第43話 北への旅路(で、イチャイチャ)

 週末になった。


 まず金曜の夜は哀川あいかわさんにウチに泊まってもらい、土曜の朝一番で2人一緒に空港へ。


 そこから飛行機で北海道に渡った。


 ほっとしたのは高校生だけでも飛行機には乗れること。

 調べたら満12歳からオッケーらしい。


 そうしてやってきたのは、北の端っこの空港。


 7月なのにちょっと肌寒い。

 春先の格好でちょうどいいぐらいだった。


 そこから電車に乗ったのだけど、これが数時間に1本しかない。


 乗り遅れたらアウトな電車に乗って、とある駅に着き、そこからさらに町営のバスに乗る……予定なのだけど、今度はこれも2時間に一本だけ。


「さすがに町営バスまでは上手く繋がらなかったね」


 俺はスマホとバス停の時刻表を見比べている。


 電車の駅までは検索を使ってシームレスに来られたけど、それもここまでらしい。


 何か変更でもあればと思ったけど、次のバスが来るまでは1時間待ちだった。


「最初から分かってたことだもの。1時間ぐらい、別にいいわよ」


 哀川さんはそう言ってベンチに座った。


 バス停の待合所は、小さな小屋みたいな形をしていた。


 扉こそないけれど、しっかりとした壁と屋根があり、そのなかにベンチがある。たぶん冬の寒さ対策も兼ねてるんだろう。


「紅茶でも飲む?」

「ありがと。もらう」


 隣に座って、俺はナップザックから水筒を取り出す。

 そしてコップ代わりの蓋に紅茶を入れて、哀川さんに手渡した。


 哀川さんの服はノースリーブのトップスに春用のカーディガンを羽織っている。下は細めのシルエットのパンツ。


 多少の露出はあるけど、それを見せないような格好だ。


 荷物は小さめのリュックが一つ。


 ピアスやイヤーカフは健在で、爪には春色のネイル。

 

 ばっちりキメていてオシャレなんだけど……自分を良く見せるというよりは、たぶん哀川さんなりの戦闘態勢なのだと思う。


 緊張もしているようで、哀川さんは朝から口数が少ない。

 

 朝食もあまり箸が進んでなかった。


 いつもなら叱って食べてもらうところだけど、今日ばかりは気持ちが分かるからそうもいかない。


 なので、


「ついでにビスケットもあるよ。一緒にどう?」


 俺はナップザックからチョコレートのビスケットの袋を取り出した。


 それを見て、コップを持った哀川さんが苦笑する。


「もしかして朝、あたしがあんまり食べなかったから?」


「もちろん。お菓子なら入るかな、と思って」


「本当、パパなんだから……」


 哀川さんの苦笑が深まる。


「これから実の父親に会いにいくのに、ハルキ君の方がパパみたい」


 保温式の水筒のおかげでまだ温かい紅茶のコップをぎゅっと握り、哀川さんがこちらを向く。


「頑張って食べてあげるから……食べさせて、パパ♪」

「おおう……」


 哀川さんは「あーん」と口を開けている。

 なんか照れくさい。でも食べてくれるなら是非もなしだ。


「ほら早くー」

「はいはい。もっとあーんして」

「あーん♪」


 で、食べさせた。

 鳥の餌付けみたいにビスケットを2枚3枚と可愛い口に運んでいく。


 たまに指先が哀川さんの唇に触れてしまい、ドキドキしたのは秘密だ。


 俺も1枚食べて、哀川さんから空になったコップを受け取り、水筒をナップザックに戻した。


「…………」


 すると哀川さんが無言で肩に寄りかかってきた。

 それに応える意味で、俺は彼女の手を握る。


「緊張してる?」

「……まあね。それにちょっとうんざりもしてる……」


 顔のすぐ近くから吐息のようなため息が聞こえる。


「あたしの父親は……まだ小さな子供だったあたしを捨てて、こんなに遠くまで逃げてきたのか……って」


「まあ、何か事情でもあってたまたま北の果ての方にきた、って可能性もあるよ、一応」


「だったらいいけど……ねえ、ハルキ君」


 手を繋いだまま、彼女は指先で俺の肌を甘く引っ掻くように手いじりする。


 そして当たり前のような口調で、極めて自然に言ってきた。


「ちょっと……イヤらしいことしてくれない?」

「…………」


 はて?

 聞き間違いだろうか。


「ごめん、もっかい言って?」

「だから……イヤらしいことして、ってば」


 困った。

 聞き間違いじゃなかったらしい。


「哀川さん……もしかして、ちょっと自暴自棄になってる?」

「なってるけど……今のハルキ君が相手なら何の問題もないでしょ?」


 いやいや問題はある……か……な?

 あれ? どうだろう……? 


