第16話 梨の王 ハンナの日記


頼りすぎるのもいけないが、先生の元へ通ってしまう。

手土産は毎度選んでいるが、最近数の多い物がいいのでは、と思うようになった。


なにせ、よく人が訪れていて、先生と話しているし、先生は自分の物を人に分ける事を厭わないので、それの役に立てると嬉しい。

毎度毎度これを彼らに分けても構わないだろうかと伺ってくれるが、そんなに気にしなくて良いのに。

律儀な人なのだ。


しかし私も先生が小さい頃から変わらずにくれるお菓子を食べるのが今だに好きで、一緒に入れてくれるお茶の味が、故郷の味と言って良いかもしれない。



秋になると、散らばった弟子達がフラッと寄ることが増える。


先生の手伝いをする為だ。


催促しているわけでは無いが、先生の元には梨が文字通り山ほど集まるので、加工の手伝いをしに行く。


国中から送られてくる梨は、果糖やジュースや干物になって孤児院や祝い事で振る舞われる。

傷んだ物も多くあるが、その部分を切り取りなるべく使うようにしているらしい。


先生曰く、

「友人と認めてもらった証は少し腐っているからと言って捨てられないだろう?

君たちだって一つの欠点で友人を見捨てるような事をしないように。」

だそうだ。


ジョニーが結婚も近いのに飲み屋の女の子に入れ上げてるのも許してやろうかと言うと、先生はにやりと

「そうだな。

足りないのなら与えてあげなさい。

思いっきり顔を張れば紅葉が咲くだろう。

それも秋の風物詩だ。」

と言った。


明日はジョニーも手伝いに来るらしいが、赤く腫らした顔を見て、先生はどう思うのだろうか。

笑ってくれそうな気がしている。

楽しみだ。



私とジョニーの結婚式に先生は参加してくれた。

いつもと同じクシャクシャの笑顔で2人を撫でてくれたのが嬉しかった。

長生きしてもらって、自分たちの子供にも会わせてあげたい。


その為には、隠居したのにあんなに忙しくしてないで、まともなご飯を食べて欲しい。


独り身が大変なら、ウチに来たら良いのにとジョニーと話した。

それを先生に伝えると、

「ハンナとジョニーの新婚生活に巻き込まれた方が大忙しさ。」

と言っていた。

確かにそうかも。

でも、ジョニーは結婚して落ち着いてくれたし、真面目に働いている。

ジョニーは先生にお説教を貰ったらしい。

強く言うわけでは無いのだが、先生のお説教はすごく効く。

お父さんとお母さんの頃は怪しいおじさんだって言われてたらしいけど、今はみんなに尊敬されていて、凄いと思う。

お父さんとお母さんも度々訪ねて、話しているらしいけど、一体なにを話しているのだろうか。

小さい頃から内緒にされたままだが、それは私達も一緒だ。

先生は相談を他に言わないから、本人達しかわからないのだ。


色々な人に一緒に暮らそうと言われているようだが、妻の眠る梨の木から離れたくないと断っている。

素敵な話だ。

私が死んだ後に、そう思う人がいてくれると嬉しい。



子供が出来て、先生に名付けをお願いしたが断られてしまった。

気持ちは嬉しいけど、子供は親を尊敬するものだから親が付けてあげなさいと言われた。

親として、尊敬されるように頑張らなくては。


バーンと名付けた我が子は元気に成長している。


どうしても預けなければいけない時に、先生が預かってくれた事があった。

急いで帰ると、バーンは先生の膝の上でよく眠っており、先生も優しい顔でバーンを撫でてくれていた。


今思うと、小さな子供を預かる事が多い様だった。

ジョニーや私みたいに、先生の弟子は地方へ行く事も多く、タイミングによっては子育てが出来ない時があるが、先生は快く預かってくれるのだ。


