第12話 デートとは策を巡らすものなり

 デートを承諾した後、小桜こざくらさんはウキウキと青信号を渡っていき、俺もしょぼくれながらその背を追っていく。


 はあ、一年生の女の子にも押し切られちゃう、俺って一体……。


 そうして肩を落としていると、小桜さんが横断歩道を渡り切ったところで振り返り、こっちを囃し立ててくる。


「ほらほら、春木はるき先輩、デートなんですからもっと楽しそうな顔をして下さいっ」

「たのーしーなー」


 虚ろな目でどうにか返事をし、こっちも横断歩道を渡り切った。


 その後、まずは目的地の手芸店へ。

 買い出しはいつも駅前の『星川ほしかわ手芸店』を使わせてもらっている。


 ここの店員さんの一人はお店の一人娘で、ウチの学校の生徒でもある。確か小桜さんと同じ一年生だったと思う。ふわふわした髪の可愛いらしい女の子だ。


「あ、春木先輩。あおいちゃんは彼氏がいますから、狙ったりしたらダメですからね?」


 葵ちゃんとは店員さんのことだろう。


 俺がここに来る時は荷物持ちで、手芸には詳しくないから店員さんとはあいさつ程度しかしたことがない。


 それは小桜さんも知ってるはずなのに、なぜか毎度、この念押しをしてくる。


「小桜さんは俺をなんだと思ってるのさ……?」

「自分をモブだと思い込んでる、女たらし予備軍」

「そうでした……」


 そう思われてるんでした。

 本当、俺って一体……。


「ありがとうございました。ゆにちゃん、また学校で」

「はーい、またね、葵ちゃん!」


 店員さんにお見送りされ、店を出た。


 小桜さんは元気いっぱいに手を振り、俺はというと毛糸玉やフェルト布がたくさん入った紙袋を抱えている。


「いつも思うけど、材料ってこんなに必要なの? 手芸部の部員って夏恋かれんと小桜さんだけだよね?」


「何言ってるんですか。春木先輩も部員ですよ?」

「ああ、うん、まあ一応ね?」


「夏恋先輩もわたしも試作段階で妥協しないタイプなんです。なのでどうしても材料がたくさん必要になっちゃって。素晴らしい完成品の前には死屍累々ししるいるいしかばねのような試作品の山があるものなんですよ」


「たとえが物騒すぎるって」

「本当のことですから。なのでカンペキなサマーセーターを編んであげますから待ってて下さいね?」


「俺に?」

「他に誰がいるんですか?」


「いや手作りのセーターとかは彼氏を作って、そういう人に……」

「まーたそういうこと言う」


 わざとらしくため息をつく、小桜さん。


「まあ、予想済みですけどね。カンペキなものを作るのは自分の努力でどうにかするとして、問題はどうやって春木先輩に受け取らせるか、なんですよね。さすがに手作りのプレゼントに脅しは使いたくないですし」


「や、うん、さすがに一年生全体を敵に回すか、プレゼントを受け取るか、なんて二択は俺も突きつけられたくないよ……?」


「まあいいです。その辺の策はまた追々考えます。とりあえず今日はデートを楽しみましょう」


 そう言うと、小桜さんはローファーの踵を鳴らしてこっちを向く。


「春木先輩、わたし、お願いがありましてっ」

「え、なに?」


 ついつい警戒してしまう。

 しかし俺の不安とは裏腹に小桜さんのお願いは可愛いものだった。


「わたし、メクドナルドのストロベリーシェイクが飲みたいですっ」

「シェイク?」


 ああ、デートだからお茶をしたいってことか。

 一瞬、遅れて小桜さんの意図がわかり、俺は内心でうなる。


 やるな、小桜さん……。


 正直、ちょっと感心してしまった。

 チョイスが絶妙だったからだ。


 たとえばご飯に行きたいと言われたら、俺は即座に却下しただろう。


 なぜなら小桜さんの家ではおじいちゃんが夕飯の支度をしてくれることを俺は知っていて、今日もそうだろうと予想がつくからだ。


 これに関しては冗談半分の脅しをされても俺は首を縦に振らない。


 でもシェイク程度なら夕飯前にお腹がいっぱいになることもないだろう。おじいちゃんの夕飯が無駄になることもない。


 しかもメクドナルドのシェイクならせいぜい150円ちょっと。

 こっちのお財布にも気を遣ってくれている。ただ……。


「お茶をするならスタート・バックスとかドットールでもいいよ?」


 せっかく後輩に奢ってあげるなら、もうちょっと高いものでもいいと思った。

 しかしこういうところで無欲な後輩は当たり前のように首を振る。


「ダメですよ。春木先輩、アルバイトのお金貯めてるんでしょう? 夏恋先輩がそのためにヒヨコの貯金箱あげたって言ってましたし」


 簡素な俺の部屋のなかで、唯一、生活感があるもの。

 それが本棚の上のヒヨコの貯金箱。


 小桜さんの言う通り、あれは貯金をすると決めた時に幼馴染の夏恋がくれたものだ。


「夢のために頑張ってる先輩に無駄なお金は使わせられません。とはいえ、デートで奢ってもらうのは女の子の憧れ……」


 うっとりと小桜さんは目を閉じる。


「なので折衷案として、安価なストロベリーシェイクで手を打ちたいです」

「手を打ちたいって、まるで交渉事みたいに」


 ちょっと笑ってしまった。


「それに夢なんて壮大なもののために貯金してるわけじゃないよ。ちょっと欲しいものがあるだけ」


「それこそ大事ですよ。普段、物欲のない春木先輩に欲しいものがあるだなんて、まわりからしたら衝撃です」


 別にそこまで物欲がないわけでもないんだけど……まあ、教室でも近藤こんどう

僧正そうじょう扱いされてしまったし、まわりからはそう見られてるのかもしれない。


「本当にシェイクでいいの?」

「はい! 奢って、先輩♪」


 お祈りのように手を組み合わせ、キラキラした目でお願いされた。


 正直なところを言えば。

 俺はこうやって可愛い後輩から頼られることが嫌いじゃない。


 デートうんぬんを抜きにしたら、別にいつだって荷物持ちぐらいするし、ちょっと高めのご飯を奢るのだって構わない。むしろ進んでやりたいくらいだ。


 だから断る理由はなかった。


「わかった。ただし、もう夕方だから遅くならない程度にしようね?」

「はーい!」


 手を上げて元気のいいお返事。

 こういうところはとても素直な小桜さんだった。


 次の目的地が決まり、俺たちはメクドナルドに向かって歩きだす。


 すると並んで歩きながら、小桜さんが独り言のようにつぶやいた。


「作戦成功♪ 買い出しで終わっちゃうかもしれないところを、ちゃんとデート続行に出来ました。ふふふ、狙い通り。春木先輩ってば、何かしてもらうより、何かしてあげる方が好きな人ですもんね」


 ……前言撤回。

 素直そうに見えて、それも策のうちだったらしい。


 小桜さん、恐ろしい子……。


 しかし、ウチの後輩の恐ろしいところはこれだけに留まらなかった。


 メクドナルドに到着して。

 2人分のシェイクを買って席について。

 一息ついた、その瞬間のこと。


「さーて、春木先輩。それじゃあ聞かせてもらいましょうか」


 まるで大会議の議長のようにテーブルの上で手を組み、迫力のある笑顔。


「哀川先輩とは一体どういう関係なんですか?」


 可愛い後輩による、恐ろしい尋問が始まった……!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

明日また更新します。

次回は『第13話 尋問からの大胆アプローチ in 小桜さん』です。

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