第24話 梨の王 空白期の終わり


この街に来てしばらく経った。


大体10日スパンのスケジュールが定まってきて、生活している、と言う感じになって来た。


10日のうち6日は練習をして、2日は何処かで披露して、残りは休みとスポンサー関係の対応がある。


そう、俺にはパトロンが付いた。

ノースヴェンの親父が表に出せる商売の名前で金を出してくれることになった。

ギルバートは貴族としてサポートしてくれているし、主催する企画には呼んでくれている。

ノースヴェンに気を遣っているのか、不自然なほど金銭は渡して来ようとはしないが、楽器のメンテナンス用具や、専用の職人を紹介してくれた。


彼らは俺に何かを望んではいない様だが、丁寧に友人として、または家族の様に接してくれる。


ならばスポンサー関係の対応とはなにか。


ギルバートからの依頼で、シェリルの音楽の家庭教師を月に1度行っている。

シェリルのレッスン自体は別に講師がいるが、技術面ではなく演出やメンタル面での講師と言う事だった。


俺が世に出る演奏家になり始めて、一番多く褒められるのは表現力だ。


曖昧な指標だが、リリアンの所に長くいたことが活きているようで、あの時に鳴らした音を整然と説明され、頭の中に映像として浮かべるトレーニングが功を奏しているようだ。


もちろんそれが全てのミュージシャンに上手く作用するとは限らないし、本能のまま自分の中のものだけで弾き切るのに憧れないでもないが、向いていると言う話だ。

シェリルもそうで、俺との講義でレッスン内容を整理するというサイクルが上手くハマったらしく、ハンバート家の次女ではなく、シェリル・ハンバートとしての演奏も少しずつ出来つつある。


更にもう一つ、これはギルバートからもノースヴェンの親父からもそうしておけ、と言われたらことがあり、時間を取っている。


簡単に言うと、メディア露出を増やすことだ。


雑誌のインタビューを受けたり、大衆向けのおおらかなレッスンを行ったりの地域貢献や、広告を打つための打ち合わせに参加したりなど様々だ。


何故そうしなくてはならないか。


木が生えている奇異な見た目を、不気味や不快な印象から、見慣れることでネガティブなそれらの反応が反転することもあると言う。


意外な副産物としては、インタビューにて語った来歴は大衆の興味をそそるものだったらしい。


事故、記憶喪失、肩から木が生えている理由、古い名工のヴァイオリン、そして何より広めたいホールドウィンの姓と家紋の話。


記憶喪失を利用しての曖昧さで包んだ謎を含んだその話は大いに「そそる」ものだったらしく、1年が経つ頃には、街で有名なヴァイオリニストの1人と言っても過言ではなくなっていた。



・それではまず、インタビューをするにあたり、御礼を。


早速ですが、先日の演奏についてお聞きします。

従来のトーチロンドとはかなりテンポが違う構成でしたが、狙いや理由があったのでしょうか。


「ええ、ありました。

トーチロンドのトーチは松明として解釈される事が多い様で、つまりは自分の行く様を照らす希望の比喩として扱われる題材だとお聞きしました。


しかし私が全体的な構成を見て疑問に思ったのは、立ち向かうであろう場面、困難への描写が前半に偏りすぎていることです。


後半は柔らかく優しい曲調ですよね?

