第15話 恐怖、家に帰ったら哀川さんが待っていた!

 小桜こざくらさんを送って家路に着くと、もう辺りは暗くなっていた。

 

 ちなみに俺が住んでいるアパートはちょっとした上り坂の上にある。おかげで一階の俺の部屋からもそこそこ眺めがいい。


 やがて、アパートの敷地に着いた。

 二階立てで上下に四部屋ずつで、計八部屋。


 新築ではないけれど、そこまで年数は経ってないので、見た目もきれいだったりする。


「夕飯はどうしようかな……」


 独り言をつぶやきながら、一階の自分の部屋の方へと歩いていく。

 そうして玄関のそばまできた途端、思わず声を上げてしまった。


「えっ」


 玄関ドア横の壁に誰かが寄り掛かって座っている。

 いや誰かというか……。


哀川あいかわさん!?」

「あ、ハルキ君。やっと帰ってきた」


 はい、哀川さんでした。

 なんか普通にウチの前に座ってました。


 一度、家には帰ったらしく、制服姿じゃない。


 薄手のTシャツに大きめのパーカーを羽織っている。

 下はホットパンツで、なんていうか足が……太ももまでバッチリ露出していた。


 お化粧は落としてきたようで、すっぴん。

 いつものイヤーカフやピアスもしていない。

 履いているのは踵が高めのサンダルだった。


 あとはなぜか大きめのトートバッグが横に置いてある。


「ハルキ君のことだから夕方ぐらいには解散するかと思ってたのに、結構長かったじゃない。ゆにちゃんに上手く引き伸ばされちゃった感じ?」


 哀川さんは立ち上がり、大きく伸びをする。

 Tシャツの袖からおへそが見えそうになり、俺は慌てて明後日の方を向いた。


「っていうか、いつからいたの? ずっとウチの前で待ってたの?」


「んー? 別にそんなに長い時間じゃないし。一回家に帰ってメイク落として、シャワー浴びて着替えてきたから……まあ、30分くらいじゃない?」


「いや、さっき『やっと帰ってきた』って言ってたよね? 学校で別れたのが夕方だったから、どう考えても2、3時間はここにいたことになると思うんだけど……」


「あー、そういえばそうかも。何度か上の階の人たちが様子見に来てたし」

「えっ」


 それを聞いて、顔が引きつった。


 露出高めの美人ギャルが部屋の前で何時間も待っていた――その光景をご近所さんに見られたってことでしょうか……?


「ちなみにその上の階の人たちって、どんな人たちだった?」


「なんか大学生っぽいカップルだったけど? ちょっと目つきが悪いけど優しい雰囲気の男の人と、黒髪ロングのすごい美人」


「ああー……」


 俺は思わず頭を抱えた。


 ご近所さんな上に知り合いだった。

 しかも、めちゃくちゃお世話になってる人たちだった。


 俺が悶絶してる横で、哀川さんは指先を頬に当てて思い出すような顔をする。


「すごく良い人たちだったわよ? 男の人は『音也おとやが帰ってくるまで俺たちの部屋で待つか?』って言ってくれたり、缶コーヒー買ってきてくれたりして」


 ああ、うん、想像がつく。

 ふと見たら、哀川さんのトートバッグの横にはその缶コーヒーが置いてあった。


「女の人はサマーコート持ってきてくれたり、『これあったら一人で待ってても淋しくないから!』ってぬいぐるみを山ほど持ってきてくれたりして。さすがにどっちも断ったけど」


 ああ、うん、それも想像がつく。

 トートバッグのそばに山盛りのぬいぐるみがなくて良かった。


「最終的に2人も一緒にここにいてくれようとしたんだけど、『健気に待ってる姿をハルキ君に見せたいんです』って言ったら、『ならば良し!』ってサムズアップして帰っていったの」