父母ももちろん手伝ってくれるのだが、先生は小さい子にたまに授業をしてくれるし、同年代がいる事が多いので、先生の所へ連れて行ってしまう事が多い。


「君達が国のために働いているのだから気にする事はないさ。

でも子供は寂しがるよ、親が一番なのだから。

ほら、おじいさんに構ってないで我が子を抱きしめなさい。」


先生は最近自分のことをおじいさんと呼ぶ。

多分いろんな子供におじいさんと言われている内にうつってしまったのだろう。


私達の親世代では、みんなの代表で家族みたいなものと言われていた。

私達世代には、みんなの父のようだと言われている。

それならこの子達にとってはみんなのおじいさんなのだろう。



先生が少し体調を崩している事が多くなった。

年齢も年齢だし仕方ないのだろうが、寂しい。


私も含めて色んな人が先生の所へいつもより行く様になり、様々な年齢の先輩や後輩がいることも多くなり、先生の慕われ方を見ると嬉しくなる。

恐らく彼らも同じで、これも一つの家族の形なのではないかと思った。


そんな中で一つの提案がなされ、先生の言葉を纏めておきたいと言うことになった。


建国時に纏めたファーデンフロイデの内容に先生の見解を聞き追記したり、以前先生が話していたことから理解を深めた注釈を追加していくことにした。


この本がいつか子供達が悩んだ時、私たちが先生の所へ来た様に、彼らの先生の様な役割を担ってくれると嬉しい。


先生に負担をかけていないかだけが心配だが、先生は何もしていないよりはいいし、家族の相談も受けられない様な父は、死んでいるのと同じだと言ってくれた。



今秋の梨は豊作らしく、先生の元には毎年の様に大量に贈られて来ている。


例年の様に私達も集まり加工の手伝いをしながら豊穣を喜び、規模も大きくなってきたので、まるでお祭りの様だ。


そんな中、先生が突然倒れた。

高齢な事もあり、皆心配した。

ただの体調不良なら良いのだけれど。

医師のみが付きっきりになり、邪魔になりそうな私たちは帰宅したが、暗い顔のままだ。


バーンも悲しんでいた。



数日後先生が死去されたとの連絡があった。

足元が無くなった様な感覚がしたが、悲しんでばかりもいられない。


厳かにお送りしなくては。


先生の家にたどり着くのも一苦労な程の人が詰めかけていたが、教え子だと言うと皆通してくれた。


先生の遺体を見るまで実感が湧かなかったが、実際見てしまうと涙が止まらなかった。


あぁ、先生、見てください。

外には先生のために人が集まっていますよ。

先生にお礼を言いたいと、それだけのために初冬に入るこの時期に、山程の人が。


私たちに今できる事は、その山程の人が辛く感じない様に思いを伝える手助けをすることのみだ。

その方法は先生から学んでいるのだ。


力を合わせて、列を捌こう。

悲しむだけの弟子など、先生に顔向けできるものか。


2日ほどかかり参列が落ち着いたところで、先生からの遺言が2通出て来た。

1通は一番弟子に渡されており、それには割符が打たれて、もう1通が本当の内容だと証明するものだった。


家は必要であれば壊して教育機関を建てて欲しい。

幸い立地がいいのだから。


金銭はそんなに残していないが、君達は恐らく私の葬儀を執り仕切ってくれるだろうから、手弁当にならないように、配分して欲しい。

皆、ありがとう。


遺体は切り刻んで、研究の材料にして欲しい。

記録が終わったら妻の木の元に焼いて埋めてくれたら良い。

魂は君達と共にある。

糧となれたら嬉しい。


先生の身体を切り刻むなんて!

