第14話 梨の王 ホールドウィン

ホールドウィンは、王族の分家の子孫でどちらかといえば裕福な産まれであった。


成績は良く品行方正と評されており、将来は政治家としての道を期待されていたが、医師となり各国の貧しい地域を巡っていた。


王政で育ったホールドウィンは他国の政治体制を知る機会はこれが初めてで、長が敬われる慣れ親しんだ国もあったが、民主主義で運営されている地域もあり、感銘を受けた。


しかし、現状に不満もなかったし、現王は有能で民を大切に思っており、ホールドウィン自身とも仲が良く、別の政治体制がある知識として覚えた程度であった。


帰国した後は他国を巡った際に出来た関係を使って貿易会社を興し、経営も上手くいっており王家の分家という名家の実家に見劣りしないくらいになっていた。


ホールドウィンの転機は2度あり、1度目は結婚によって起こった。


出会いはお見合いの様な形だったが、気も合う善良な女性でボランティアや訪問活動を好み、

貧困地域を巡っていたホールドウィンとは度々政治の話をした。


活動を通じて彼女は、自分の生まれが貴族な事を悪いことの様に受け取っていて、裕福な生まれを呪っているような節があった。


何もしていない自分の幸福と、何もしていない不幸なものを比べては罪悪感に耽る様は、なかなか家族には理解されていなかった彼女は、ホールドウィンという理解者を得て、知見を語る機会を増やしていった。


いつしか、平等を理想とし、皆が貧しくもなく、裕福ではない状態を幸福と定め、活動を始める。


ホールドウィンは、どちらかと言えば努力を認めることをよしとしていたので、厳密にいえば方向性は違ったが、勤勉だが血筋の悪い者を自身の会社で採用したり、女性であろうと優秀であれば取り立てていたり、貴族社会では嫌われるような行動を当たり前にしており、王政とは思想が違う運営を行なっていた。


妻の理想は上から下まで均等化される事だが、経営者のホールドウィンはそれをあくまでも理想だとし、有能な少人数でその他を使い運営していく方が良いとしていて、とても経営者的な思想でもあった。


2人のこのすれ違いは解消することは無かったが、妻の女性の政治基板をそのまま乗っ取った形となったホールドウィンの民衆人気は高かった。


このまま血筋と、民衆の人気で政治家になる道もあったが、そうはならなかった。


あまりにも人気があり、国の運営内に抜擢した場合、国王らのやり方に異を唱えるに足る力を持っていた為で、宰相や王に近しい人達からの反対の声が多かった。


その内に、税の改訂などで民衆の不満が高まると、本人は知ってか知らずか旗印となる事になり、王、貴族派とホールドウィン、民衆派での政治闘争が始まっていく。


ホールドウィン自身は後に、国王とは幼少期より仲が良かったし、自分も政治に興味は無かったので、不満なんかもない。

王になろうと考えるはずもなく、あの時もし、彼らが民衆の言葉を真摯に受け止めて、説明を果たしていたならば、なんの争いも起きなかったと思うと懐古した。



「あのさー、リリアンさー。

なんで上から下まで均等化したらダメなの?

良いじゃん平等ってさ、誰か不幸になるわけ?」


リリアンは机からペンを一握り持つと、アプリードの前に並べた。

ペンは軸の色も筆先も様々で、数少ないリリアンの趣味のコレクションだ。


「良いですか?

これを人間だとしますよ。


黄色ペンくんは、太い字を書くのに適しています。

やや短くて、カリグラフィーなんかを描きやすいんですね。

力もよく伝わり、やや太めでグリップもあるからです。


そいで、こっちの青軸ちゃんは長く細めなので、字をよく見て書けます。

手元と字が重ならないんですよ。

素材もしなりが全く無く、細すぎて力が入れにくいですが、細かい字を書くにはちょうど良いです。


他も特徴が色々ありますね。


羽ペンさんは、美しいですが丈夫じゃないし、自然物なので安定せず脆いし、こっちの深緑軸は、万能ですが、何の面白みもない。

あと、使い倒されてすり減ってヘロヘロなので、入るペン先と入らないペン先があります。


ペンだけでもこんなに使い分けが必要なんですよ。


男女差もない物ですら適性があるのに、人なんて余計に能力差が大きいに決まっていますよね。


公平って力仕事も頭脳労働もあるのに、どう分けるんですか?」


「えー。

クジとか?


