第25話 梨の王 偵察と挨拶


年末に開催される120人程の奏者を集めて行うコンサートへ参加する事も出来て、今年はヴァイオリニストとして大きく飛躍したと言っていいだろう。


国内外から例のワークショップの講師依頼が殺到しているし、公演依頼もひっきりなしだ。


ピアードはもはやマフィアらしい仕事をする余裕は無くなったが、ノースヴェンが別に仕事を割り振ってくれているらしく、問題は起きて居ない。


「そりゃおめえ、マフィアにならなくて良いならその方が良いだろ。


拾ったから仕込んでただけだしよ。」


後で分かった事だが、ピアードは加入の為の儀礼を通っていなかった。


マフィアとしてかなり過激な仕事もしていたが、所属が曖昧なままだったのだ。

それでピアードの事をヴェン団でどんな役割を担っているかを知るものがいなかったらしい。


ギルはギルで親分の私生児らしい。


ピアードの下に付けられている人員は漏れなく訳アリだが、親分の指示でマフィアとして生きていくかを選べる様になっていた。


隠された暗殺部隊ではなく、マフィアになんかならなくても良いんじゃねぇかとの意向で、子供を守る為に作られた部隊だったのだ。



ピアードが、いざマネジメントを専任に近い形で行う様になると、とても向いているということが分かった。

マフィアの経験が活きたのか、判断は迅速でドライ、脅しには屈せず、かつ、アプリードの意向を無碍にすることは無かった。


そんなある日、ピアードから呼び出された。

実は珍しいことで、いつも案件が決まった後などにはタイミングを見計らって、かなり前もって予定を伝えられるので、わざわざ2人きりで話すことなんてあまり無かったのだ。


「兄貴。

兄貴の牙が届いた。


ファーデンからの公演依頼だ。


打ち合わせには俺が行ってくる。

詳しくは戻ってからになるけどよ、奴らも無視出来なくなった。


…一度はっきりさせておきたかったんだが、そのホールドウィン家を証明する家紋は本物か?」



何度も読み込んだファーデンフロイデを出発前に読んでおきたい。

そう思いリリアンに訊ねると、意外にも複製して渡してくれるとのことだった。


「持っていかないといけませんよ。

原本の方も拵えを新しくするので、そっちを持って行って下さい。


もしかしたら武器になるかもしれませんし、お守りになるかもしれません。


ちょっと待って下さいね。

古い方の表紙を剥がした所なので。」


なるほど。

作業をじっくり見ることなど無かったが、中の冊子部分は糸で縫われて纏められていて、その外から別の厚紙で挟み込んでいたのか。


「縫い方も色々ありましてね。

ホラ、綴じた本に書き込む場合もありますが、開いて平らにならないと書きにくいでしょう?


これはオーソドックスな綴じ方ですが、丈夫だしなかなか上手に出来てますね。」


「ん?お前が作業したんじゃないのか?」


「違いますよ。

これはハンナと息子のバーンがやったんです。


私が教えながらね。

懐かしいなぁ。


だからほら、ここの綴じ方のクセが私とは違いますし、言葉を濁さずに言うと下手ですね!


あはは。

表紙も均一にならされていないので、薄っすらでこぼことしていますし。」


表紙を撫でてみると確かにでこぼこを感じる。

ん?

しかしこれは…。


「なぁ、リリアン。

表紙の厚みはどのくらいあるもんなんだ?」


「そうですねぇ。

厚い物だと3ミリくらいはありますね。」


…この本バカ。

本は本としか見ていないな?


でこぼこを指でなぞると規則性がある。

リリアンに何か言われる前に勢いよく表紙を破ると、厚紙をくり抜いた隙間にメダルが納められていた。


「あ!酷い!

ハンナとバーンが一生懸命貼った表紙を…。


え?


コインが入っていたのですか。


これは…ホールドウィンの家紋ですね。

ハンナに教わった事があります。


派手好きな人では無かったけれど紋章は派手で、恥ずかしがっていたと。

王族だからと羽の生えた獅子を入れられているし…うん、間違い無いです。


重さから見て純金ですね。

本物のホールドウィンの紋章でしょう。」


そうか…。

何を思ってここに隠したのかはわからないが、これを持てるのはデカい。


家系の証明になる。


神の印だ。


「やられましたね。

こんなところに隠し物があったなんて。

普通本なんかに隠します?

