第22話 小桜さん改め『ゆにちゃん』?

 今日のプランは哀川あいかわさんが考えてくれた。

 

 やってきたのは高校生の遊び場の王道、ラウンドワム。

 ゲームからスポーツ、カラオケなんかも楽しめる、複合アミューズメント施設だ。


 まずは受付。


 小桜こざくらさんの分の料金は、先輩として俺が出させてもらった。哀川さんの方はというと、俺が何かするより早く、とっとと自分で払っていた。


「さあて、それじゃあ……和気あいあいと楽しく遊ぶ?」


 哀川さんの問いかけは小桜さんに対してのもの。

 探るような視線に対して、返答は可愛らしく、かつ勝気なものだった。


「ご冗談でしょう?」


 小桜さんはにっこり笑顔。


「古来から敵に対する対応は、恭順か徹底抗戦って相場が決まってます」

「そうよね。ゆにちゃんならそう言うと思ってた」


 哀川さんもにやりと笑みを返す。


「なら戦争ね」

「徹底抗戦で受けて立ちます」


 哀川さんは黒髪を颯爽とかき上げて歩き出す。

 小桜さんはワンピースのスカートを翻して隣を行く。


 で、置いていかれる、俺。


「あ、あのー、俺の意見は……?」


 一応、今日はデートって名目だったよね?

 こんな殺伐とした戦場みたいなデート、聞いたことないんだけど……。


「ハルキ君、何してるの? 早くー」

「春木先輩、遅れたらメッですよー」

「……了解です」


 半ば諦めて二人を追いかける。


 そして結局、本当に2人の対決形式のような遊び方になった。


 第1戦目はスポーツエリアでのフリースロー対決。

 バスケットのゴールへシュートし、ゴールした本数を競った。


 これは哀川さんの圧勝。

 バスケ部員も真っ青のきれいなフォームで10本中8本を見事に決めた。


「哀川さん、バスケやってたの?」

「ぜんぜん。普通に運動神経がいいだけよ?」

「おお……」


 美人な上に運動神経もいいとは。

 勝ち組様の発言だった。


 ちなみに俺の後ろでは1本しか決められなかった小桜さんが「むう……」と悔しがっている。


 第2戦目はゲームエリアでのクレーンゲーム。

 シンプルに景品を獲れた人が勝ちである。


 これは小桜さんの勝利。


 哀川さんと俺が失敗続きのなか、見事に子犬のぬいぐるみをゲットした。


「えへへー。どうですか? これがわたしの実力です」

「知らなかった。小桜さん、ゲームよくやるの?」


夏恋かれん先輩がたまにゲームセンターに連れていってくれるんです。それで覚えました」


 あー、なるほど。

 夏恋は家がお金持ちなのに、わりと俗っぽい遊びが好きだから、なんとなく想像はつく。


 ちなみに俺の後ろでは哀川さんが『別に悔しくないけど』という顔をしつつ、しっかり唇を噛んで悔しそうにしている。


 そして第3戦目。

 現在、両者1勝1敗。

 やってきたのはアミューズメントエリアのカラオケルーム。


「そろそろ決着をつけちゃいますか」


 そう切り出したのは、俺の左側に座っている、小桜さん。


「いいわよ。せっかくだから罰ゲームでもつけてみる?」


 応じたのは俺の右側に座っている、哀川さん。


 ……うん、両手に花ではあるんだけど、嬉しい感じはやっぱりない。

 なんせ今日の俺、ほぼ空気だから……。


「罰ゲームですか。……あ、じゃあこんなのはどうです?」

「なあに?」


「歌の点数で競って、負けた春木先輩が勝った人のお願いを一つ聞く、みたいな」


「ゆにちゃん、名案!」

「ですよねー。ありがとうございますっ」


 大変盛り上がる、両側のお花さんたち。


「いやちょっと待って! なんで俺、負ける前提なの!?」


「え、だってハルキ君、なんか歌ヘタそうだし?」

「決めつけがひどい……!」


「夏恋先輩から歌ヘタだって聞いてます」

「策略がひどい……!」


 マズい。このままだと、どんな罰ゲームをさせられるか分からない。

 

 いや待て、冷静になるんだ、俺。

 要は勝てばいいんだ。


 俺の圧倒的な歌唱力で2人を凌駕すればいいんだ……!


「1番! 春木音也おとや、歌います!」


 数分後、ちーん、と採点モードのBGMが鳴り響いた。


 結果発表――67点。

 俺、撃沈。


 や、うん、分かってたよ?