 問題があるような気もするし、ないような気もする。


 哀川さんが自暴自棄になって誘惑してくるのは、いつものことだ。


 最初の頃は倫理観から止めようとしてたけど、今は何があっても責任を取るつもりだし、自暴自棄になった哀川さんに頼まれて、そのストレス解消にイヤらしいことをしてもいいような……気がしないでもないような、良くないような、うん分からん。


「でも哀川さん、これから実のお父さんに会うんだよ?」


「だからでしょ? きれいな体のままで会うより、イヤらしいことされてちょっと汚れたあたしで会う方がなんか『ざまぁみろ』って感じがするじゃない。で、汚してくれるのが君ならあたしは嬉しい」


「う、うーん……?」


 これは果たして健康的な思考だろうか。


 いや別に哀川さんの気持ちが軽くなるなら、必ずしも模範的な健康さである必要はないとは思うけど、正直判断に困るところだ。


 と、迷っていたら、哀川さんがだんだん拗ね始めた。


「なあに? ハルキ君、せっかくのチャンスなのに、あたしにイヤらしいことしたくないの?」


「や、そういうわけでは……」


 むしろ、していいなら積極的にしたいです。

 でもほら、俺一応、男友達の間では僧正そうじょうだし。


「ねえ~、してよ~。しなさいよ。ねえ、イヤらしいことぉ……」


「ちょ……っ」


 耳元であまーい声で囁かれ、理性の壁に亀裂が入りそうになる。


 ついでに哀川さんがサラサラ髪の頭でグリグリしてきて、嬉しいやら困るやら……さらには密着しているせいで、トップスの胸元が真上から覗けてしまった。


 真っ白な肌。

 ちょっと見えているブラ。

 柔らかそうな谷間。


 ゴクリと喉が鳴ってしまった。


「あ、生唾飲んだ」

「……っ」


 うわ、聞かれてた!


「我慢は体によくないわよぉ、ハルキ君?」


 これでもかっていうくらいのニヤニヤ笑い。


 あーもう!

 そこまで言うなら、こっちだって健康的な高2男子だ。


「じゃ、じゃあ……」

「なあに?」


「……胸、触らせてほしいです」

「――っ!」


 最近、分かってきたことがある。


 哀川さんは攻めてる時は強いけど、攻められるのはわりと弱い。


 今も俺が攻勢に転じた途端、赤くなってモジモジし始めた。


「どうしたの? 哀川さん」

「べ、別にどうもしないし……」


「やっぱりやめとく?」

「や、やめないわよっ」


 密着していたところから離れ、彼女は居住まいを正す。


 そして、あろうことか。

 カーディガンとトップスに包まれた大きな胸を。


「はい、どーぞ?」


 自分からちょっと前に突き出した。


「――っ」


 これには俺の方がドキッとしてしまった。


 だってこんなにきれいで美人な哀川さんが、俺に触らせるためにわざわざ胸を突き出してきたのだ。


 その非日常感にもう脳がやられてしまいそうだった。


 もちろん、突き出した拍子にちょっと上下に揺れてたし。

 あと小屋のなかとはいえ、ここ一応外だし。


 場所が北海道というだけじゃなく、色んな意味で遠いところへ来てしまった……と思う。


「どうしたの? 触らないの?」


 挑発するような、お言葉。

 無論、ここまで来たらこっちも引き下がれない。


「さ、触らせて頂きます」


 ゴクリとまた生唾を飲んでしまった。

 しかし今度は哀川さんもツッコまない。


 俺は若干震えそうな手を伸ばしていく。


 お互いに視線は俺の手のひらへ。


 柔らかな頂きへと少しずつ、少しずつ手が近づいていく。


 そしてついに手のひらが触れるという、その瞬間――。


「やっぱやーめた!」

「ええっ!?」


 哀川さんが身をひるがえして、後ろを向いてしまった。しかも両手で胸を隠して、完全な防御態勢。


「なんで!? なんで中止!?」

「あははっ。だって、なんか恥ずいんだもんっ」


 哀川さんはやたら楽しそうに笑っている。

 しかしこっちは堪ったもんじゃない。


「な、なんていう生殺し……っ! これはいけない。これは本当にいけないことですよ、哀川さん……っ!」


「えー、いいじゃない。そのうちまたチャンスあげるから。ね?」


 哀川さんが後ろ向きに倒れてきて、俺の腕のなかにすぽっと収まった。


 いわゆるバックハグの体勢だ。

 ちょっとドキドキしてしまうけど、今の俺はそれどころじゃない。


「せ、せめてちょっとだけでも……! 指先とかだけでも……っ!」


「えー、ハルキ君、ヤラしー」

「そりゃヤラしいよ!? そしてヤラしい気分にさせたのは哀川さんだよ!?」


「も~。あたし、これから実の父親に会うのよ? そんな娘にヤラしいことしようっていうの?」


「どの口が言ってんのさー!?」


 魂のこもった叫びが北の大地に木霊した。


 すると哀川さんは顔を上げ、上下逆さまの体勢で見つめてくる。


 そしてまったく悪びれない、可愛い顔でニコッと笑った。


「ごめんね? あたしのために我慢して♡」


 くそう、可愛い……!

 

 哀川さんは俺を手玉に取って楽しんでいる。

 なのにこんな可愛い顔で言われたら、もう手を出すことなんて出来なかった。


 俺は心の底からうな垂れる。


「……ちくしょう。覚えといてよ? いつかぜったい押し倒すからね?」

「あはっ、楽しみにしてる♪」


 哀川さんは無気力になった俺の手首を掴み、オモチャのようにひらひらさせて遊び始めた。


 まったくもう、本当に楽しそうだ。


 ……そんなふうにイチャイチしてるうちに、気づけばあっと言う間に1時間が経っていたのでした。



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次回更新:土曜日

次話タイトル『第44話 父親と哀川さんと、春木パパ』

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