第18話 梨の王 空白期間2


それからより輪をかけて訓練に励んだアプリードは、普段の仕草もどんどん洗練されていった。

リリアンもわかる範囲は注意して直したし、アプリードも自身の確認に余念がなかった。


自然とお茶を飲むときに、カップとソーサーから音が出なくなった頃、アプリードは旅立っていった。


長旅の準備をして過酷な砂漠越えを覚悟していたが、拍子抜けする程あっさりとファーデンへと辿り着いたアプリードは、少し迷っていた。


考えていたシナリオ通りなら、両親や幼馴染と会うのは不味い。


しかし露見した時に変な騒ぎになるのも困ってしまうので、会うのか会わないのか、どちらにするのが正解か迷っていた。


とりあえず隣国の渡航に制限のない友好国で宿を取り、ファーデンの情報を集める事に決めた。


飲み屋を転々としながら旅人に話を聞いたり、急いで頭に入れた観光の知識を活かして観光案内のバイトをしながら、逆にファーデンからの旅行者の話を聞いたりしていた。


離れて何年か経つが、大きくは変わっていないようで、相変わらず戦時中らしかった。

ファーデンフロイデもどんどん改悪され、より攻撃的な文言に変わっていっているようだ。


そんなある日、タチの悪い飲み屋に引っかかった。

客層を散らばせるために、あえて知らない店にばかり行っていたのが仇となって、所謂ボッタクリの店で呑んでしまったのだ。


「おい、よー、兄ちゃん。

払ってもらえなきゃ困るんだよなぁ。


アンタが呑んだ酒代、30万ルーベ。

わかるだろ?

金は無くなっても、身体は無事で帰った方が利口だと思うけどねぇ。」


30万ルーベ。

庶民の月収程度の金額だ。

元々持っていた金粒と、リリアンが持たせてくれた宝石を金に換えて資金としていたので、余裕はあるが、目的の為にこんな事に費やしてる場合ではない。


アプリードは元々軍人なので、対人戦の心得はもちろんある。

膝でも逆関節に蹴れば走って逃げられるだろうと思って軽く蹴った結果、相手がなにか不健康な薬でもやってる結果なのか、リリアンのところで励んだ筋トレや謎の格闘技の本の結果なのか簡単にへし折れてしまい、足元でもがいているチンピラのことが心配になってしまった。


店員にモップを持って来させて、柄の所を降り膝に沿わせ布で巻いて、病院に連れってやれと言うと、店員はチンピラを連れていってしまった。


「…あ、やべ。

普通の飲み代くらい払うつもりだったのに。」


アプリードはまぁそのうち戻って来るだろうと、勝手に棚から酒を取り出し呑みながら待つ事にした。


何杯か空にした辺りで、気がつくと2席離れた所に男が座っており、話しかけて来た。


「ヴェン団のアプリードさんに手を出すなんて、ウチのやつが失礼致しました。

これ、詫びなので、お納めください。」


そう言い、布に包まれた金を差し出す。


ヴェン団…?

知らない団体だ。


「いや、待て、確かに俺はアプリードリヒと言うが、ヴェン団は知らない。

この街には割と最近来たばかりで、こんなボッタクリの店も知らずに来た始末だ。


恐らく人違いだと思うが…。」


男は驚いた顔をし、じっとこっちを見る。


「…いや、俺は顔も見た事あるし、間違い無いはずですが…。

いえ、失礼しました。

事情があるなら詮索しません。


とりあえず、どなたか存じませんが、馬鹿のお詫びと言う事で、そちらはどうぞ。」


「いや、受け取れねぇ。

マジで人違いだ。

…ヴァン団ってのはなんだ。


アンタと同じマフィアか?」


「おっと。

…あぁ、マフィアだ。

本人等は革命団って言っているが、中身は俺等とおんなじさ。


マジに人違いかよ。

に過ぎてるぜ、アンタ。」


「信じてもらえるか分からないが、記憶が曖昧な時期があってね。


身分証からアプリードってのが分かって、その後に出自が辿れて、昔のお偉いさんの血筋ってのが分かったんで、アプリードリヒって名乗ってるわけだ。


もしかしたら自分はアプリードじゃないんじゃないかって疑念はあった。


アンタ、口は軽い方かい?」


「そんなマフィアはいねぇ。

金にならない秘密は喋らねぇ。」


アプリードは鼻で笑うと2枚のカードを投げ渡す。

当時の身分証で、アプリードとピアードの物だ。


「おいおい、マジかよ。

じゃあアンタはピアードかもしんねーな。

…いや、まだわかんねーか。


双子なのか?

まぁ、いいや。

納得したよ。


その金はやる。

情報料に名目は変えておくがな。

ははは。


おもしれーってだけで何かになる訳じゃねぇがな。


ありがとよ。」


「情報は金になるのか?

なら、この金で情報を買わせてくれよ。


ヴァン団のヤサはどこだ?」


男は包みを持つと出際に

「15分経ったら店から出て来な、案内を寄越すからよ。

あと、ヴェン団な。」

と言って笑いながら去っていった。


15分ほど経って外へ出ると、さっきまでバーテンをやっていた男が着替えて立っていた。


目が合うと歩き始めたので後ろをついていく。


「…アイツの治療、ありがとな。

いつか俺等が痛い目に遭うってんのは分かっていたんだが…。

いや、なんでもない。


それより、ヴェン団の所まで行ったら俺はポケットに手を入れる。

そこの2回が奴らのヤサだ。


んで、俺等はそっから関与出来ねぇ。

わかるだろ?

