第15話 梨の王 ファーデン
「どんな国でした?
ファーデンは。
不満があって抜けたんでしょう?
覚えてる事はありませんか?」
「どうだろう…。
まず、鉄を嫌ってたのはわかる。
なんか、信仰の象徴の木が、鉄とか鉛の混じった水で腐り落ちたんだって。
それで、鉄文明の否定が始まったらしい。
今では教義に入っているけど、最初はそうじゃなかったらしい。
あ?
あれしかないよな、象徴的な木って。
ホールドウィンの植えた梨の木。
アレが腐ったのか…。
そりゃ周りの奴も悲しむよな。
いつ頃なんだ?
そうなったのは。」
◆
周りに発覚した頃にはもう遅かった。
統治貴族には手に負えないほど巨大となったその組織は、その独自性と思想で、領地の他の地域と同様の扱いは不可能になっていた。
税は納める。
犯罪も犯さず出身者は優秀で、他の地域で何かしらの地位につき始めている。
しかし閉じられており、査察をするにも煩雑な手続きが必要であった。
無理矢理入ろうとした兵士は抵抗され負傷したが、良くなかったのはその兵士が相手を殺してしまった事だった。
無理矢理押し入り殺人を犯す。
強い結びつきの集合体は、すぐに動き始めた。
「兵士を差し出さねば、同等のものを差し出せ。」
脅迫ととって良い文言が、貴族の館に直接描かれて、内戦が始まった。
とはいえ、終結まで3時間程度と圧勝であったが、その理由は簡単だ。
ホールドウィンは教育を終えたものを各地に送り込んでおり、そもそもの主要地点は既に取られていたこと。
普段は都で過ごしており、貴族は把握していなかったが、領民の8割近くが信者になっていたこと。
ホールドウィンの妻の件で王家に負い目があり、助けを呼べば勝っても責任を負わされることが避けられないので、応援を呼ばなかったこと。
それらの要因が絡み、抵抗する間もない程早期に決着した。
隣領の2つも、既に入り込んでいた彼の教え子が占拠を完了している。
大きく接している領地を抑えきり、各領地では梨をモチーフにした旗がかかげられた。
その際、一つの憲章が作られる。
「人は国より重い」
館を制圧すると、ホールドウィンはその足で都へ向かい、独立を宣言した。
寝耳に水だった議会は慌てたが、抵抗できる領地は抑えられており、近隣の2つを巻き込み新たな国が建てられた。
ファーデンの建国である。
◆
「人は国より重いか…。
皮肉だな。
俺のいた時は真逆だった。
国のための資材の様な扱いだった。
変わっちまったのか、それとも口実なのか分からないがな。」
「ホールドウィンの思想で教育された人達が、その後まとめたのが、ファーデンフロイデと呼ばれる書籍ですね。
それが現在の経典となっている様ですが…。」
リリアンが差し出した本、ファーデンフロイデをもちろんアプリードは読んだことがある。
軍の壁にも一文が貼ってあったし、家にも本があった。
近年燃料として消費され尽くしかけている木を使う本はかなり貴重となってきているが、ファーデンでは子供が生まれるとその数だけ、配られることになっているので、どの家庭にも必ずあるのだ。
しかし、リリアンが渡してきた古いファーデンフロイデの内容は、見慣れたそれとは別物と言ってもいいものだった。
「なんだこれ…。
抽象的というか、当たり前というか…。
俺が知っているファーデンフロイデはもっとはっきり禁止事項だとか、憎むべき敵だとかを定めてあったぞ?
例えば古い方には、鉄は土壌を弱らせるので、捨てる場所を街から離すべきって書いてある。
それはわかる。
ファーデンに反抗していた俺でも別に不満を持ったりはしない。
だがな、今のファーデンフロイデには、鉄は世界を腐らせる、この世から駆逐するべきって書いてあったんだ。
なんというか…過激になりすぎて別物になってるのな。」
「元々は医師と共に始めた教職で広めた教えなのでそんなに過激な訳がないんですよ。
そうでしょう?
彼の理想は一部の有能者がその他を引っ張っていく事だったんですから。
獣を作る思想なんて無かったんです。
つまりこのホールドウィンの教えを元に過激になっていった訳ですね。
見てください、ここ。
ファーデンフロイデの始まりの所。」
「えーと…あぁ…?
