第40話 翆色の革の表紙の本 姿は変われども


辿り着けない。


そう結論が出るのは資料館よりかなり手前での事だった。


道が切断されたように途切れて、先には砂漠が広がっている。

何もなくなっているのだ。

見渡す限りの砂。


地図ではここらに小さな宿場町があるはずなのに。


「おいおい、フリオ君。

信じられるか?」


「…吐き気がしてきた。

これも太陽の石のせいなのか?


いや、まだ分からないか…。

分からないが、こんな現象を見たことがないから、未知の存在であるアレを連想してしまう。」


砂漠の砂を触ってみるが、何の変哲もない砂に感じる。

サラサラと風で流れており、元からそこは砂地であったかの様だ。


とりあえず瓶に詰めて持ち出し、組成を調べてみる事にしたが、それよりも。

そんなことよりもだ。


サイェスは無事なのだろうか。

サンダンドはそればかりを考えていた。


今なら生きている可能性はある。


彼の仕事を考えると、発光した時間帯に地下にいた可能性があるからだ。

夜中なので、普通なら床についているだろうが、研究者に昼夜は合ってないようなものなので、興が乗って地下に居続ける可能性はゼロではない。


砂地の先を見つめていると、バスに乗るように促された。


車両では進めない。


車輪というものは、整備された道以外にはとても弱いのだ。


どこまで続いているかはっきり分からないところをいつ故障するかも分からない乗り物では進めないのは当然だ。


その夜、サンダンドは姿を消した。


地図と睨めっこをした結果、やはり現在地は元々宿場町があったところの少し手前である。


そこから徒歩で6時間ほどで資料館へと到着することが出来る。


何の問題もない。


幸い旅装はカバンに詰めてきている。

水と食料はバスから頂いていけばいい。


フリオのネクタイピンは磁石で挟むタイプなので頂いていけば、方角も分かる。


何の問題もない。


バスで眠るフリオに近づき、ネクタイピンをむしり取ると、フリオが


「行くのか。」


と言った。


「あぁ。

未知が広がっているのに黙っているのは学者ではない。」


「ふん。

心配なのだろう?