ははっ、無茶だよな。

…訓練適正で分けるんじゃないかな。


力が強いとか、数字に強いとかがわかればいいだろ?」


「さっきも言った通り、この緑軸のペンはもう消耗してヘロヘロなんですが、後継者が居ません。

適格者が居ないのですよ。

困っているんですが、ペンなので運命に身を任せていますよ。

でも、国の運営ではそうも言ってられませんね。

そして、今まで酷使してきましたが、特別何かこの子に対価があった訳ではないです。

ペンなのでね。


貴方は、命懸けの仕事とそうではない仕事の給金を画一化しますか?

適正があるからって放り込んでおいて。


それは無茶でしょう。


外界の情報を断ち脳に思想を刷り込ませられれば不満も生まれにくいかもしれませんが、自分で気づくヤツも必ずいます。


そいつはどうします?

殺しますか?」


アプリードは考えた。

今の話は、ペンで見立てて説明されたのはわかるが、どこか釈然としない。


「おい、俺は全員って言ったんだよ。

お前が使っているんだから、王様が存在するじゃねぇか。」


今度、リリアンは紙を持ってきた。


「これが国だとしますね。


さぁ、ペン達よ、好きに描いていいですよ。」


当然1人でに動き出す事はなく、紙は白紙のままだ。

100年待ってもそのままであろうことは想像出来る。

しかし、人は自律して動くのだ。

リリアンの言う通りにはならない。


「こいつらが勝手に描き始めるかもしれねぇじゃねぇか。」


「そうですね。

いつかはなるかもしれませんが、周りには他にと自身の指針で動く国が沢山あります。


まごまごしている間に、この国は隣の国の一部になってますよ。

誰が、命令もなく、何もしなくても貰える均一なお金で、国を命懸けで守るんですか?」


「よっしゃ、分かった。

20歳から25歳まで、兵役に就かせる。

防衛はそいつらの仕事だ。

国には家族がいるし、親父やお袋もそうして来たんだ。

文句を言う筋合いはないし、家族を守る為に戦うはずだ。」


「でも、貴方、逃げて来たんでしょう?」



ホールドウィンは数人の有能で、政治を回すべき。

妻は、民衆の力で政治を回すべき。


2人の話は並行だったが、激昂したりなどする事なく、幾度となく討論をしていた。

それも夫婦のコミュニケーションの一つだったのだ。


ある日、妻が言った


「民衆に貴方の言う有能を選ばせられれば、お互いの話は擦り合うんじゃないかしら。」


「なるほど、民衆に長を決めさせるのだな。

しかし、大きな声が正しいとは限らないだろう。

善人の顔をした悪魔もいる。

有能な親から、有能な子が生まれるとは限らないし、人は他人に平等にはなれないだろう?


俺はお前が誰よりも大切だし、我が子は他より多少無能でも、やっぱり目は曇ってしまうだろうな。」


しかし、少し可能性があるような気はした。

これは頭の隅に置いてホールドウィンの思考は煮詰まっていく。


しかし、2人は気がつく事はない。

2人は、大多数のものから見た場合、既に選ぶ側にいると認知されていることを。

思考に傲慢さがあり、自然と上に立つのが当然だと思っている事を。


力のないものは力のある悪者に殺されてしまう。

そうして権力は煮詰まり、結果的に元の様になると言う事を。

民主主義の終わりはいつも暗殺だ。


国は不満が高まった民衆に配慮し、議会を開くように政治転換をした。


当然、民衆人気の高いホールドウィンはその中の民衆側の議員として選ばれて、前に立つ事となった。


ホールドウィンの意見は、理知的で無理を言いはしないものの、議論が増え政治の遅滞を招いたが、今まで考慮して来なかった側の意見を取り入れるのである程度仕方ないとされた。