これは知ってるわ。
父子の魂は永遠に木に宿る。
絶対表紙に書いてあるし、1ページ目に書いてあるやつ。
…これも古い方には無いのか…。」
◆
新たな国は父子ホールドウィンを中心に纏まっていた。
彼と彼の子、この場合は教え子の事だが、彼らは各地に散り、思想を強めていった。
議会はもちろん危険視していたし、隣国が急に建ったことで兵を差し向ける意見も出たが、そうはならなかった。
ファーデンを挟んだ国が大崩壊を起こしたのだ。
その国では雨が降り止まなくなり、病気が蔓延して作物も育たなくなった。
王国もファーデンもその対応にあたり、歪みあっている場合ではなくなったのだった。
黒く染まった国の王はそこから出る事が出来ないようだったが、大量の移民が発生して、ファーデンと王国へ雪崩れ込んで来た。
ホールドウィンは医学に長けており、その弟子も当然知識を収めていたので、対応に苦慮しなかったが、王国は対応しきれなかった。
規模が違う国なので、王国の方へ初めは大量の人が向かったが、逃げ出して来た貴族を優先し、避難民への対応が遅れた事で治安が大幅に悪化。
それを押し付けるようにファーデンとの国境近くの領地に避難民を追いやっていった。
さて、何故ファーデンでは避難民の受け入れが順調に進んでいたのか。
まずは先程の理由、医師の知識を持つ人間が多かったこと。
そして、ボロボロになって逃げて来た人を受け入れる教育が行き届いていたこと。
なにより一番大きかったのは、大量に梨が植えられていた事だった。
丁度時期的に梨の木には実がなっており、普段は食べられるだけ食べた後に加工して果糖にしたり、ドライフルーツにしておやつや保存食にされていたのだが、国民が植え続けていた為に大量に余っていた。
ホールドウィンの逸話と土着信仰が合わさり、余計に大流行した梨の木の植樹は進み、どの家庭にも1本はあって、実ったら隣家に分け与える文化が出来ていた。
それを避難民にも惜しむことも無く分け与えたのだ。
空腹でもなくなり、街の発展に協力し始めた避難民はファーデンの教えを受け入れる様になる者が大多数であり、平和な暮らしが出来るようになって来ていた。
そんな様子は、当然国境の領地に厄介払いされた避難民にも届き、無理矢理国境を越えようとするもので溢れかえり、崩壊寸前になった。
ホールドウィン達はその様子を見て、自国の避難民達と共に国境へ攻め入った。
名目は虐げられた人達を悪国から救う為。
何万もの民衆が兵となり国境の領地を飲み込み、またファーデンは大きくなった。
規模で言えば、ファーデンと王国の差がかなり少なくなっており、腐敗した王侯政治と、気鋭のファーデンの実質的な差はどんどんと広がっていった。
王国民にもかなりホールドウィンの教えは広がっていき、戦えば確実にファーデンが勝つだろう所まで来た時期に、ファーデンから使者がやって来て、ホールドウィンからの手紙が届いた。
誰もが宣戦布告かと思ったが、国を分けたまま政治を同調させないかといった内容だった。
世論にかなり押されていた王国は、城を国府として独立性を保ったままという条件でファーデンと合併することになる。
そうして現在の宗教国家ファーデンが出来上がった。
貴族は国府に飲み込まれ、領地は無くなったが、権威という虚飾だけはのこり、飼い慣らされていく事になる。
この時点でホールドウィンの復讐は終わった。
無能を飲み込み、有能を上に据えて世論に方向を任せる。
夫婦の思想の結実を見送ると、半引退状態となり、政治から一線を引いて、教育に力を注ぐようになっていく。
◆
「すげーなこの人。
結局戦いにはなってないのな。」
「そうなんですよね。
教育で誘導して、正しい行いで尊敬を集めて味方を増やし、弱者に寄り添ってそれを食い物にしていた人達を蚊帳の外にする。
それだけなんですよ、纏めちゃうと。」
「言うのは簡単だけどよ…。
あれ?
梨の木腐り落ちてないな?」
「ええ、ホールドウィンの時代には起きなかった出来事なんですよ。
厳密に言うと、彼の最期の時までは。」
ハッとしてアプリードはパラパラとファーデンフロイデを捲り始めたが、目当ての文言が見つからないらしく、何度も行ったり来たりを繰り返している。
「…ない。
悪魔のリンゴが師父を殺した。
それがない。
有名な文言で、絶対入っているのに。」
「そう、それが現在の過激派の源です。
貴方の国では、リンゴはどういう扱いでした?」
「梨から裏切った果実。
恥だけは覚えているから、酸っぱく赤い。」
リリアンは指をパチンと鳴らすと別の本を持って来た。
「ホールドウィンが本に書かれるような活躍をするのは、ここまでですが、もちろん国はまだ続きます。
これは、彼の教え子の日記のようなもので、ホールドウィンの最期をどう見たのかが描かれています。」
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