第21話 三角関係で休日デート♪

 通行人が行き交う、賑やかな駅前の喧騒。

 俺は特徴的なモニュメントっぽいものの前で一人、立っている。


 今日は日曜日。


 哀川あいかわさんの提案で、小桜こざくらさんを含めた3人で遊ぶことになった、その当日である。


「なんか慣れないなぁ……」


 現在、待ち合わせの10分前。

 俺はどうにも落ち着かない。


 一応、ちゃんとした格好はしてきたつもりだけど、これで合ってるのかどうか、今さらながらに不安になってきた。


 や、ただ3人で遊ぶだけだから、そんなに気を張る必要はないとは分かっているんだけど……。


春木はるきせんぱーい!」


 ソワソワしながら待っていると、ふいに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 振り返ると、小桜さんが元気いっぱいに向かってきている。


「つーかまえたっ♪」

「わっ」


 いつもの調子で抱き着いてきた。

 反射的に受け止めると、小桜さんは嬉しそうな顔で見上げてくる。


「待ちました?」

「ぜんぜん。っていうか、まだ5分前だよ?」


「春木先輩なら絶対早めに来てると思ったので。一応、わたしも早めに来つつ、決して男の人より早くは到着しない、これが女子のベストな到着時間です」


「さすがだね」


 小桜さんらしいと思った。

 しかしいつまでも抱き着いてもらっているわけにはいかない。


 反射的に受け止めてしまったけど、離れてもらうために俺は小桜さんの肩を優しく押そうとする。


 しかし即座に気づいた様子で、小桜さんは表情を変えた。

 まるで見捨てられた子犬のように哀しそうな顔をする。


「わたしがくっついてるの、嫌ですか?」

「う……っ」


 今までにはなかった罪悪感が胸を締め付けてきた。


 小桜さんが本気だということを俺はもう知っている。

 その気持ちを嬉しいと感じたことも本当だ。


 だからそんな顔をされると、どうしても罪悪感を覚えてしまう。


 そんな俺の内心を瞬時に読み取ったのだろう。

 小桜さんの頬がピクッピクッと反応した。


「……あ、だめ。春木先輩にもう少し罪悪感を植え付けたいのに、葛藤してる先輩の顔見てたら思わずにやけちゃいます……あーもう、もうちょっと頑張って下さい、わたしの自制心っ」


「聞こえてる、聞こえてる。はい、公衆の面前だから離れてね」


 どうにか気持ちを建て直し、抱き着き状態を解除させてもらった。


「あーあ、わたしもまだまだ修行が足りないです」


 残念そうに肩を落としつつ、しかしすぐに気を取り直したような様子で、小桜さんは笑う。


「今日はお誘いありがとうございます。こんなに早く2回目のデートをしてもらえるなんて思ってませんでした。今日のわたし、どうですか?」


 スカートの端を摘まんで、小首をかしげてみせる、小桜さん。


 格好はフリルいっぱいのワンピース。

 ツインテールの髪には大きなリボンもつけていて、肩にはトレードマークの春色のポシェットを下げている。


「うん、よく似合ってる。可愛いよ」


 俺も先輩としてこれくらいは言える。

 素直に褒めると、小桜さんの頬が緩んだ。


「えへへ、ありがとうございます。頑張った甲斐がありました」


 そう言って喜びつつ、ふいにその笑顔が苦笑に変わる。


「これで春木先輩と2人っきりのデートだったら言うことないんですけどねー」

「あはは……」


 俺としては乾いた笑いをこぼすことしか出来なかった。


 今日の発案者は哀川さん。

 曰く、3人でトリプルデートしましょう、とのこと。


 うん、やっぱりトリプルデートの使い方が間違ってる気がする。


 それはともかく学校でこのことを伝えると、小桜さんは間髪を容れずにオッケーしてきた。


 曰く、『わたしも哀川先輩が悪い女かどうか、見極めたいので』とのこと。別に哀川さんの悪い女論の話はしなかったのだけど、やっぱり妙なところで2人は通じ合ってるらしい。


