第20話 寝不足の朝にデートの提案をされまして

 スズメがチュンチュンと鳴いている。

 朝になった。

 いわゆる朝チュンというやつなのかもしれない。


 しかし俺の目の下のクマは濃くなるばかりだ。


「本っ気で一睡もできなかった……」


 ピクピクと瞼を痙攣させ、俺はタオルケットをどけて起き上がる。


 ちなみに今日も床で寝た。

 まあ、それは別にいいんだけど……。


「はあ……」


 ため息をつきながら右肩をさする。

 昨夜ゆうべ、俺は哀川あいかわさんに甘噛みされた。


 当然、生まれて初めての経験だ。

 当然の当然、眠れるわけがない。


「んー……あ、もう朝? おはよ、ハルキ君」


 ベッドの方で哀川さんが起き上がり、大きく伸びをする。


「あー、良く寝た。なんかハルキ君の部屋ってすごく熟睡できるのよね」

「はは、それは良かったね……」

「ん?」


 俺が苦笑いで答えると、哀川さんがこっちを向いた。


「ひょっとして、また眠れなかったの?」

「おかげさまで……」


「やっぱりベッドじゃないと無理? 次からは一緒に寝る?」

「寝ない寝ない」


「え、一睡もしないってこと?」

「じゃなくてー……」


 駄目だ。

 寝不足過ぎて上手く言葉が出てこない。

 とりあえず顔を洗った方がいいな。


 そう思って、俺は立ち上がる。


 すると体に掛けていたタオルケットが床に落ちた。


「あ」


 声を上げたのは、こっちを見ていた哀川さん。


 直後、俺は自分の不注意を悟った。

 寝不足のせいで注意力が散漫になっていたせいだ。


 反射的に哀川さんの視線の先をたどる。

 行き着く場所はスウェットを穿いた、俺の下半身。


 はい、前回と同じです。

 俺こと春木はるき音也おとやの『春木音也』が大変なことになってました。


「朝から元気ね、ハルキ君」

「ちがっ!? だって、これは昨夜の哀川さんが……っ」

「あたし?」


 目をパチクリする哀川さん。


「でも昨夜は別に胸見せたわけじゃないし……え、もしかして」


 突然、何かに思い当たったように哀川さんは閉口する。

 そして口元を押さえて、引き気味にこっちを見てきた。


「ハルキ君って……まさか噛まれて興奮する人なの? え、変態さん? さすがにちょっと引くかも」

「誰のせいだと思ってんのさーっ!?」


 魂の叫びが響き、窓の向こうでスズメたちが一斉に飛び立った。



 ………………。

 …………。

 ……。



「もー、ごめんってばー。ハルキ君、機嫌直して? ね? ね?」


 朝の一幕から30分後。

 俺は制服にエプロン姿で目玉焼きを作っている。


 そのまわりをチョロチョロしながら手を合わせるのは、哀川さん。ちなみに昨夜と同じパーカーにホットパンツ姿。制服には一度家に帰って着替えるつもりらしい。


「まさか甘噛みされただけで目覚めちゃうとは思わなかったんだってー。でも考えてみたらあたし、かなりの美少女だし? ハルキ君がそうなっちゃうのも仕方ないかなぁ、って。もう引かないから許してってばー」


「嘘です。哀川さんはきっと引くに決まってます。口では引かないって言いつつ、きっと今も引いてるんだ、そうなんだ」


 2枚目の目玉焼きのために卵を割りながら、グスッとちょっと泣けてきてしまった。


 途端、哀川さんは慌てて取りなそうとしてくる。


「引いてない、引いてない! っていうか、あたしのせいなんだから引く資格ないって! なんなら責任取るし!」


 俺とフライパンの間にひょこっと顔を入れてきて、キメ顔をしてみせる。


「あたし、『都合のいい女』希望だし、ハルキ君のそういうとこ、受け止めてあげるから」


 ほんの少し流し目で、彼女は微笑む。


「なんでもしてあげるよ……?」

「……っ」


 朝から心臓が跳ね上がった。

 しかしなんとか顔には出さず、俺は哀川さんの頭をグイグイと押し退ける。


「わ、分かったから! 危ないから料理中に顔出さないでっ」

「んー?」


 素直に俺の手に押されながら、哀川さんが顔色を窺ってくる。


「あ、機嫌直ってる♪」

「えっ」


 そんなに分かりやすいのかな、俺?

 小桜こざくらさんにも読み合いが向いてないって言われたけど……はあ、情けない。


 その後、出来上がった朝食をテーブルに並べ、2人で食べ始めた。

 目玉焼きにはソース派らしい哀川さんが黄身を潰しているのを見つつ、俺は尋ねる。


「あのさ……ひょっとして俺、考えてること顔に出やすい?」

「え、今さら?」


 きょとんとされてしまった。


「ハルキ君ってたぶん、脳と表情筋が直結してるんじゃない?」

「そこまで……」


 いや待て。

 脳と表情筋が繋がってるのは普通では?


 しかしそんなことは気にせず、哀川さんはご飯をもぐもぐしてから言う。


「実際、心配なのよねー、その分かりやすさ。ハルキ君ってガード緩い上にお人好しだし、そのうち悪い女に引っ掛かるんじゃないか、って……正直ちょっと不安」


「…………」


 なんだろう。

 小桜さんにも似たようなことを言われた気がする……。


「相手がまともな女ならいいんだけど、世の中、そう上手くはいかないだろうし……ハルキ君の人の良さに付け込んで、迷惑かけるような悪い女がいないとも限らないわ」


 ……ん? あれ?

 なぜだろう。


 哀川さんはすごく真っ当なことを言ってくれている。

 俺が悪い女とやらに引っ掛からないか、純粋に心配してくれている。


 なのに、なんだか……甘噛みされた右肩が妙にうずくぞ?


 あと睡眠不足の瞼も……すごく重く感じるぞ?


「えーと、哀川さん?」

「なあに?」

「……いや、やっぱいいや」


 言ったらダメなことな気がしたので、黙っておくことにした。


「とにかくハルキ君はもっと女子を警戒した方がいいと思うの。危ないと思ったら突き放すくらいでいいから」

「…………らじゃー」


 我ながら中身スカスカな生返事だった。


「ま、とりあえずのところは、ゆにちゃんよね」

「小桜さん?」


「ゆにちゃんは悪い女かどうか、ってこと」

「小桜さんはそんな子じゃないよ。俺が保証する」


「却下。この件について、ハルキ君の意見は信用できないから」

「えー……」


「たぶん、ゆにちゃんもあたしに対して同じことを考えてるでしょうね。『そもそも哀川先輩は大丈夫な女なのか』って」


「いやそんなことは……」

「却下」

「はい……」


 異議を唱えようとしたけど、一言で却下された。

 哀川さんはお椀を傾け、おみそ汁を飲み終えると、断定口調で言い切る。


「よし、機会を作りましょう」

「え?」


「ハルキ君、セッティングして」

「いや、何を?」

「だから」


 ニヤリと笑むと、哀川さんは予想外のことを言い放つ。


「次のお休み、あたしとハルキ君とゆにちゃんで遊びにいきましょ。トリプルデートよ♪」


 ……えっ。

 ……や、え?


「ト、トリプルデートってそういう使い方じゃないと思うんだけど……っ」


 動揺したせいか、そんなズレたツッコミしか出来なかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次回更新:木曜日

次話タイトル『第21話 三角関係で休日デート♪』。

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