第36話 夏恋と音也とゆにの手芸部
ここは南校舎の一階。
手芸部の部室。
もともとは空き教室だったところに
長い机は部室の中央に固められ、パイプ椅子がそこに付属してる形だ。
部員は夏恋、ゆにちゃん、そして名義貸しの俺。
俺が半分幽霊部員なので、全員揃うのは週に1,2回といったところ。
で、今日はその全員集合の日になったわけだけど……。
「俺、クリーチャーとか結構格好良いと思うんだよね。ドラゴンとかヒドラとか、なんかこう無駄に触手的なものが多いやつとか……」
ゆにちゃんの正面に座り、俺は特に興味もないクリーチャーへの想いを熱く語っている。
しょうがない。
これはミッションなのだ。
以前から夏恋が前衛芸術のようなセーターやマフラーを俺に渡しており、その件でゆにちゃんにドヤ顔でアドバイスをしてしまったので、名誉を守るためのフォロー中である。
つまり夏恋は手芸が下手なのではなく、クリーチャー好きの俺のためにあえて前衛芸術っぽい作品を量産していた――とゆにちゃんに思って頂くのが、今回のミッションだったりする。
ちなみにゆにちゃんの背後では、夏恋が俺の語り口を聞きながら『そうそう、その調子よ!』と腕組みでコーチか何かのようにうなづいている。
……まったく、なんでコーチ面なんだか。
若干、ジト目になりつつ、俺は頭を切り替える。
とりあえず、この件が済んだら、ゆにちゃんと話をしようと思う。
これからのこと。
哀川さんのこと。
俺の気持ちのこと。
そういうものをちゃんとゆにちゃんに伝えなきゃいけない。
俺にはその義務があると思う。
ただ、まずはクリーチャーのミッションだ。
これが済まないと俺も落ち着いて話せない。
「でね、ドラゴンの良いところは……ん?」
ふと気づいて、俺は言葉を止めた。
するとゆにちゃんの背後の夏恋が口パクで文句を言ってくる。
「(ちょっと、なんでやめるの? まだまだ、ここからここから。ほら、頑張りなさい! 諦めたらそこで私が終了よ!)」
「(いや待った。なんかゆにちゃんの様子が……)」
「(え? ゆにが?)」
そういえば、俺が部室にきた時から、ゆにちゃんはちょっと前屈みになっていて、前髪で表情が見えなかった。
今もそうだ。
顔が見えない。
ただ、ちょっと口元が……ヒクヒクしている気がした。
「ゆにちゃん?」
「ゆに?」
俺は前から、夏恋は背後から、ゆにちゃんの顔を覗き込む。
すると――。
「アハハ…………」
「うわっ!?」
「わひゃあ!?」
俺と夏恋は同時に飛び退いた。
ゆにちゃん、目が死んでいる。
漫画みたいに白目を剥き、口からエクトプラズム的なものまで出てしまっていた。
「ちょ、どうしたの、ゆにちゃん!? しっかりして!」
「召されないで! 戻って来なさい、ゆに! カムバッーク!」
天井まで召されかけていたエクトプラズムに声を掛け、必死に肩を揺さぶると、どうにかゆにちゃんの魂が戻ってきた。
「ア、アハハ……本当、最近、策がまったく上手くいきません……なんで
「え、それは夏恋が出禁を解除したからって……」
「そうよ。音也がいなくて、ゆにがしょげてるから、あたしが連れてきてあげたんじゃない」
「違います……わたし、今、世界で一番会いたくない人が春木先輩です。なんならゲジゲジより見たくありません……」
「ゲジゲジより!?」
「最下層オブ最下層ね」
ショックな俺。
あらー、と可哀想な物を見る目の夏恋。
一方、ゆにちゃんは「はぁぁぁ……」とため息をついて、机に突っ伏す。
そしてほぼ聞こえないぐらいの小声で何やらつぶやき始めた。
「わたしはただ、手早く
なんか……ゆにちゃんの肩がぷるぷる震え始めた。
まるで生まれたての小鹿みたいだ。
尋常じゃない様子に俺は夏恋と顔を見合わせる。
「(夏恋、どうしたのさ、これ!? ゆにちゃんに何があったの!?)」
「(分かんないわよ! 分かんないけど、たぶん音也のせいじゃない!?)」
「(俺ぇ!? 俺、最近は出禁にされてただけだけど!?)」
「(じゃあ、気づかないうちに何かやったのよ! 音也には子供の頃からそういうところがある!)」
「(嫌な断言するんじゃない! だったら夏恋だって――)」
「(何よ!? それなら音也なんてもっともっと――)」
そうやって口パクで口喧嘩をしていたら、ふいにゆにちゃんが顔を上げた。
可愛い後輩が落ち込んでるのなんて耐えられない。
その気持ちは同じなので、俺と夏恋は恐る恐るゆにちゃんの顔を覗き込む。
「ゆ、ゆにちゃん……?」
「ゆに……?」
すると、
「頭の上で痴話喧嘩されるのもなんかヤですぅ……!」
可愛い瞳にぶわっと大粒の涙が浮かんだ。
「「――っ!?」」
俺&夏恋、超戦慄。
ゆにちゃんが泣いちゃう!