なので失われた作者の意図を考え直してみました。」


・希望へと進んだ先の安寧がメインテーマとして描かれる事が多いですね。

それでは、ホールドウィン氏はどういう意図で演奏をしたんでしょうか。


「私が考えたテーマはあまり抽象的ではなく、帰宅、の様なものでしょうか。


誰しも外で何かしらの困難に出会うでしょう、仕事だったり、学業、人間関係、原因は無限に存在しますし、そういう壁に当たった事のない方は居ないでしょうね。


トーチというものを松明ではなく、灯りと解釈して、例えば帰宅した際の安らぎなんかがつたわりやすいでしょうか。


トーチといえば、灯台なんかも思い浮かべる事が出来ますね。

海に出て周りに誰も居らず、孤独に働いて、それでも帰る事が出来る灯りが見えたならどれだけ救いになるのか。


そういう風に演奏したので、かなり違う様に聴こえたかと思います。」


・そうですね。

後半部のゆったりとした温かみのある表現は、その説明とぴったり合うかと思います。

通常よくある勇猛な前半部とは違い、おどろおどろしい演奏はどんな困難を想像していたのでしょうか。


「5、6年ほど自己の後遺症で記憶が曖昧な時期があり、今は改善しているのですが、またそうなる事への不安があります。


一度なったという事実はやはり重く、今大切にしている記憶、人との関係を失う事に対しての不安を人よりも感じているのでしょう。


それでも指針となる灯、私の場合、今はヴァイオリンでしょうか、それがそれを繋ぎ止めている様な気がしています。


なので私が想像した困難は孤独と喪失ですね。

抽象的に聞こえるかもしれませんが、はっきりした体験なので、自分ではかなり具体的なので。」


・なるほど。

現在は記憶は元に戻られているのでしょうか。


「ええ、おそらくは。


しかし…記憶というものは元々かなり曖昧なもので、思い込みなんかも入り込む余地がありますよね、そしてそれを証明する事が出来る方が少ないので、おそらくという言い方になりますね。


まぁ、一昨日の夕食なんかは思い出せませんがね。」


・確かにそうかもしれませんね。

小さい頃の話を両親から聞かされても他人事にしか思えません。


「ね?

それがある時以前が全部なくなったと考えたら少し怖さが伝わりますでしょうか。


怪我もしてましたしね。

怖かったですね。」


・怪我、と。

演奏面は素晴らしいと思いますが影響は無かったのでしょうか。


「どうでしょうね。

それこそ演奏なんてその日によって調子が違う不安定なものなのでね。

元々不安定だからこそ、救われるという事もありますよね。


今は隠していますが、肩にいつのまにか木が生えていた時は驚きましたね。


記憶が曖昧だとはいえ、明らかに異物でしたから。」


・よろしければ見せていただく事は可能ですか?


「上を脱いで良いなら。」


・失礼でなければ、お願いします。


「…どうぞ。

触ってみます?

本当に木だと思えないですよね、不思議で。


もう根が張り抜くのにはかなりの危険が伴うそうですので、このままにするしかありません。


生きているらしいのです、いつか花なんか咲く可能性もありますね。

一度診てもらった際にもありえないと言われました。

人体で植物が育つなんて、と。

今は運命かと思っています。

ファーデンを作った家系の私にファーデンの象徴である梨の木が生えてくるなんて。


出来れば故郷に恥じないヴァイオリニストになりたいですね。」


・目の当たりにしても信じられない気持ちです。

確かに本物の木ですね。

正直な気持ちをいうと、見る前は気持ち悪く感じるかもしれないと思っていましたが、いざ見るとどこか神聖なものに感じます。

なんというか、お似合いですね。


「ありがとうございます。」


・いえ、失礼いたしました。

ファーデン出身との事ですが、演奏する曲の中にはファーデンのものも含まれているのでしょうか。


「ええ、そうありたい所ですが、ご存知の通り長く戦時の国ですので、古い曲は失われつつあります。


幼い頃に習い始めた時ですら、敵対国家の曲は除外されていましたから。


家系に伝わるファーデン建国当時の曲もあるのですが、本国で聴いたことがないので不思議な思いですね。


いつか披露してもいいものかも迷っていますが、ファーデンが平和な頃の曲なので、もしかしたら積極的に演奏するべきなのかもしれませんね。」


・そうですね、私は聴いてみたいと思います。

もしかすると、貴方が演奏する事で伝わる何かがあるかもしれませんが、デリケートな問題ですので、強くは言えませんね。


次回のコンサート予定などはありますか?


「10日の内2日程度は披露の場を設けたいと思っていますので、よければお越しください。


もしお子様が演奏をしてみたければ、無料のワークショップも開いていますので是非。」


・そうなのですね。

私も息子がいますので、参加したいと思います。


本日は誠にありがとうございました。


「ありがとうございました。」



「ファーデンの曲ってどんなのなのよ。」


「え?

ないよ、そんなの。

作るしかない。」


「えぇ?

兄貴も吹かすなぁ!