そのネクタイピンは貸してやる。


そのうち返しに来いよ。」


「うん。

覚えていたらね。」


「はっ。

それでいいとも。」



砂漠を歩くのは想像よりも大変だ。

単純に歩きにくいし、遮るものがないので風も日射も強い。


「ふむ。

しかしアレだな。

やはり自然に出来た砂漠では無いのだろうな。


そこまで暑くも寒くも無い。

今後は気候も変わって行くのだろうが、大陸中央部の気候がそんなに大きく変化するとも思えないからな。


砂漠にしてはマシなのだろう。


聞いているかね?」


サンダンドは砂の段差で出来た日陰で休みながら、そこに偶然いた虫に話しかけていたが、反応は今ひとつである。


「ふふ。

やはり物足りんな。


…はぁ、馬鹿みたいな衣装は置いてくるべきだっただろうか。


これだけで1キロ以上ありそうだ。」


水を含みまたノロノロと歩き出すサンダンド。

高齢に差し掛かる彼を動かすのは、友人の安否が気になると言う1点のみだ。

ある意味では学者らしい、知りたいという気持ちが彼を動かしている。


死んでいるなら死んでいるで、生きているなら生きているで、どちらでも受け入れる準備は出来ているが、分からないというのは耐えられない。


それが一歩踏み出す力となっていた。


バスから抜け出して四半日程で、見覚えのある建物が見えてきた。

砂漠の中にポツンと資料館が見える。


おかしい。

周りには田舎なりに建物がそこそこ建っていた。

それらがあったであろう場所はやはり砂漠になっているが、資料館だけがポツンと記憶のままの姿で建っている。


ここまで歩いてきて想像したのは、太陽の石が大爆発を起こした可能性だ。


全てを灰にしてしまう程の大爆発。

砂に見えるのは、実は灰なのではと疑っていた。


もしなんらかの奇跡的な環境的要因で守られたとしても、破壊されていないのはおかしい。


確かに大爆発というのは納得できない部分がある。


砂漠の入り口は切って取られたように真っ直ぐ境目があったし、動植物は見なかったが虫はそこそこ見る事ができた。


不思議なことばかりだ。


資料館の前には小さな泉が湧いており、そこで顔を洗って中へ入ろうとした時に、ふと思い出した。


「先生、水場が遠いのがここの1番の不満点ですね。」


サイェスがそう言っていたのだ。


まるで彼が望んだからここに水が湧いた。

そんな様な気さえしてくる。


扉を開ける際も違和感がある。


何と言うか、扉の飾り彫が曖昧なのだ。

確かに均整はとれているが、記憶と違うし、意味のある彫り物だったのに、意味がつながらなくなっている。

サンダンドは自分の記憶を疑うことはない。

かなり正確に思い出せるからであるが、その正確な記憶との差異が入る前からかなりある。


だんだん分かってきたぞ。


扉を潜り、資料室を通る


資料室には何の違和感もなく、棚の様子や、いつ付いたのかが分からないインク汚れや傷も、記憶そのままだ。


そのまま自室へと向かう。

思ったとおりだ。


サンダンドの部屋はかなり曖昧な作りになっている。

棚に置いていた、猫の彫像は犬の彫像になっているし、プラルリリナラ族の仮面は、それっぽいが全然違う。

緑大隼の羽で装飾されていて、かなり特徴的だったのだが、これはどう見ても大きなインコの羽だ。


なるほどなるほど。


何故かペン立てのペンはかなり正確だが、軸は普通の物を使っていたが、一本だけペン先が金で作られたものがあったが、普通のペン先に変わっていた。

趣味という訳ではなく、記念品で貰った重くて柔らかすぎて普段使いにはとんと向いていない物であったが、サンダンドはよく覚えている。


ふふ。

アイツは文具が好きだったからな。

ブランドや何かは覚えていても、特殊なペン先までは覚えていないのだろう。


机の下を触るとツルツルで、手慰みに彫り込んだ宇宙図は消えていた。


つまりは、ここは偽物だ。

この資料館自体がそっくりな何かに置き換わっている。


そしてそれも、物の記憶だとかいったものではなく、明確に一人の記憶を礎にして出来上がっている。


サイェスが欲しがった物、よく使った物はかなり再現されている。

逆にサンダンドの部屋の様に、サイェスが関わらなかった物、ドアの意匠のようにあまり興味を持っていない物はかなり曖昧だ。


サンダンドはサンダンドの偽物が我が物顔で歩き回る様を想像したが、そんなものは存在しない様だった。


サイェスの部屋に向かうと、前日まで行っていたであろう作業がそのままにされており、熱いコーヒーが熱いまま置かれていた。


「凄いな。

そうか、保管の力と考えれば、温度もそのままなのは当然か。」


日記は光った日の前日で終わっている。

…もしかしたらサイェスはいないかもしれない。


この時初めてサンダンドはそう思った。


もし生きている可能性があるなら地下だ。

曖昧ではなく、ハッキリとした地下へと降りて行くと、目を見張る光景が広がっていた。


本、本、本の山である。


一体何冊あるのだろうか。

見渡す限りの本。


光が現れたのが4日ほど前だろうからたった4日でこの量が…。


本を丁寧に避けながら進んでいくと、祭壇にしようと思っていたテーブルに男が一人寝ていた。


髪はなく、中は裸だが、白衣を着ている。


なるほど。

確かに髪型に頓着はなかったし、服装にも興味はなかったが、白衣はお気に入りのブランドがあったな。


じゃあこれはサイェス君であり、サイェス君ではないという訳か。


「君、起きたまえ。

帰ったよ。」


そう声をかけると、髪のない男はゆっくりと起き上がり辺りを見回した。


「先生。

…先生?


…なんだ。

なんなんだ。


誰だ。」


記憶もやはり曖昧な様だ。

真似っこの人形には、人の膨大な記憶の処理は重たかろう。


「君は誰だい?」


「私は…。」



地下には、サイェスが想像していた通りに気がふんだんに生えており、中でも不思議なものは一番大きな木だった。


日記を読んで分かったのだが、彼は謎の種を世界樹だといいな、なんて思い込んでいたらしく、それが反映された形なのだろう。


地下から地上を支える巨大な樹木。

切っても減らず、丈夫で加工がしやすい。

葉には薬効があり、様々な病を治すと言われている。


そんな伝説がある木だ。

試しに葉っぱをお茶にして飲んでみると、信じがたいほど苦かったが、体の調子は良くなった。


そしてなにより助かったのは、家畜と野菜が実っていた事だ。


多分これもサイェス君が考えていたのだろう。

こんなに広いなら、色々育てて自給自足が出来るのでは、なんてね。


鶏を捌いて食べた翌日、昨日と鶏の数は変わっていなかった。


ここはサイェス君の願い通りの建物となり、その時で固定されている様だ。


ただ本は別で、サイェス君の意思だが、サイェス君とは関係がない様だった。


端を破ると破れたまま。

中身も何となく知っている人の豆知識や生活の知恵みたいなものが多く、それらはおそらく混ざった物なのだろう。


サイェス君が基準なのは間違いない。


しかし、巻き込まれていなくなった人は山ほど居る。

彼らの知識を勿体なく思ったのであろう。

そういう奴だ。

じゃなきゃこんな資料館の計画など立てないだろう。


砂漠化してしまった所は、おそらくサイェス君の中に何にも印象が無かったのだろう。

あれな砂漠ではなく、無だ。

nullというやつで、何も設定されていないという訳だ。


サイェスが元になったであろう彼は、地下の大量の本を毎日毎日本棚に収め続けている。

彼なりの基準があるらしく、丁寧に、ゆっくりと。


「よかったね、本棚が沢山あって。

収められない本が出るなんて可哀想なことにはならなさそうだ。」


「うん。

こっちは農業系で、こっちは生活、こっちは政治そういう風に分けたいと思うのだけれど、父さんはどう思う?」


「君が運用して行くんだ。

好きにしたらいいよ。」


「そうだね。」


彼は僕を父と呼ぶ。


何故か。

心当たりがいくつかある。


一つは僕がサイェス君に自分の子供のような感情に近いものを持っていたように、サイェス君が僕のことを父の様に感じていた可能性だ。


もう一つは、サイェスが飲み込んでいた太陽の石が、一度僕を経由していたから、というのも考えた。


ともかく、僕には息子が出来て、責任ができた。


先ずは文字と本の修繕を教えよう。

そして、国から貰ってきた心得も彼に修めさせよう。


ここは資料館では無くなるのだから。


王の印章もある。

司書任命権は僕にあり、筆頭司書のバッチもある。


驚かせようと思って黙っていたが、これも用事の一つだった。


ここは国が認めた私立図書館になるのだ。


運営費や様々な融通が利く予定だったが、今となれば無駄になった事だろう。


しかし、司書と図書館というサイェス君にも、息子にもぴったりな肩書をあげたい。


知識の運営者として過不足なく生きて行って欲しいと思う。


気掛かりもある。

名前をつけられない事だ。

サイェスとは呼びたくないが、サイェス以外でも呼びたくない。

ついいつも通り君、と呼んでしまっているが、歯がゆい思いもあるのだ。

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