第49話 哀川さん、レベルを上げ過ぎちゃって無双ゲー
放課後の食堂。
長方形の机が並ぶなか、生徒たちがぽつぽつと座っている。
食堂自体はもう閉まっているので、出来るのは自動販売機で買ったジュースを飲むことぐらい.
だから人はそれほど多くない。
「はぁ……」
俺は口からエクトプラズムが出そうな勢いでため息をついた。
その夜はホテルに泊まって、日曜日は札幌観光をして、午後の便で帰ってきた。
そして、今日は月曜日。
色んなことがあったけど、なんやかんやで日常に帰ってきた……と思っていたんだけども。
「あれは何だったんだ、一体……」
天井を見上げながら呆然とつぶやいた。
ちなみに土曜のホテルの件じゃない。
あれはあれで理解不能な経験だったけど、一応、自分の中で整理はつけられた。
まあ、哀川さんに訳の分からない新しい扉を開けられちゃったけど。
それこそアパートの上の階の
ただまあ、人生、そういうこともあるだろう……と思うことにした。
というわけで俺が今、口からエクトプラズムを出しそうになっているのは、別の件である。
「なにを難しい顔してるの? 眉間にシワ寄っちゃってるわよ、ハルキ君」
そう言って、隣に座ってきたのは、哀川さん。
俺と一緒に食堂にきて、自動販売機にジュースを買いに行っていたのだ。
ちなみに眉間にシワ状態の俺とは対照的に、哀川さんはなぜか鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌だった。
「はい、どうぞ。ハルキ君はコーヒーで良いのよね?」
「あ、うん。ちょっと待って。小銭が……」
「いいから、いいから。これはあたしの奢り♪」
やっぱりご機嫌な様子で、哀川さんは自分の分のカフェオレを飲み始める。
……うん、やっぱりよく分からない。これはもうストレートに聞くしかないな。
「ねえ、哀川さん」
「なあに?」
「なあに、じゃなくて。さっきのはなんだったの?」
かれこれ30分ほど前のことである。
俺は一日の授業を終え、手芸部に顔を出していた。
ゆにちゃんと話をするためだ。
しかしまだ彼女は来ていなくて、部室には俺と
そこに突然――哀川さんが乗り込んできた。
俺が知る限り、哀川さんと夏恋には面識はない……はず。
俺を介してお互いに認識はしてるだろうけど、直接話すような機会はなかったはず……と思うのだけど。
二人は俺には目もくれずに言葉を交わし合った。
『どうも』
『どーも』
なぜか一触即発の空気。
次に哀川さんはこう言った。
『週末にハルキ君と北海道に行ってきたわ』
『ええ、聞いてるわよ?』
土日に北海道にいくことは夏恋には事前に話してあった。
だから会話の内容自体は間違ってない。
だけど次の瞬間、哀川さんはまったくの脈略なく、こう言った。
『この人ね』
目を白黒させている俺の肩へ、親しげに触れて。
『噛まれると興奮するのよ?』
『ちょ!?』
『は?』
慌てる俺。
鳩が豆鉄砲ならぬ豆ガトリング砲を喰らったような顔の夏恋。
そこから哀川さんによる、俺の性癖暴露大会が始まった。
それはもう怒涛の勢いで始まった。
『あとは××××を×××されると××××になっちゃうし、逆に×××に×を立てて××××されると、失神寸前になっちゃうの。さらに××××で酸欠××してあげると、××して××を×いちゃうわ。それからそれから――』
とてもじゃないけれど、日常生活では耳にしない単語のオンパレードだった。
俺は状況についていけず、完全にフリーズ。
一方で夏恋は、
『ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!』
まるでお経を聞かされた地縛霊みたいにのたうち回っていた。
それはそうだろう。
幼馴染の性癖なんて聞きたくないし、無理やり聞かされた日にはこんなリアクションにもなると思う。
