出した時、Tシャツの首元から胸見てたわよね?」
「……!?」
それも気づかれてた!?
「ってことは……あ、とにかく見たい人なのね? じゃあ、上も薄着の方が良かった? ごめんね、パーカー脱ごっか?」
哀川さんの攻勢が止まらない。
このままだと俺の尊厳が木っ端微塵にされてしまう。
駄目だ。
もう無理やりにでも止めるしかない。
哀川さんが本当にパーカーを脱ぎだしたのを見て、俺は理性を総動員。よこしまな気持ちを振り切って声を張り上げる。
「――ご、ごはん!」
「ん? オカズになれってこと?」
「違う違う違う!」
とんでもない切り返しにまた動揺しつつ、俺は勢いよく立ち上がった。
「俺、まだ夕ご飯食べてないから! 哀川さんは!?」
「あたし?」
パーカーを脱ぐ手がどうにか止まった。
「あたしは別に……さっき缶コーヒー飲んだし、今も紅茶飲んだし」
「それはご飯じゃありません」
その言葉を聞いた途端、スンッ、と一瞬で冷静になりました。
ええ、はい、我ながら本当に一瞬でした。
そうだ、この人、放っておいたら平気で食事を抜く人だった。
最悪、パーカーは脱いでもいいけど、ご飯を抜くのは許しちゃいけない。道徳観が欲望を木っ端微塵にした音が俺の中で鳴り響く。
「よし、ご飯にしよう。俺、キッチンにいくから哀川さんは紅茶を全部飲んじゃって。で、飲み終わったら洗うからカップ持ってきてね。じゃあ、よろしく」
俺は自分の紅茶を飲み干し、カップをターンッとテーブルに置いた。
そして肩で風を切ってキッチンへおもむく。
俺のカップもあとで哀川さんが持ってきてくれるだろう。
うん、それぐらいはしてもらわないとね。
「え!? ちょ、ちょっと待って……!?」
脱ぎかけでパーカーを肘の辺りで半端に引っ掛けたまま、哀川さんが慌てて追いかけてくる。
「なに、そのいきなりスンッて感じ!? あたし、今けっこうエロい空気出してたよね!? 自分で言うのもなんだけど、かなりルックスもいいでしょ? いいよね? そんな女が脱いでる時にスンッてなに!? スンッて! かなりショックなんですけど!?」
「構いません」
一切の動揺なく、俺は極めて冷静に答える。
冷蔵庫の横に掛けたエプロンを手に取りながら。
「今の哀川さんがどれだけショックだろうと、俺は一切構いません。この目が見据えているのは明日、明後日、もしくは数か月後、数年後の健康的な哀川さんの姿です」
颯爽とエプロンをつけ、後ろで紐をキュッと結ぶ。
「ご飯を食べましょう。しっかりご飯を食べて健康になることに比べたら、イヤらしいことなど二の次です」
「僧侶!? ハルキ君は僧侶なの……!?」
ふっ、と俺はアルカイック・スマイル。
心のなかに学校の友人を思い浮かべる。
……
ならば、俺のことはこう呼んでほしい。
今、空の上……いや換気扇の辺りで親指を立てている、イメージの友と同じように。
――
もう迷いはない。
「はいはい、それじゃあ俺は夕飯を作るから、哀川さんはカップを片付けてね。洗い桶に水を張って浸けといてくれればいいから」
「ちょ……っ。ねえ、本当にご飯にしちゃうつもりなの!?」
「もちろんさ」
冷蔵庫を開け、食材を選んで手に取り、振り向く。
「それとも俺が作ったご飯、食べたくない?」
「……っ。それは……食べたい、けど」
だよね。
哀川さんは
今日は時間もあるし、昨日よりは手の込んだものを作ってあげたい。
「じゃあ、言うことを聞いて? 麻婆豆腐にするから2人で一緒に食べようね」
「~~っ。もうっ、ハルキ君のパパみがエグいーっ!」
子供のように地団太を踏む、哀川さん。
「あたしだって別に本気で誘惑するつもりなんてなかったけど、でもすごい負けた気がするーっ」
「はいはい。気が済んだらカップ片付けてね」
キッチンでナスや長ネギを洗い始めると、気の抜けたグーパンに背中をぽすっぽすっと叩かれた。
「もうっ! パパのばか! パパのばか! パパのばかーっ!」
「はいはい。良い子だから邪魔しないでねー」
ふう。
どうやら今回は俺の逆転勝利のようです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次は木曜日に更新します。
次回は『第18話 質問、ハルキ君ってモテないの?』です。
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