第34話 降臨、最強の幼馴染――っ!
キーンコーンカーンコーン……。
ホームルーム終了のチャイムが鳴った。
先生が出ていくと、教室の空気は途端に騒がしくなっていく。
みんなが帰り支度をしているなか、俺は自分の席で深く息をはいた。
「やっと終わった……」
学校での一日をこんなに長く感じたのは初めてかもしれない。
でもやっと放課後だ。
これで……
嬉しくなってしまい、つい俺は窓際の哀川さんの席の方を見る。
「――っ」
すると視線に気づいてピクッと哀川さんが反応した。
通学鞄に筆記用具を入れていた手を止め、ちょっと赤くなってジト目で睨んでくる。
え、なんで睨まれてるんだろう?
不思議に思って首をかしげると、哀川さんが口パクで何かを伝えてきた。
「(み)」
「み?」
「(す)」
「す?」
「(ぎ!)」
「ぎ……?」
みすぎ?
あ、『見過ぎ』か!
言われてみたら、今日一日、事あるごとに哀川さんの席をチラチラ見てしまっていたかもしれない。
しまった。
これはまた浮かれポンチ扱いされる。
でも哀川さんも気づいてるなら言ってくれればいいのに。
教室では話せなくても、RINEのメッセージでも送ってくれれば……。
あ、そうか。
連絡先を交換してなかった。
教室でいつも顔を合わせるし、ふらっと家にも泊まりにくるから、そんな根本的なところを忘れてしまっていた。
あとで聞いておこう、と思いつつ、俺は机と体の間で隠しながら小さく手を合わせる。
「(ごめん)」
「(……もう)」
哀川さんはぷいっとそっぽを向いてしまう。
でもその頬はやっぱりほんのり赤い。
困ってはいても嫌ではない顔だ。
そんな表情を見ていると、俺はどうしてもにやけてしまう。
よし、この後は南校舎の屋上の階段かな。
そんなことを思いながら立ち上がりかけたところで、
「
なにか妙に沈痛な面持ちだった。
俺は目を瞬いて首をかしげる。
「ん? 何を?」
「いや何かあったんだろうと察して、今日一日、触れなかったんだけどもさ。昨日の一年生ちゃんのことに決まってんじゃんよ」
「あ」
そうだった。
昨日、俺はゆにちゃんとちゃんと話すべく、一年生の教室に向かった。その時、近藤や男子たちがお経を唱えて送り出してくれたんだった。
「あー、それは……」
心底申し訳ない気持ちで俺は視線を逸らす。
みんな、近藤と同じ気持ちだったらしく、男子たちも俺の席のまわりに集まって、口々に訊いてくる。
「それは?」
「どうなった?」
「結局、上手くいったのか?」
俺は若干落ち込みながら首を振る。
「手芸部を出禁になりました。しばらく会ってはくれないそうです……」
「「「フラれたかーっ!」」」
近藤プラス男子たちの嘆きが教室中に木霊した。
「いやフラれたとか、そういう感じでもないんだけど……!」
「いい。みなまで言うな。傷は浅いぞ」
「大丈夫、春木ならまた良い出会いがあるって」
「とりま残念会にカラオケ予約しとく?」
友情に分厚い友人たちだった。
いやでも本当にフラれたわけではないと思うんだ。
ゆにちゃん自身、好き避けって言ってたし……。
ただ、まあ……。
うん……。
この先、ちゃんと話はするべきだと思う。
昨日とは違う意味で、ゆにちゃんには話さなきゃいけないことがある。
そうして静かに決意を固めていると、ふいに俺たちの後ろから女子の一人が話に入ってきた。
「え、春木君ってフラれたの?」
「いやフラれては……」
「察してやってくれ。春木
否定しようとした、俺。
痛ましい表情で言う、近藤。
しかし女子は不思議そうに首をかしげる。
「でも朝はラブラブだったわよね?」
「え? ラブラブ? 俺が?」
なんのこと?
「だって朝、廊下で手を繋いでなかった? ――哀川さんと」
ざわ――っ!!
教室中が一瞬でざわめいた。
俺は反射的に椅子から立ち上がってしまう。
見られてた――っ!!
あ、はい。
一瞬だけど下駄箱から移動した先の廊下で、確かに手を繋ぎました。
哀川さんもちょっとだけ握り返してくれました。
でもまさかクラスメートに見られてたなんて。
俺は決して顔を動かさないように心掛けつつ、視界の端で窓際を窺う。
「……っ」
哀川さんも立ち上がりかけの状態で硬直していた。
顔を真っ赤にし、完全にフリーズしている。
あ、ダメだ、哀川さん。
その表情はほぼ肯定してる感じだから……!
俺が戦慄していると、別の女子もわらわらと集まってきた。
「あ、それ、私も見たかも。一瞬だけど、繋いでたよね?」
「っていうか、今日の春木君、何度も哀川さんのこと見てなかった?」
「哀川さんも満更でもなさそうだったよね?」
そっちも見られてた――っ!!