たっぷり10分以上、俺の性癖……っていうか、ほぼ100%哀川さんに植え付けられたものだけど、それを聞かされて、夏恋は頭からプシュウ……と煙を上げて再起不能になった。
で、それを見た哀川さんは悪女みたいな顔で『ふふっ』と笑った。
『どうやら、ここまでの事になるなんて、あなたも想定してなかったようね?』
圧倒的勝者の目で哀川さんは夏恋を見下ろす。
『あなたにこれを越えられる?』
いや無理だろう。
俺は常人では一生を懸けてもたどり着けないようなことを哀川さんにされてしまった。
本人も言ってたけど、哀川さん、そういうことにかけては本物の天才だったらしい。
っていうか、そもそも……こんなあれこれなんて、夏恋には関係ないし、越えるようなことでもない。
『…………』
結局、哀川さんの問いかけに対して、夏恋が返事をすることはなかった。
頭から煙は出続けていたし、カタカタと痙攣もしていたので、むしろ意識があったかどうかすら怪しい。
そんな一幕があって、俺たちは手芸部を出て、この食堂にやってきた。
「そもそも哀川さん、夏恋と知り合いだったの?」
「さあ? どうだったかしらね?」
「というか、なんで夏恋に俺の性癖暴露大会?」
「んー、そんな気分だったから?」
どんな気分なのさ、それって。
俺はジト目を向けるが、哀川さんは涼しい顔でカフェオレを飲んでいる。
で、飲み終えた缶を置くと、黒髪を耳に掛けて口を開いた。
「あんまり触ったことないけど、RPGのゲームってこんな感じなのかもしれないわね。レベルを上げ過ぎて、ラスボスもワンパン? みたいな。ふふ、大人げないことしちゃったわ」
うん、さっぱり意味が分からない。
どうやら哀川さんは完全にとぼけるつもりらしい。
…………はぁ。
まあ、推測できなくはないんだ。
以前、教室でクラスメートが『
うーん、夏恋は恩人ではあるけれど、ただの幼馴染だし、哀川さんが心配するようなことは何もないんだけどなぁ。
でもそう思っちゃうってことは、俺がまだまだ安心させてあげられていない、ということなのだろう。
「よし、哀川さん。俺、もっと頑張るよ」
もらったコーヒーを開け、グッと飲み干す。
一方、哀川さんは軽く首をかしげる。
「? ハルキ君が頑張るようなことなんて何もないわよ? むしろ君は頑張ってくれ過ぎなくらいなんだから」
「いいの、いいの。とにかく頑張るから」
と、そんな話をしている時だった。
俺のスマホにRineの通知がきた。
――ゆにちゃんからだ。
入れ違いになると思ったので、手芸部を出る時にメッセージを送っておいた。
その返信だった。
俺の表情が変わったのを見て、哀川さんがスマホに視線を送る。
「ゆにちゃん?」
「うん」
俺は短く答えて、立ち上がる。
「行ってくるよ。今日は先に帰ってて」
俺は制服のポケットからアパートの鍵を取り出し、哀川さんに差し出す。
それを見て、彼女は少し驚いたような顔をした。
「鍵なんて……借りちゃっていいの?」
「いいよ。また奏太さんたちのところにお邪魔するのも悪いしさ」
それに哀川さんにはちょっとでも安心して欲しいし。
……俺は今からゆにちゃんと会ってくる。
もちろん哀川さんがいるのに他の女の子と2人っきりになるのはあまり良くないと思う。
でも今回だけは避けては通れない――いや避けて通ってはいけない道だ。
「……わかった。いってらっしゃい」
哀川さんはまるで宝物のように鍵を握り締める。
そんな彼女に見送られ、俺は歩きだした。
「いってきます」
向かうのは、ゆにちゃんと初めて会った場所。
高校のそばを流れる川の橋の上。
あの日、俺がポシェットを掴んだ、始まりの場所だ――。
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次回更新:土曜日
次話タイトル『第50話 たとえこの恋が終わっても、わたしはずっとあの人を想い続ける(ゆに視点)』
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