 自分の実力は自分が1番知ってるし。

 でも奇跡が起こるんじゃないかってさ……。

 うん、起きなかったけど。


「じゃあ、2番はあたしね」


 立ち上がったのは哀川さん。

 たぶん上手いんだろうなぁ……と思ったら、本当に上手かった。


 華麗なソプラノボイスが響き、結果は96点。

 採点モードのファンファーレが鳴り響いた。


「哀川さん、もしかしてボイストレーニングとか……」

「? してないわよ。普通に得意なだけ」

「ですよねー……」


 本当に圧倒的な勝ち組様である。

 この時点で俺の敗北は決定した。


 がっくりとうな垂れる俺の肩へ、勝ち組様がわざとらしく肘を乗せてくる。


「ふふふ、ハルキ君にどんなお願いを聞いてもらおうかしらー?」

「お手柔らかにお願いします……」


 こないだ、甘噛みされたばかりだから、どんなお願いが飛んでくるのか、本当に怖い。


 内心震え上がっていると、隣の小桜さんがスッと立ち上がった。


「大丈夫ですよ、春木先輩」


 ツインテールが立ち上がった拍子にぴょんっと可愛らしく舞い、小桜さんは自信に満ちた笑みを浮かべる。


「わたし、負ける勝負はしない主義なので」


 そしてイントロが終わった十数秒後、俺と哀川さんは呆気に取られることになった。


 小桜さんの歌が上手すぎたからだ。

 選んだのは流行りのアニメソング。


 可愛い声が小桜さんにぴったりで、しかも振り付けつき。


 完璧すぎて狭いカラオケルームが一瞬ライブ会場に思えてしまったほどだ。


 そして注目の採点結果は――99点。

 大きなファンファーレと共に、96点の哀川さんを上回った。


 俺は勝敗も忘れ、素直に拍手する。

 これはもう絶賛するしかない。


「すごい……っ。小桜さん、こんなに歌上手かったんだね」


「あは、ありがとうございます。わたし、アニメとか好きなので、夏恋先輩によくカラオケに連れてってもらうんです。おかげでメキメキ上達しました」


 マイクを握り締めて勝利のピースサイン。

 まるで本当のアイドルのようだ。


 ちなみに俺の隣では哀川さんが「しくじった……」と頭を抱えている。


 うん、そういえばこの第3戦目で『カラオケはどうですか?』と提案してきたのは小桜さんだった。完全に勝ちを確信した策略だったのだろう。


「じゃあ早速、お願い聞いてもらっちゃっていいですかっ?」


 隣に座って、にぱっと笑顔。

 しまった。そうだった。


 しかしあんな歌を聞かされてしまったら、負けを認めざるを得ない。


「ええと、俺に出来ることならだけど……」

「大丈夫です。とっても簡単なことですから」


 まるでお使いでも頼むような、気軽な口調。

 だがそれとは裏腹に彼女の目は――真剣だった。


 まるでここが勝負所だと言うように。

 勇気を込めた瞳で小桜さんは告げる。


「わたしのこと、名前で呼んでもらえますか?」

「――え」


 動揺を……してしまった。

 隣では哀川さんが『あ、そんなことでいいの?』という顔をしている。


 でも俺と小桜さんの間の空気はピンッと張り詰めていた。


「春木先輩が名前で呼ぶのは、男女問わずたった一人、夏恋先輩だけです。その意味をわたしは理解しています。その上であえて踏み込みます」


 彼女は手を伸ばす。

 その指先は震えていた。

 どこか不安を含んだ震えだった。


 しかし。

 俺の腕を掴んだ時、彼女の震えは消えていた。


 強く、強く力がこめられていたからだ。


「わたしを名前で呼んで下さい。わたしは夏恋先輩と同じ位置に行きたい。あなたの特別になりたんです」


 俺は……動けなかった。


 彼女は誤解している。

 春木音也が幼馴染の桐崎きりさき夏恋を名前で呼ぶ理由。


 それは恋慕ではなく、思慕でもない。

 特別ではあっても、彼女の言う特別ではない。


 だけど……どう説明すればいい?


 家族が突然いなくなって。

 血縁はみんな金だけを求めてきて。


 あの時。

 何もかもを呪いそうになった、あの時。


 俺のたった一つの光が、駆けつけてくれた幼馴染で。


 自分でもややこしいと思っているこの感情を、どう説明すれば他者に伝えることができる?


「んー……?」


 俺が固まっている横で、哀川さんがこっちを覗き込んできていた。


 そして突然、空気を変えるようにパンッと手を叩く。


「あたしのメロンソーダ無くなっちゃった。ハルキ君、ちょっとドリンクバーから取ってきてくれない?」


「え?」

「いいから。あたしに負けた分の罰ゲームってことで」


 無理やり立たされ、コップを渡され、部屋から追い出されてしまった。


 そうしてドアが閉まる寸前、哀川さんが語り掛ける声が聞こえてきた。


「――ゆにちゃん。お話、聞かせてくれる?」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次回更新:明日

次話タイトル『第23話 わたしが先輩を好きになった日(ゆに視点)』。

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