考えた事もなかったです。」


本バカはブツブツと言っているが、実はファーデンでは定番の隠し場所だ。

国民全員が持っている教本は、伝統的に各々が管理していて、他の家族もそれに触る事はない。


神様の代わりの様な扱いになっているのだ。


なので母はそこにお金を挟んで隠していたし、ピアードは裸の女の写真を隠していた。

父は凝っていて、下の方の白紙が続いているあたりをくり抜いて指輪を入れていた。


一度見つけた時聞くと、祖母の形見だそうだ。


「これだけは泥棒も盗んではいかないからな。」


そう言っていた。

俺もそれから本をくり抜いて色々隠していたのだが、ははっ、昔から変わらねーのな。


ハンナの時代もそうだったのかは知らないが、ハンナはそうした。

必死で隠したのかそれともイタズラ心で隠したのかは今となってはわからないが、未来でガキの俺達がした様に、隠していた時にワクワクしていたなら良いな、と思った。



懐かしく感じるたぁね。

逃げ出す時は必死だったけどなぁ。

なんか感慨深いぜ。


「周りたいところがあんなら先に行きます?」


ギルの提案も魅力的だが、先ずは仕事だ。

ファーデンは宗教国なので、軍事以外の執務系統はパルナ大聖堂に併設されている建物に集められている。


大聖堂が中心となって行うお祭りは国民なら誰でも参加した事があるだろうし、軍人になってからは祭りの際の警備に駆り出された事もあるので、何度も来ている。


執務棟に入るのは初めてだけど。


受付で案内を受けて応接室に通されると、既に人が待っていた。


1人は初めて見る顔で今回の興行責任者だ。

もう1人は俺と兄貴の元上官でお世話になったオッさんがいた。


「久しぶりだな、ピアード。」


軽く頭を下げて対応するが、正解か分からない。

この人が来たって事は俺らの素性もバレていると言う事だ。

それなのに正式に公演の依頼として手紙を送って来ている。


どう思われているかが読みにくい。

だけどまぁ、俺に出来る交渉術なんて怒らせて冷静さを失わせるか、ヘラヘラするくらいしかねぇ。

結局どっちも怒らせるには変わりねぇんだけども、こっちの交渉ラインはブレねぇから関係ないし、こいつらは兄貴に袖にされるのは避けなければならない筈だ。


「あぁ、どうも…。

お久しぶりですね。」


気まずそうな表情を見せない俺に教官は不思議な様だ。


「初めまして、クレフと申します。

わざわざお越しいただきありがとうございます。


…いえね、素晴らしいヴァイオリニストが我が国の出身であるとお聞きして、それでお話を伺いたく。


そしたらお知り合いだと言う事でリアン君を連れて来たのですが…もう貴方は上司ではありませんので、お客様に対する態度では無いでしょう。」


「あぁ、すんません。」


「いや、俺らも黙って居なくなったから思うところがあるのはしかたねぇっすね。

やる事があったんで謝りはしねぇけど、理解はしてはいるよ。

手間かけましたね。」


「いや、構わない。

無事でよかった。

本当にそう思っている。」


そうだ、軍に入った俺らの兄貴みたいな人だった。

謝ってスッキリしたいけれどそうもいかない。


「それでですね。

公演の前に幾つか確認がありまして。


…ホールドウィンと名乗っているそうですね。」


来た。

これが本題だろう。

公演なんて二の次な国だ。

教義に音楽を愛せなんてないんだからな。


「えぇ、俺は違いますが。

兄貴はそう名乗って居ますね。」


肩が揺れている。

不愉快なのか、イラついているのか。


「その意味を分かっていないという事は無いですよね。

ファーデン出身ならば。」


「あぁ。

もちろん。

けどなぁ、兄貴に言わせればアンタらの方が偽物らしいぜ。」


言った。

これが核だ。


俺も兄貴も国に対して思うところがある。

しかし2人だけという事は無いだろう。


俺らは下っ端だから逃げられた。

そうもいかないまま機会を伺っている奴も絶対居る。

もしかしたら上に立つ人間の中にも、コロコロ攻撃的に変化していく教義に疑問を持つ奴もいるんじゃないか?


その候補がこのクレフとリアンだ。


リアンは俺らの教官だったので良く知っている。

死人を増やし続ける事に嫌悪と疑問を持っていた中の1人だ。


そしてクレフ。

彼は兄貴が言うには、最初にファーデンがおかしくなった時に疑問を持って一時離れた家の子孫だ。


「…偽物だと?」


さて、その怒りはマジなのか、演技か。


「ハンナさんやバーン君もそう言う筈だぜ。」


ピンと空気が張り詰める。


「おい、誰だ?

その2人は。

クレフ…?」


なるほど、2人は友人か仲間か、近しい間柄なんだな。

でもおそらく当たりを引いたらしい。


「…はぁ。

リアン、悪い。

待ち人来れりって奴だ。


感動的だよ。

まさか俺の世代で現れるとはなぁ。


じゃあ、持ってるな?

どっちかだ。

物か中身か。」


あぁ、聞いてるぜ。

俺じゃ無いけどな、受け取ったのは。


首から鎖を外してクレフへと渡す。

それは羽の生えた獅子の紋章。


ホールドウィン家の家紋だ。


「簡単に手渡すな馬鹿。

まぁ、返すよ。


でもな、それはお前らが思うより探されてんだ。

それで?

どこまで知ってる?」


「さあ、俺らはなーんも知らねぇが、ファーデンが、ファーデンフロイデがおかしくなってんのは知ってる。


やばいと思ったアンタのおばあちゃんと親父?

ひいおばあちゃんと爺さん?

つまりはハンナさんとバーン君が避難したのも知ってる。


マジに兄貴は呼ばれたと思ってるぜ俺は。

国の魂か、現状を憂いたホールドウィンのじいさんか、ハンナさんかはわからねぇけどな。」


「待て、整理させてくれ。

これを手に入れたのは兄貴の方なのか?

アプリードの方って事だな?


…それで、肩の木とヴァイオリンの腕はどうやって仕込んだんだ。

詐称でここまで名が届くものか?」


「仕込んだ…?

何言ってやがる。

ヴァイオリニストとして本当にやってるし、他国に噂が行くくらいの腕前にもなってる。

だからアンタらも呼びつけたんだろう?


肩の木は事故の時辺りの記憶が曖昧らしいから俺も兄貴もよく分からねぇが、本当に生えてる。

もう根が張って抜けねぇらしい。」


「そうか…。

分かった。

俺からしたらアプリードの存在が神話みたいなもんだ。


よしよし。


まずは公演の依頼を出す。

その後少し慌ただしくなるかもしれないから、予定を少し空けてくれ。


それで可能な日程を提示してくれたら、俺の方で合わせる。」


「もしアンタがこっち側ならそうなると思って空けてあるぜ。


9月27日。

分かるな?」


「そりゃ俺でも分かるぜ、ピアード。

建国記念日だ。」

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