ある時、自然災害が起こった。


不可抗力で起こったその大雨から続く一連の災害で多くの人命が失われた。

ホールドウィンはボランティアや難民地区への知識を活かして、迅速に動き始めた。

必要なものの理解は誰より深く、正しかった。


しかし、彼を邪魔するものがいる。


議会を遅滞されたのをよく思っていない議員の中には、一方的にホールドウィンの責任と思い込むものがおり、ここぞとばかりに本当に必要かの確認を無理に行ってきて、それに大幅な時間を取られた。


議会は時間が掛かっても構わない。

直ぐに命に関わることがないし、修正には更に時間が掛かるので、慎重になるに越したことはない。

なので話し合い、精査して、最善を追求して然るべきだ。

だが今はこうしてまごついている間にどんどんと人命が失われている。


大正解でなくてもいい。

なるべく早く判断をして動くべきなのに。


そう強く言うホールドウィンだったが、ただ彼が人気があり、議会の中心にいる事をよく思わないという、感情のみでそれを邪魔する者もいる。


そんな中、もう1人素早く動いた者がいた。

彼の妻だ。

ホールドウィン夫人は自身で早く動き、現地に物資を届けて回った。

国の助けが来るまでの繋ぎとして、少しでも救命になれば良いと動いた。


夫が必ず動く。

それまでの繋ぎで構わない。

彼はいま政治の真ん中にいて、素早くは動けない。


だから、彼女が動いた。


夫人の考えは正しく、彼女が居なければ被害は万単位で増えていたことだろう。

被害の大きな場所の各地を周り、物資を届けて次の場所へ向かう。


しかし、国はまだ動いていない。

意味のない議論で忙殺されて結論が出ていない為に行動に移せないのだ。


夫人は後になるほど治安の悪化を体感していた。

補助のない状態で生き延びれるとは限らないので、他人から奪ってでも生き残ろうとするものが出てくるのは当然だった。


夫は何をしているのか。

知識も経験もあるはずなのに。


彼女は今際にそう日記に書いていた。


暴動に巻き込まれ亡くなった後、届けられたそれを読み、ホールドウィンは泣き崩れた。


間違っていた。

やはり、無能は民を殺す。


善良な者から死んでいく。


彼女も間違っていた。

しかし、善良ではあった。

私が立たねば。

私が守らねば。


彼の二つ目の転機はこうして訪れた。

ここから彼の政治活動は変化していく。



「これってよー。

もしホールドウィンが思う通りに動けたら奥さんは死ななかったと思うか?」


リリアンは他の本をパラパラとめくり、当時の様子を別の角度から見た様子を語り出した。


「答えは、わからない、ですね。

いや、それがですね。

夫人が亡くなった地域は、元々治安が悪く、尚且つ逼迫した災害被害に遭っていなかった地域なのですよ。


経験豊富な夫人が後回しにしたのはそれが理由ですが、ここを治める貴族が杜撰で普段から貧しい人が多く、災害で危機感に火がついた形になりますね。


なので、国の支援があっても暴動は起きていた可能性が高いです、が、権力者が来た事で抑えられた可能性ももちろんあります。


治安の悪さの原因は教育の不足なので、考え方では、指導が通りやすいという可能性もあります。

自分で考えずに、従うのは楽ですからね。


選民思想があるホールドウィンはどう思ったと思いますか?」


「こいつらのせいで、妻は死んだ、だ。」


「大正解。

ここからの彼の歩みは、貴方の道に繋がりますよ。


まず彼が始めたのは地方の掌握でした。

さて、一体どこから始めたと思いますか?」



妻が死んだ地に花を供えに行く。


その言い分を誰も疑う事はなく、議会からの一時離脱を承認した。

傷心の彼を心配するものが多く、深くは聞かずに送り出してくれたが、慰めるように嫌味を言う者もいた。