治療のお礼に案内するだけだ。」


「あぁ。」


一定の距離を持ったまま街外れまでついていくと、キャバレーのような場所で男がポケットに手を入れた。


ふぅ、と一つため息をついてアプリードは、キャバレーの裏へ回り、階段を上がっていく。

2回部分のドアを開けようとするが鍵が閉まっており、開かないのでノックをするが反応がない。


そのまま踊り場でタバコを吸いながら人が来るのを待っていると、カンカンと人が上がって来る音が聞こえる。


「兄貴、こんなとこで何やってんすか。

今日立て込むって言ってたのに。

あ、鍵忘れたんでしょ。


もー。

俺が偶然通りがかったからいいものの…。

兄貴?


兄貴か?

お前。」


「いや、人違い…というか、恐らくその兄貴と会いに来たんだ。

兄弟だ。

あんたらの言う兄弟じゃなくて、本当の。

生き別れになっていてな。」


「まーじで?

あぁ、そう言えば兄貴も言ってたわ。

双子だって。


分かった。

ちょっと待っててよ。


連絡来たら繋ぐから。

ま、入って入って。

兄貴の兄弟なら客だ。


あそこのソファにでも座っててよ。

ところでさ、なんでそんな肩がもっこりしてんの?」


「木が生えているんだ。」


「はぁ?」



「おめぇ、こんな事してタダで済むと思うなよ。

俺らぁ後ろには別のマフィアがついてんだ。」


アプリードと呼ばれる男はそちらを見ずにパンパンと銃を撃ち込んだ。


頭に2発、身体には3発の銃弾が入り血溜まりが広がる。


「死ぬならもっと綺麗に死ねよ。

はぁ、最後の言葉も死に姿もダセェ。

マフィアだろうがよ、お前も。

立ち向かえってんだよ、馬鹿!


あ、くそ。

電話に血が付いてるじゃねぇかよ。

動くのか、これ。


…ちっ。


お?

もしもし、俺だ。


終わったぞ。

あ?

あー。


えーと…。


5、いや、6だった。

入ってすぐ1人やったから、6だ。


ん?

あー、俺は怪我とかないよ。

あ!

やべっ、うわ、最悪だよ。


いやさ、今話してるこの電話に血がついちゃってさー、報告出来りゃいいかと思ってそのまま顔に付けないように話してるんだけど、垂れて来て服についちゃった。


あーあーあーあー。


まぁいいや、どっかにシャツの一枚くらいあんだろ。

それ貰って帰るわ。


なに?

急ぎ目?

なんでよ。

腹減ってんだけど。


マジで?

男、女?

…男?


じゃあミモザじゃねぇな。

イセリアか?


違う。

うそーん。


…あ?

もう一回言え。


…兄貴?

嘘つけ、どんな奴だよ。

…うん、うん、おんなじ顔…。

…そっか、生きていたんだな。

そうか…。


わかった、すぐ帰る。

あ、待て待て待て待て。

兄貴に腹減ってないか聞けって、うん、うん。


…。


…何だよそれ。

まぁ、俺もそうかもなぁ。

確かに、会ったら腹ペコなんて忘れると思うわ。


あぁ、会ってから飯でも行こうって言っておいて。


うん、はい。


はーい。」


アプリードは比較的綺麗な部分で血のついた部分を拭いてから脱ぎ、物色してシャツを探したが何の模様かわからないが、ガラガラのシャツしかなく頭を抱えた。


長っぽい奴はもう動かないが、ストレス発散の為に蹴りを入れて、ポケットから金を抜いた。


「ダセーのは死に様だけじゃなくって、服もかよ。

血ぃついちゃったから、金もらって行くよ。

久々に会うからさぁ、キチッとして会いたいじゃんか。


わかるだろ?」



「すぐ来るって。

良かったっすね。

あ、一個わかった事がありますよ、アンタが兄貴だ。」


アプリードはソファに座りながら背伸びをして、懐から身分証を取り出した。


双子なので誕生日やらなんやらが全て同じで結局どちらが自分のものか分からなかった。


「俺が兄貴なのか。

それだけでもここに来た甲斐があったな。

ありがとな…えーと…。」


「ギルです。」


「あぁ、ありがとう、ギル。」



アプリードリヒには空白期間があり、その間は謎に満ちている。


本人の言では、お告げがあり、肩に梨の木を授かった際に、ホールドウィンの声を聞いて、現状のファーデンフロイデに異を唱えるため、伏していたと言う。


それをそのまま信じている者もいるが、そうでない者ももちろんおり、歴史研究を専門としている者が辿った事もあるが、現在は口を閉ざしている。


噂では仙人に出会い修行に明け暮れたとか、ホールドウィンの英霊に指導をされていた等のファンタジーな説から、貴族に匿われて時を待ったや、王族からの依頼で血筋の証明をする為の儀式を受けていた等の現実的な説もある。


その中の一つに、マフィアとなり私兵と資金を蓄えていたという説もあるが、アプリードリヒに後ろ暗い噂が起こる事自体は少なかった。


ある時、清廉ですねとのコメントに、彼は

「周りが過保護で困るよ。」

とだけ答えた。

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