第11話 小桜さんと買い物デート(?)
なぜか
や、そもそも俺自身はデートということを認めてないし、哀川さんにそんな決定権はないと思うのだけども……。
しかり成り行きというのは恐ろしいもので結局、俺は現在、夕暮れの駅前を小桜さんと歩いている。
「もー、
隣で楽しそうにそう言うのは、もちろん小桜さん。
ふわふわしたお菓子みたいな雰囲気の女の子。
背丈は小柄で、髪はツインテール。制服のあちこちにリボンやフリルをつけていて、手作りのケープを羽織っている。
制服を改造し過ぎて、もはやアニメキャラみたいな格好だが、ウチは校則が緩いのであまり注意はされないらしい。
トレードマークは肩から斜めに下げたポシェット。鮮やかなピンク色で、小桜さんはいつもこのポシェットを身につけている。
ちなみに今は下校中なので2人とも通学鞄を持っているけれど、小桜さんの鞄にはキーホルダー型のぬいぐるみが色々つっくいていて実に賑やかだった。
そんな鞄を後ろ手に持ち、小桜さんが顔を覗き込んでくる。
「まるでこれからオオカミさんに食べられちゃう! みたいな悲壮感が漂ってますよ? 命だけは勘弁してあげますから元気を出して下さい」
「いやまずしょぼくれた子羊みたいな顔がどんな顔か分からないし、小桜さんがオオカミなのって話だし、あと食べられたら命も助からないよね……?」
「だったら楽しげな子羊さんになって下さい。それで万事解決です」
「あ、子羊さんなのは変わらないんだ……。え、俺、子羊っぽい?」
「はい。一見、無害そうなところとか。あくまで一見ですけど」
「奥歯に何か挟まったような言い方……」
「学校でも言ったじゃないですか。春木先輩の正体は『自分をモブだと思い込んでる、女たらし予備軍』ですから。子羊の皮を脱いだら、オオカミなのは実は春木先輩の方ですよ?」
「後輩からの偏見がひどい……や、本当真剣に思うんだけど、なんでそうなるの? 根も葉もないにも程があるって」
「自覚がないところがまさに『一見、子羊』なんですよねえ……」
はあ、とわざとらしく首を振る、小桜さん。
いやいやなんでそんな呆れ顔なのさ。
俺に女たらし要素なんて1ミリもないよ。
「とにかく、せっかくのデートなんですから春木先輩も楽しんで下さい」
「デートじゃなくて、手芸部の買い出しでしょ? これは部活動の一環です」
先輩っぽい顔で言い含める。
小桜さんは手芸部に所属していて、俺も一応、そこに名義貸しをしている立場だ。
買い出しの荷物持ちなら俺も構わないし、今も向かっているのは馴染みの手芸店だったりする。
だから落としどころとして、どうにか部活動の一環ということで納得して頂きたい。先輩としてさすがに後輩とデートをするわけにはいかないし。
だけど、小桜さんは可愛らしく頬っぺたを膨らませてみせる。
「えー」
「えー、じゃなくて」
「こーんな可愛い子とのデートなんですよ? 春木先輩、『据え膳食わぬは許しまへんで』って、ことわざ知らないんですか?」
「ないない。そんなことわざ、生まれてこの方、聞いたことない」
「もー、こーんな可愛い子とのデートなのにぃ」
もう一度言って、小桜さんはフリルのついたスカートをふわりと舞わせ、その場で一回転してみせる。
ツインテールがきれいに弧を描き、駅前の通学路がまるでアイドルのステージになったみたいな可憐なステップだった。
実際、小桜さんはとても可愛い。
先輩として普通にそう思う。
今現在、学校一の美少女……ああ、いや二大美少女だっけ?
ウチの学校の二大美少女は哀川さんと
俺もそれくらいの客観的評価は出来ている。
でも小桜さんは可愛い後輩だ。
可愛いからこそ、変な真似はしたくない。
「小桜さんにはもっと良い相手がいるよ。手近な先輩なんかとデートしてたらもったいないって」
「誰とデートするかを決めるのは、わたしです」
ちょっと拗ねたような顔をし、小桜さんはするりと腕を絡ませてきた。
「そのわたしが選んだんです。初デートの相手は春木先輩が良いって」
ぴったりと密着され、にっこり笑顔。
フリルいっぱいの制服越しに控えめな柔らかさを感じた。
胸が当たっている。
男子としては嬉しい距離感だけれど、さすがに罪悪感の方が先に来る。なので優しく肩を押して、小桜さんを離れさせる。
「初デートならますます俺じゃダメだよ」
「むー」
唇を尖らせた、ご機嫌ナナメ顔。
「やっぱりガード固いです、春木先輩」
「一応、先輩だからね」
「でも哀川先輩にはガード緩いんですよね?」
「…………いえ、そんなことは」
ありませんけども?