 ああ、うん、良い顔してたんだろうなぁ……。


「あと男の人が『なんかあったら大声上げてくれ。すぐ駆けつけるから』って言ってくれて、おかげでなんの心配もなく待てた気がする」


 ……それについては後でお礼のメッセージを送っておこう。


「ちょっと羨ましいかも。ハルキ君、ご近所に親切な人たちが住んでるのね」


 ……うん、そうなんだよ、親切な人たちなんだよ。


 だから明日はきっとご飯に呼ばれるんだろうなぁ。

 それでアットホームで話しやすい雰囲気のなかで、あれこれ聞かれるんだろうなぁ。


 小桜さんと合わせて、まさかの2日連続の尋問。

 今から頭が痛い……。


「ねえ、ハルキ君。そろそろなか入りたいんだけど? 6月でもこの格好だとさすがにちょっと寒いし」


 そう言って、哀川さんはホットパンツの太ももを見せつけるようにちょっと上げてみせる。


「……っ」

「あ、目つきやらしー」


「や、やらしくないから! っていうか、寒いならなんでそんな格好できたのさ!?」

「そんなの決まってるじゃない」


 いきなり哀川さんが顔を寄せてきた。


 ふわり、とリンスの香りが鼻に届く。

 心臓が跳ね上がりそうになったところへ、さらに耳元で小悪魔のような囁き。


「昨日は胸を見たから、今日は生足が見たいかなぁ、って♪」

「――っ!?」


 顔が熱い。

 ヤバい、このままじゃ哀川さんのペースに持っていかれる。


「げ、玄関先で何言ってるのさ!? ああもう早く入って! ご近所迷惑だから……っ」


 鍵を落っことしそうになりながら取り出し、ガチャガチャとやかましく解錠。


「ご近所迷惑はハルキ君の大声だと思うけどなぁ」


 ふふ、と楽しそうに笑いながら哀川さんは俺が開けたドアから入っていく。


 ああもう……っ。


 混乱しつつも、壁際に置いてあったトートバッグと缶コーヒーの空き缶を回収。


 哀川さんは荷物も持たずに入室していて、まるでお姫様である。

 本当にもう。まったくもう。


 勝手知ったるなんとやらでパチパチッと電気をつけていく、哀川さん。俺はスマホで上の階の人たちに手早くメッセージを打ちつつ、パーカーの背中に問いかける。


「それで突然、どうしたのさ?」

「どうって?」


「いやだって、いきなりウチの前にいるし」

「良いって言ったのはハルキ君じゃない」


「え、どういうこと?」

「…………」


 哀川さんは腕組みし、脱衣所のドアの横の壁に背中を預ける。


 なんかちょっと不機嫌そうだった。

 え、なんで?

 なんでご機嫌ナナメ?


「……朝、言ってたでしょ?」


 唇を尖らせ、不満顔。


「自暴自棄な気分になったらいつでも来ていい、って」

「うん。……ん? うん?」


 言った。

 それは確かに言った。


 でもまさか昨日の今日でご訪問されるとは思ってなかった。


「えっと、またお母さんのことで何かあった?」

「それは……ないけど」


「え? じゃあ、なんで自暴自棄な気分に?」

「…………」


「哀川さん?」

「……だからぁ!」


 焦れたように哀川さんは声を張り上げる。


「ハルキ君とゆにちゃんのデートの結果が気になったの! 自分でオッケー出しといて、後になって気になって気になって自己嫌悪で自暴自棄になっちゃったの! 悪い!?」


「ええー……」


 もう一周回ってワケが分からない。


 しかしどうやら哀川さんはデートの件でいても立ってもいられず、ずっとウチの前で待っていたらしい。


「……じゃあ、さっきの生足のくだりとかどんな気持ちで言ってたの? 本当は内心ヤキモキしながら俺のことからかってたの?」


「そ、そういうとこツッコまなくていいから!」


 若干、頬を赤らめながら文句を言う、哀川さん。


 その顔のままツカツカとこっちに来ると、俺が持ってたトートバッグを奪い取る。


 そして、視線を逸らしながら一言。


「……今日も泊ってくから」

「えっ」


 待って。

 それは待ってほしい。


「いいでしょ? 昨夜ゆうべも泊らせてもらったし」


 違う。

 昨夜と今夜は決定的に違うことがある。


 決して口には出せないけど、哀川さんの……爪。


 お風呂上がりのはずなのに、しっかりと春色に塗られていた。

 たぶん、わざわざ塗り直したんだろう。


 そのネイルの意味を知った今、一晩中、哀川さんと一緒にいたら……。


「……俺、また眠れないんですが」

「そこは慣れて。これからはちょこちょこ泊まりにくるつもりだし」

「そんなぁ……!?」


 これから先の睡眠不足を思い、俺は恐怖に震え上がるのでした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次は土曜日に更新します。

次回は『第16話 開始、哀川先生による(強制)恋愛相談!』です。

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