ホールドウィンは気にしない。


もう心は決まっていた。


妻が死んだ地は古く、現貴族の統治が杜撰な為に強く古い信仰が根付き残っている。

今、自分の武器は彼らの罪悪感と同情だ。

それをその信仰とを繋げ、すり替えて現政権への憎しみに変えてやる。


都を出る前に梨の苗木を買い、現地で妻の墓として植えると、そこからあまり離れずに世話をし続けた。


奇妙な行動に人々は最初は遠巻きに見ていたが、そのうち1人2人と話しかけて、事情を知るものが現れ始めた。

その内そこで医師として働き始め、安価で治療を施したり、貧しい子供達に教育を施して、4年ほどその地で過ごし、受け入れられるようになっていた。


最中には、彼の妻を襲った暴動に参加していたかもしれないと言う人々が何人も訪れて、その度に彼は赦して、出来れば身の回りや、仕事の手伝いをして欲しいと伝えた。


彼を慕うものはどんどんと広がっており、赦されたものはもちろん、古い信仰をそのまま尊重している彼を長として扱う様になっていった。


彼が植えた梨の木に変化が現れたのはその頃で、育ちきった訳ではないが実がなるようになっており、積極的にその実を分け与える事で、更に結束が固まっていく。


梨はこの街のシンボルで、信仰がある大きな木が生えており、災害で切迫した状況にならなかった理由の一つも梨が大量に植えられているのもある。

各家庭には子供が生まれた時に植えられ、それに祈り子供の健康を願う文化があり、土着信仰の様になっていた。

なので、彼の梨を分け与えるという行動は家族となる行動であった。


そうなると起きるのは、その地の貴族の統治への不満の爆発で、ホールドウィンが直接関わらないまま、大暴動が起きて貴族やその家族は殺されて、長の座にホールドウィンが推される事になった。


閉じたコミュニティで王になった彼は、復讐を進めていく。

彼の妻が死んでから7年ほど経ち、彼の教育を受けたものが増え、思想を染めたあとに彼のコミュニティは国からの独立を宣言した。



「なんでこのおっさん、こんなに放って置かれてるんだ?

7年もさ、これでも王族だったんだろ?」


リリアンは別の本を取り出すが、答えがわからない。

この頃の議会関連の話は特に残っておらず、国力が強まったりはしていないし、じわじわと不満は溜まっているが、大きな動きがなかった為だ。


「…正確なことは分かりませんが、おそらく終わった者として扱われていたんではないかと思います。

中央集権から離脱して、田舎で燻っていると。」


「なるほどなぁ。

じゃあ警戒もされてなかった訳か。


…いやぁ、俺が参考にするのは中々難しいなぁ。


このおっさん、そもそも血筋がいいだろ?

それってかなりのアドバンテージになると思うんだよ。

名刺の代わりが体にあるって言うのはやっぱつえーよ。」


「その肩から生えた木だって、アドバンテージじゃないですか。」


「あー?

これはバケモンの証明みたいなもんだろ?

異質過ぎるよ。」


リリアンは棚から今度は植物図鑑を取り出して、木の様子を見る。

ここ何ヶ月かで枯れていく様子もなく、数枚葉がついてきたので、生きている様子なのだ。


葉と枝の特徴を見ると、まだ確実とは言えないが、おそらく梨の枝だ。


「ほう、成程。

じゃあホールドウィンのおっさんがやったみたいに、梨に信仰のある地域なら逆に強みになる可能性はあるな。


何処なんだ?

結局建国したんだろ?

ホールドウィンは。」


「ネタバレは嫌なんですがねぇ。

今回は読み物としてではなく、学術書としての役割を担っているので、結果を知っていても良いでしょ。


えーと…。

はい。

宗教国ファーデンですね。


貴方の出身国でしょう?

身分証を信じるならば。」

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