第55話 梨の王 魔女とは
「逆にパパが付いてこなくても良かったんじゃない?
絵があれば私が発動してあげるわよ。」
あれ?
親同伴はちょっと…みたいな空気をだしているけど、建前はパパとの旅行が楽しみなのでは無かっただろうか。
「そうかもしれないけどね、一応僕にも因縁って物があるんだよ。
…ルージュにも、母さんにもだけどね。」
道中、イーセンベーレとシュイが同じ人物で、恋愛戦争の引き金だったと言う話をルージュにも伝えた。
その後にヴァロが起こした街を黒く染め上げ、大量の難民を出した件に紛れてファーデンへと移り、現在はファーデンのトップになっている事も。
「ふぅん、野良魔女の男なの。
珍しいわね。
…本当にそうなのかしら。
いえね、パパは魔女としての力があっても訓練していなかったから、ママの素質に気が付かなかった訳でしょう?
でも魔女の村には沢山の訓練した魔女が居たわけよ?
野良魔女ならそう伝えられて、訓練させられているはずだわ。
危ないもの。
才能が大した事なくたって、命を捧げる様な使い方をしたら村一つ簡単に吹っ飛んじゃうんだから。
パパだって訓練してなくても、感情が爆発して丘を一つ無くしているんだから。
そんな爆弾を村の中に置いておくなんて、魔女ならしないと思うわ。」
「…そうですか。ふむ。
あの、アプリードの演奏が凄かったって言ってましたけど、それは魔法としてですか?」
「んー…。
厳密には違うけど、広義には同じような物かしら。
どうなんだろ。
おばあちゃんみたいには詳しく無いけど、私達の魔法って言うのは、大昔も大昔に世界で普通に使われていたエネルギーらしいのよ。
手を洗う水も魔法で出していたし、料理の火も魔法で出していたって、それくらい普通に。
なんかね、更に大昔の神様が、魔物に対して人が貧弱すぎるから貸してくれたんだって。
でも、ある時に人が人を殺すのに使われ始めたから、神様は魔法の使い方を奪ったんだって。
使い方を忘れさせちゃったの。
だから誰も使えなくなったんだけど、在る物は在るじゃない?そこら中に一応は素みたいなものが今だに漂っているらしいのよ。
神様が何人かの女性からはその力を奪わないでいたのが、始まりの魔女だって言われているわ。
だから魔「女」なんだって。
あ、そうそう。
普通は男の人は魔力を保持出来ないらしいのよ。
それも神様が取ってしまったからなのかは分からないけれど、とにかくそうなのよ。
でもたまに、本当にたまーに、保持できる人が生まれてくるらしいの。
それがパパね。
旦那様は保持は出来ていないみたいだけどね、演奏をしているときは凄く力が大暴れしてたから、そういう技術を手にしているのかもしれないわ。
でね?その辺りのあるなにかを貯めておいて無意識に使える才能を持った人が野良魔女って呼ばれていて、意識的に使う技術を習得した人が魔女なのよ。」
「ふぅん。
俺やヴァロがやっている、歴史の深い音楽とか絵画とか芸術の技術の中には、当たり前に魔法を使う人が居た時代の技術もあるのかもな。
それを俺らは知らずに使っていると。」
俺の技法には誰が始めたのかも分からないほど古い奏法がいくつもあるし、もちろんそれはヴァロもそうだろう。
元々は儀式の一環だったり、神の姿を捉えようとする為に発達してきた部分もあるのだから、魔法的な技法を使っていても不思議ではない様な気がする。
「じゃあ、イーセンベーレも技術として習得は出来る訳ですね。」
「まぁ、そうかもしれないわね。
…でも、体内に貯めておけないなら、普通に老けていくわよ?
見た目が若いのでしょう?
パパと同年代なら、魔女でもない限り寿命で死んじゃっていると思うわよ?」
確かにそうだろう。
何がどう作用しているかは分からないが、何故か魔女は若い。
ヴァロは300歳くらいのクソジジイらしいが、髪がある分リリアンより若く見える。
いやまぁ、リリアンは1000歳をこえているが、当時36歳だったサイェスの見た目から変わっていないらしい。
ギリギリ20代、29歳の俺と同窓と言ってもわざわざ疑う奴はいないだろう、そんな見た目だ。
ルージュもあんなんだけど、280歳くらいらしい。
行き遅れもいいところだが、ずぅっと運命の人を探していたそうな。
そんな怨念の様な年月は置いておいて、ルージュの見た目もまた、25歳前後にしか見えない。
それもこれも、体内に貯めている魔力が関係しているらしく、その魔力が枯れたり、貯めておく器官が壊れた時から魔女は枯れていくそうな。
とは言ってもそこからは普通の人間になるだけなのだが、魔女から人間になったことに耐えられないものも多くいた様だ。
「じゃあさ、普通に考えて人間を魔女にする研究だって行われたよな?
魔女から人間になった奴とかが諦めきれないなら尚更。
人間に魔女は捕まえられないとはいえ、方法がないわけではないだろ?
この間のヴァロみたいにベロンベロンに酔わせたり、信頼させて隣で寝ている隙に、なんてことだって出来るんだから。」
「そうね、そうだと思う。
だから魔女は群れで暮らしていたのもあると思うのよ。
…つまり、旦那様はイーセンベーレが魔女に後天的になったって、そう言いたいのね?」
「自分が欲しいものの為に犠牲が出ようと構わない。
そんな奴だから可能性があるって思っただけだよ。」
「魔女達が大混乱していた時期があるから、可能性はあるね。
不思議に思ってたことがあるんだ。
僕が閉じ込めていたとて、魔女なら何らかの方法で抜け出せるだろうし、150人もいた彼女らが一人残らず全滅するなんて、ってね。
魔女が戦って負けるなんて事、考えたこともなかったけど…。
そうだね、アプリードの言う通り方法はいくらでもあるか。」
「ふっふっふっ。
こんな事もあろうかと、アプリードがアリーチェリーナの楽譜を漁っている際に、こんな本を購入していたのですよ。
楽譜に混じって物語があったのですよ。
このご時世、大変珍しい紙の本です。
出来る司書は違いますね!
ね!」
自信満々のハゲの手には、力の抜けるタイトルの本があった。
「よ、よい子の絵本シリーズ…。」
「魔法少女…。」
「マジカルミエル子…?」
引っ掛かりは各々違ったが、引っ掛かっているのは違いない。
「いやいやいや!
これ面白いんですって!
始まりの魔女の神話を子供向けにしたものなんですから!」
「お、おう。」
ビビットカラーの児童書を手に大興奮している大人には、そう返答するのが、俺は精一杯だった。
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