でもそうなぁ、そんなのが発見されたら良い宣伝になるわな。


出来たら聞かせてくれよ。

突っ込まれないように研究しないとな。


ほら、流行りとか時代で違うだろ?」


「そうなんだけど、素案はあるんだよ。

まぁ大丈夫だと思うよ。

複雑にはしないから。


過去のファーデンが出来ていく様子を知っているからね、大幅に違わない様に作るさ。」


「俺は任せるしかないしな。

しかし、少しは顔と名前が売れてきたな。


そろそろファーデンにも伝わっている頃かね。


…親父やお袋、ミモザなんかはどう思うかな。」


「…さぁなぁ。


少し危惧してたから直接ファーデンに行かなかったのもある。


今となっては正解だったな。

名前が売れてからだと、そんなものただのゴシップとしてしか扱われないだろう。


まぁ、こっちからは接触しないで待つさ。

種を蒔けるだけでも、俺の人生はいい。

次代がなんとかしてくれるさ。


ワークショップで子供と接する機会が増えてな、昔は子供が苦手だったんだけど、凄いぞ、子供は。


簡単に俺より凄いやつが出てくるさ。」


「はっ、そういうもんかねぇ。

…俺は兄貴が成し遂げて欲しいけどな。


信頼してるし、努力も見ているから。」


「そうか…。

やれるだけのことはやるさ。


ありがとな。」


「おー…。」



「アプ、近頃のリッヒは凄ぇなぁ。

オイラも最近またやっと聴けたぜ。


…お前が震えたのも分かるよ。

何というか、上手いのは上手いので間違いねぇが、伝える力が凄ぇな。


お前のことも知ってるし、めちゃくちゃに練習してるリッヒも知ってるからよ、涙が止まらなかったよ。


一枚噛ませろとは言わねぇが、協力はさせて貰うからな。

アイツの経歴に傷がつかない様に気は使うが、もしバレたら許せよな。

まぁ、あの兄ちゃんはあんまり気にしなさそうではあるけどよ、そういう悪意から守るのがお前の役割になると思うぜ。


マフィアなんだから、躊躇すんなよ。


悲願もあるんだろう?」


「分かってるよ。


今となっちゃ俺の悲願でもある。

ファーデンをひっくり返すのは。


悪いけど、これから喧嘩の売り先もデカくなると思うけど、許してくれよ、親父。」


「はっ、息子のヤンチャくらい受け止めてやるから、相談しろよ。」


「あぁ。

悪ぃ。」


「それでよ…次はいつだい?」


「は?もしかしてそれで呼び出したのか?

半年前くらいに初めて演奏を聴いてからというものの、仕事ほっぽらかして通い詰めてたそうじゃねぇか!


だから教えるなって言われるんだよ、親父よ。


おっさん達から、せめて2ヶ月に一回くらいにしちゃくんねぇかなって言われてんの!


内緒だよ内緒。

教えたら教えた分だけ馬鹿みたいに通うんだから。」


「馬鹿とはなんだこの野郎!

良いじゃねぇか減るもんじゃねぇんだから…。」


「減ってんだよ、おっさん達の髪の毛が、心労で。」


「だっはっは!

そりゃあんまりだな。


なら皆んなでいこうかぃ。

そうしたら心配なんてねぇだろうがよ。」


「興行打ってる側からの意見として却下だ。


あんな見るからに悪そうなオヤジを引き連れてみろ?

せっかくついた女子供のファンが泣き出しちまうって。」


「あぁ…まぁ、そりゃそうだな。」


「それにおっさん達もちょくちょく来てるぜ?

親父だけだ。

こんな制限されてんの。」


「はぁ!?

許せるかってんだよ。

誰だ?

誰が一番通ってんだ?

あぁ?」


「教えねぇよ…。

恨むんならハジけ過ぎた初めの頃の自分を恨むんだな。

他のマフィアとの会合までバックれやがって。


親父はって聞かれて、モゴモゴしてるおっさん達を想像してみろよ?

可哀想だろ。」


「うるせえ!

こうなったら自分で探して行くからな!」


「出来もしねぇこと言うなよ。

家来衆に任せっきりで自分でやった事なんてないだろ。」


「なら、スヴェン辺りに任せてだな…。」


「そのスヴェンさんが一番危惧してんの。

諦めな。

往生際の悪い。」


「…あの堅物が…!


…もしかしてスヴェンが一番通ってるんじゃねぇだろうな。」


「…いや。」


「アイツ!

オイ!

スヴェンを呼べ!

急ぎだ!」


「だぁ…!

悪りぃ事したな、スヴェンの旦那に。


でもよ、仕事はキチッと片してから来てるんだから文句ねぇだろ。」


「はっ!

親が黒と言やぁ黒なんだよ。」


「…マフィアの親分みたいなこと言うなよ。」


「マフィアの親分だってんだよ。」

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