恐るべきは女子の観察眼。
近藤を含めた男子たちは完全に頭に『?』マークを浮かべている。
しかし女子たちは今日の俺と哀川さんをしっかり観察していたらしい。
そのうねりは瞬く間に教室中に広がっていく。
もはや男子と女子が一緒になって、盛り上がり始めていた。
「まさか春木が哀川さんと? ウチの学校の二大美少女のひとりだぜ?」
「でもほら、春木君って何気にカワイイ女の子がよくそばにいない?」
「っていうか、春木を好きな子ってちょいちょい現れるよな?」
「そうそう。目立たないけど、なぜかモテるのよ、春木くんって」
「え、じゃあまさか本当に春木君と哀川さんが……?」
教室中の視線が俺たち2人に集まった。
哀川さんは今もフリーズ中。
普段からとびきりきれいで目立つ哀川さんだけど、誰かとつるむことがぜんぜんないから、注目されるのは慣れてないのかもしれない。
「ふー……」
俺は大きく深呼吸をした。
これはもう誤魔化せる空気じゃない。
それに……誤魔化したいとも思わない。
本当はゆにちゃんと話してからにしたかった。
でも俺の覚悟はすでに決まっている。
ゆっくりと体を窓際へ向け、俺は口を開く。
「哀川さん」
「えっ!?」
真剣な表情で見つめた途端、哀川さんの背筋が伸びた。
「やっ、え、ちょ……っ」
彼女は赤い顔でしどろもどろ。
その顔を見て、男子も女子も「え、マジで?」「ほんとに!?」と色めき立つ。
教室内の緊張感が加速度的に高まっていく。
まるでピンッと張り詰めた糸のような空気。
大きく息を吸い、俺は両手を握り締めて、言葉を紡ぐ。
「哀川さん、俺は――!」
その瞬間だった。
俺があと数秒で決定的なことを言おうとした、その刹那。
ふいに。
風が吹いた。
窓際のカーテンがはためくように大きく揺れる。
今の暦は七月。
それは太陽の匂いをいっぱいに吸い込んだ――夏の風。
その風が吹き込むと同時に、
「
突然、教室のドアが開け放たれた。
全員の視線が反射的にそちらへ向く。
放たれるのは、鮮烈な存在感。
黄金を溶かし込んだようなブロンドの髪。
アイリッシュ海の波のような蒼い瞳。
西洋人形のような整った顔立ちとハリウッド女優のような完璧なスタイル。
俺の幼馴染、
「いたいた! ほら、手芸部いくわよ! ゆにの出禁は現部長の私が解除してあげたから、ありがたく泣き崩れなさい。自分で出禁にしたくせに音也がいないとしょげるのよ、あの子。ほら早く。ハリィハリィ!」
隣のクラスなのに我が物顔でずかずか歩いてきて、男子も女子もそれが当たり前のように夏恋のために道を開ける。まるで女王様だ。
そして俺のところまで来ると、容赦のないヘッドロック。
「え? 夏恋、ちょっと待っ――ぐわっ!?」
「はい、捕まえた。アンド連行。レッツゴー!」
「待て待て! キまってる! 首キまってるから!」
「だったら落ちる前に手芸部までたどり着きなさい。気絶したとこ運ぶのは面倒だから」
「無茶言うなって!? 呼吸……呼吸が……酸素がないと人は生きられないんだよ!?」
「呼吸ができないなら光合成すればいいじゃない。今が進化のしどころよ。頑張れ、人類」
首がキまっているから力が入らず、俺は無情にもずるずると夏恋に引きずられてしまう。
「っていうか、胸! 胸当たってる! だから離れろって……!」
「はあ? なに意識してるの? 幼馴染に欲情するとかやめてくれる?」
心底呆れた、と言わんばかりのため息。
「いつも言ってるでしょ? 私、セックスは結婚初夜までさせないって決めてるの。私の溢れんばかりの魅力に我慢できなくなっちゃうのは男の子として仕方ないけど、それはそれとして自重はしなさいよね?」
「教室でセッ……とか言うな、ばか! このバカレン!」
「あー、またバカレンって言った。あーあ、春の音が聞こえないな~」
言い合いをしてる間もずるずると引きずられ、とうとう教室のドアのところへ。
すると背後からクラスメートたちの話し声が聞こえた。
なんか一気に熱が冷めた感じだった。
「なんか無駄に盛り上がっちゃったわね」
「だなー」
「よく考えたら春木が哀川さんと……とか、普通にないもんな」
「そうね、手を繋いでたのも普通に見間違いだったのかも」
「だって、春木は桐崎さんの
舎弟!? そんなふうに思われてたの――っ!?
ものすごいショックだった。
見れば、ゆにちゃんの応援をしてくれた男子たちまで『春木、桐崎さんの舎弟論』にウンウンとうなづいている。あ、よく見たら近藤もうなづいてる……。
本当にショックだ。
さらには窓際の方を見ると、
「あれが桐崎さん……」
哀川さんが妙に神妙な顔で俺たちを見ていた。
ああああっ、もう少しで気持ちを伝えるところだったのに……っ。
絶望に打ちひしがれながら、俺は夏恋に廊下へ連れ出されてしまう。
「この私がわざわざ迎えに来てあげたんだから、感謝しなさいよね♪」
横暴極まりことを言って、パチンッと無駄に魅力的なウィンク。
結局。
告白間際まで高まっていた空気は、すべて夏恋に吹っ飛ばされてしまった。
ちくしょう。
いつもながらにメチャクチャな幼馴染だった――。
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次回更新:明日
次話タイトル『第35話 夏恋の口癖は「愛してる」』
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