当然そんな意見も出たが、遺言は尊重するべきと言う結論に落ち着いた。

一番弟子が名乗りをあげ反対もなかったので、彼を補助する2人と3人で行う事となった。

医師の心得がないと理解はされないだろうとのことで、国民には敢えて伝えないことにした。



また数日後、一番弟子に集まる様に言われたので、弟子達が集まった。

皆は記録が終わったので埋葬するのに、呼んだのだと思っていたが、違った。

あんなに憤っている一番弟子の彼を見たのは最初で最後だった様に思う。


先生を解剖したことで死因がわかった。


老衰では無かったのだ。


死因は窒息死。


集まった梨から無作為に選んだその梨の中に、古い金属片が紛れ込んでおり、それが喉に詰まり死因となった。


恐らく偶然、過去に放たれたものが実の中に入り込んでしまったと言う見解だった。

果実が形成される段階で入り込んだ物だろうと。

金属片は古く、錆び付いており性質的に最近のものでは無かったらしい。


土壌に良くないからと金属はキチンと避けられていた。

しかしファーデン建国よりも、先生がこの地に来るよりも前らしい物に先生は殺された。


やるせない。


もっとはっきり金属を拒絶するべきだったのだ。


優しい先生は、私達に優しく伝えただけで、本当はそんな甘いことではいけなかった。

私たちが愚かにも優しさに甘えていた事が原因で先生が死んだ。

私たちが殺した様なものだ。


悲劇はもう一つ起きた。


先生の遺体を焼いて埋めてから3ヶ月ほど経ったある日、先生とその奥さんの木が腐り落ちた。


理由は分からないが、残留した金属毒が気に回ったのだろうと思った。

何故か一つだけ残って実っていた梨の実は赤黒くリンゴのようになっており、まるで先生の無念が宿ったかの様だ。


再認識せねば。

先生の優しい言葉に安穏としている場合ではない。

真意を確実に呼び起こさねば。


ファーデンフロイデの中で先生を生き返らせるのだ。

先生の優しさの中にある苛烈ささえも汲み取るべきだ。


弟子達で集まって、自分たちの甘さを悔いねば。


馬鹿者どもめ!

先生が死ななければ分からなかったのか!


こんなに悔いた事など人生になかった。


先生があんなに導いてくれたのに、私たちの甘さが先生を殺すことになるとは。



あんなに言ったのに!

まだ鉄を持ち込む白痴がいる!


今日だけで2人連行させた。

疑ってかかると全員が怪しく見えてくる。

しかし、私達がしっかりしないと。


幸い、先生の死因が公表された為、鉄を遠ざけるのに苦労は無かった。

理解を示してくれた。

示さなかったものなどいない!


しかし代用不可能なものがある。

工業区では使用を許可して、居住区への持ち込みを禁止した。

習慣から代用が難しいものは、なるべく早く代用品を開発して、皆の生活を良くしたいものだ。



ランス山から流れてくる、ルラン川の水質がかなり汚染されている事がわかった。


他国で行われている、金属の採掘と加工が原因らしい。


ファーデンでは土壌汚染にはかなり気を遣っている。

先生の教えにもあったためそうしているのだが、土壌調査をした研究員から見てもそれは正しいことの様だ。

結局その毒水が土壌を汚染している事がわかったので、正式な抗議を送ったが明るい回答は得られなかった。


暴力にすぐに訴える事はないが戦争も辞さないと言うのに。


まずは土壌汚染の原因と結果を調べて纏め話し合いの場を作ろうと研究班が作られた。

川の水は汚染されて来ているので、飲用としては井戸水を使用する様にお触れも出された。


何故ランス山の開発を止めないのか。

私たちは知識で原因に辿り着いて、公布出来たけど、他国もそうとは限らない。

民が大切ではないのか。


先生、先生ならどうしていたでしょうか。

血を流さず建国したのは、この国のほこりですが、このままでは大勢が死にます。


己の利益の為に大勢を殺すのです。

説いて分からぬ獣に、我らはどうするべきなのでしょうか。



研究班から、毒水を摂取した場合の症状がわかったと連絡が来た。

ごく少数のみ集められたのは、その事実が衝撃的だったからだ。

流布したならば、直ぐにでも戦争になるだろう。


毒水を積極的に与えられたマウスは、窒素して死んだ。


解剖をすると、かなりの確率で喉の辺りから鉄片が出て来たらしい。


…先生と同じ症状だ。


恐らくランス山とルラン川に繋がる地下水脈の流れで、汚染されている所が違うのだろう。

先生の梨の木は腐り落ちていた。


つまり、道理も通らぬ獣に、先生は殺されたと言う事だ。


事故じゃなかった。

偶然じゃなかった。


先生は、殺された。



獣を滅ぼすべきだ。

その為には国内を一つにしなくては。

仇を取る。



ファーデンフロイデは完成した。

これで戦える。

恨みは癒えぬ。



毒には毒だ。

鉄など使う必要はない。


せめて先生より苦しめ。



ランス山の開発は頓挫したようだ。


まだ足りない。

この世から消し去っても先生は甦りはしない。



先生、たくさん死人が出ます。



果たして、私たちは先生と同じところへ逝けるのだろうか。


しかし、止まれない。

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