 ……しかし今日一日、俺はどういう顔をしてればいいんだろう。


 そんなふうに内心悩んでいると、これまた背後から声が消えてきた。


「ハルキ君。それにゆにちゃんも。お待たせ」


 哀川さんの声だ。

 俺は小桜さんと声のする方を向き、思わず息を飲んだ。


 哀川さんの私服姿を見るのは初めてじゃない。

 でも今日は気合いの入り方が違った。


 上着は肩出しのニット。

 柔らかそうなニットの印象と、露出した肩の艶めかしさのギャップがすごい。


 しかも上着の丈が短くて、タイトなパンツとの間でおへそがチラチラ見えている。


 そこにいつものイヤーカフやピアスをして、メイクも完璧。足元はブーツがやや厚底で身長が高くなり、まるで一流モデルのようだった。


 そして爪は……やっぱり春色のネイル。


 哀川さんはバッチリ決めた格好なのに、いつものような自然さで歩いてくる。それがまた格好良かった。


「? どうしたの、ハルキ君? ぼんやりしちゃって」

「あ、いや……っ」


 黒髪を耳にかき上げ、哀川さんが流し目で見つめてくる。


「ひょっとして、本気のあたしに見惚れちゃった?」

「……っ」


 事実なのでとっさに言葉が返せなかった。

 メイクばっちりのきれいな顔に見つめられているだけで、体温が上昇してしまいそうだ。


 そうして返答に困っていると、突然、隣から低い声が聞こえてきた。


「へー……こんなにリアクションが違うものなんですね」


 小桜さんだ。

 哀川さんに動揺している横顔をガン見されていた。


 あっ、と思う俺をスルーし、哀川さんが話しかける。


「ゆにちゃん、そのワンピース、とっても可愛いわね」

「ありがとうございます。哀川先輩も美人度が跳ね上がってますねー」


「ちなみにハルキ君はちゃんと褒めてくれた?」

「……ええ。残念ながら目を見て可愛いって言ってくれました」


 え、褒められた方が残念なの?


「そっか。ごめんね」

「いいですよー。まだまだこれからです」


 笑顔で言葉を交わす哀川さんと小桜さん。

 そんな2人を見ていて、俺はふと違和感を覚えた。


 なんだろう?

 なぜか……ものすごい寒気がする。


 ……あ。

 そうか、2人とも笑ってるのに目がぜんぜん笑ってないんだ。


 ぶるっと震えが走った。


「え、ええと……2人とも仲良くね?」


「ハルキ君は」

「春木先輩は」


「「黙ってて!!」」

「はい……っ!」


 ギンッと睨まれ、背筋が垂直に伸びた。


 哀川さんはちょっと斜めに構えた腕組みポーズで。

 小桜さんは手を後ろに組み、鉄壁笑顔のあざといモードで。


 お互いに対峙する。


 空気は凍りついていて、まるでこの一角だけブリザードが吹いてるかのようだ。


「来てくれて嬉しいわ、ゆにちゃん。今日は楽しみましょ」

「はいっ。わたしも哀川先輩とたくさんおしゃべりして仲良くなりたいです」


 ……こ、怖い。すごい怖い。


 2人のバックで黒猫と子犬がシャーッと威嚇し合っている。

 ぱっと見は可愛い気がするけど、俺的にはめちゃくちゃホラーでサスペンスだ。


「さて、それじゃあ」


 いきなり哀川さんに右肩をガッと掴まれた。


「はい、行きますか」


 小桜さんも俺の左腕にグッと抱き着いてくる。


 あ、逃げられない。


「良かったわね、ハルキ君。今日は一日、両手に花よ?」

「三角関係のデートの始まりですねー」


「いやっ、そのっ、黒猫が……子犬が……!」


 右側にトップモデル並みに美人の哀川さん。

 左側に現役アイドルのように可愛い小桜さん。


 確かに端から見たら羨ましい光景なのかもしれない。

 だけど、俺はひたすら怯えながら2人に連行されていく。


 これ、生きて帰れるのかな、俺……っ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次回更新:土曜日

次話タイトル『第22話 小桜さん改め「ゆにちゃん」?』。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る