「待って待って待って! ゆにちゃん、お菓子あげるよ、お菓子!」
「やったぁ! ゆに、音也がお菓子くれるって! やったね、好きなだけ食べていいのよ!」
「ああっ、しまった! 俺、お菓子なんて持ってなかった……っ!」
「このスカポンタン! なんでそれぐらい持ってないのよ!? ちょっと待ってなさい……あ、チョコあった、チョコ!」
「よし! ゆにちゃん、チョコだよ、チョコ! 美味しそうだね、嬉しいね!」
夏恋と一緒になって猛烈な勢いであやしに掛かる。夏恋が鞄から出したチョコでいけるかと思った。しかし、
「う……」
「う?」
「う?」
「うぅ、仲良くあやされるのもそれはそれでヤですぅーっ!」
泣いちゃったーっ!
もうどうすればいいか分からず、俺はとにかくワタワタする。なんとか慰めてあげたい。でもゲジゲジな俺に出来ることってなんだ? ゲジゲジに何ができる……!?
そうして混乱していると、さっきまで一緒に慌てていた夏恋がふいに真顔になっていることに気づいた。
「夏恋?」
その視線は部室の窓――中庭へと向いている。
「ちょっと、ゆにちゃんが大変な時に何を見てるのさ――あたぁっ!?」
俺も中庭の方を見ようとした瞬間、なぜか夏恋に目つぶしされた。
え、なんで?
本当になんで?
「……なるほどね。ゆにのしたかったことが分かったわ。音也を連れてきたかったんじゃなくて、こっちが目的だったのね」
ヒリヒリする目で見ると、夏恋の口元に薄い笑みが広がっていた。
え、と俺は眉を寄せる。
幼馴染だから知っている。
この笑い方は……夏恋が戦闘態勢に入った時の笑みだ。
「ちょ、夏恋?」
「初めてじゃない? ここまであからさまなのは」
俺をきっぱりとスルーし、夏恋はゆにちゃんに視線を向ける。
「今までファミレスのバイトとか受験生とかスポーツマンとか色々いたけど……ゆにが直接、私にぶつけようとするなんて初めてよね?」
「……はい」
小さな返事に視線を向けると、ゆにちゃんは目元をぬぐいながら頷いていた。赤くなった目で、しかししっかりと夏恋の視線を受け止めている。
「わたしは……あの人を認めてます」
あの人?
誰のこと?
中庭に誰かいるの?
俺の疑問なんてやっぱりスルーし、夏恋は「ふーん……」と目を細めた。
「いいわ。じゃあ、会ってきてあげる。可愛い後輩の顔に免じてね」
そう言うと、夏恋はスカートを翻してきびすを返した。
ブロンドの髪を大きくかき上げ、颯爽と部室から出ていこうとする。
俺にはもう何がなんだか分からない。
そうして部室を出ていく直前、
「音也」
夏恋は勝気な笑みで告げた。
「愛してるわよ」
またいつもの口癖。
結局、俺は戦場に出ていくような雰囲気の幼馴染を首をかしげて見送ることしか出来なかった。
夏恋が向かった先に、一体誰がいるのかも分からずに――。
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次回更新:土曜日
次話タイトル『第37話 ヒロイン頂上決戦―夏恋 VS 哀川さん―(哀川さん視点)』
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