と思わず敬語になってしまいそうになり、慌てて口を閉じた。
奇しくも横断歩道を渡ろうとしていたところで、2人の視線の先では青信号がチカチカと点滅している。
そもそも今日、小桜さんがデートと言い出したのは、このガードうんぬんが原因だった。
南校舎の廊下で小桜さんが『ガードが固すぎるんですよ、春木先輩は』と言った時、哀川さんが首をかしげたのだ。
結果、小桜さんはなぜか涙目になり、こうして『デート』に駆り出された次第である。
青信号がチカチカするなか、小桜さんが俺の顔を凝視してくる。まるで内心を読み取ろうとしているかのようだ。
「じー」
「えーと……?」
チカチカ。
「じー」
「こ、小桜さん……?」
チカチカ。
「わかりました」
「え、なにが?」
パチッ。
……あ。
赤信号になった。
なんか危険な気がする。
「春木先輩はきっと『ああ、そうだろうね』って言うと思うんですけど、わたし、クラスでけっこう人気者なんです」
「……ああ、そうだろうね」
これだけ可愛くて明るい小桜さんなんだから、なにも不思議じゃない。
でもいきなり何の話だろう?
「ところが本来、わたしのキャラからすると、それって逆なんです」
「逆?」
「はい」
自分の両頬に手のひらを当て、小桜さんはあざとさいっぱいの表情をする。
「わたし可愛いので、普通にしてたら男子にはどんどん言い寄られちゃうし、女子にはとことん嫌われちゃうんです」
「あー……」
まあ、わかる。
失礼な話だけど、想像はできる。
「わたしにその気がないのがわかると男子は勝手に離れていって、それで女子にはさらに陰口を言われて、最悪なループが完成しちゃうわけです。――というわけで」
あざといポーズのまま、にこっと笑顔。
「それを防ぐために実はわたし、春木先輩を利用させてもらってます」
「え、俺?」
「はい」
「クラスでのわたしのキャラは『部活の先輩に無理めな恋をしてる、一途で健気で可哀想な女の子』です」
「はい……?」
え、ごめん。
ちょっと意味が分からない。
「おかげで男子は『小桜さんを応援してやろうぜ!』って無駄に燃えてくれてますし、女子も『ゆにちゃん、可哀想』って同情しまくってくれてます。こうなるともうわたしの独壇場っていうか、何をやっても許されちゃうので、実質、裏からクラスを牛耳ることができました」
いや牛耳るって。
黒幕か何かなのかな?
ウチの後輩がなんだかヤバい。
というか怖い。
「あの、出来れば聞きたくないんだけど……そこに俺がどう絡んでくるの?」
「わかりませんか?」
「わかりたくないんです」
思わず敬語の俺に対し、小桜さんがぱっと両手を向けてくる。
「わたしが『無理めな恋をしてる』相手が春木先輩です」
うーわー……。
俺の預かり知らないところで大変なことが起きてるらしい。
「嘘だと思うなら、一度ウチのクラスに来てみて下さい。みんなが一斉に『あいつだ……っ』って顔で睨んできますよ」
「怖いって。想像もしたくないって……」
「ちなみに今はクラスだけですけど、いずれはこの手法で一年生全体を掌握するつもりです。楽しみにしてて下さいね?」
「待って待って待って」
「怖いですよねー? 恐ろしいですよねー? だってわたしの機嫌を損ねたら、一年生全員が春木先輩の敵にまわるわけですから」
というわけでっ、と小桜さんはポンッと手を打った。
そして、アイドル級の可愛い笑顔で言い放つ。
「春木先輩、今日はデートってことでいいですかっ?」
「…………」
「いいですねっ?」
「…………はい、いいです」
笑顔で念を押され、がっくりと首肯。
こっちは何の取柄もないモブ生徒。
一年生全体を掌握するような策士を前にして、もはや断る勇気など湧いてこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます