第39話 翆色の革の表紙の本 消失


久しぶりに遠出をした。

弟子のサイェスの案で地下にも祭儀場を作成して、そこを授賞式の場にしようという提案の中で、地下に木を生やしたいという荒唐無稽なアイデアを実現させるために、隠し持っていた太陽の石の破片の中でも大きなものを回収しようと、前に使っていた研究所の隠し倉庫へと赴くためだ。


偶にあの子は突拍子もない事を言うから面白い。


祭儀場が必要になった経緯だって、あの子が論文を独自の評価値でまとめていたのを面白いと思ったからだった。


今までは革新性や、大金が動きそうな研究ばかり優先されてもてはやされて来たが、あの子の考える「役に立つ」という、見ようによっては曖昧な基準で選別すると、中々新しい物の見方が出来た。


その象徴として初めに料理法の研究からの受賞作を作ったが、あれのおかげで様々な分野、とりわけ日の目を見ることがなかったが別の分野と繋がることができれば発展の見込めるものも発掘したといっていい。


そもそも資料館を作ると言い始めたのも彼で、彼の基準はやはり役に立つという事なのだろう。


不思議だ。


当たり前のことなのだが、研究者が好奇心や承認欲求く

見失いがちなその視点を持っている彼を尊敬している。


ただ、自分で言うのもなんだが、僕の様な面倒な奴の弟子になったのが運の尽きだ。


彼の為に金を集める事くらいしか手伝えないし、面白そうだと思った事を無理矢理前に押し出すことしか出来なかった。


まぁ、しかし、彼に任せれば、それもいつしか人の役に立つ事に発展させてくれるだろう。


始めは1週間程で帰ろうかと思っていたが、久しぶりに街に出ると色々発見がある物だ。


新しい発明品やら、ヘンテコな物語やら、流行りの服やら。


僕らにはあまり必要がないので、いつも同じような服装ばかりだが、せっかく権威になったのだ。


彼にもそんな服装をさせてみたくなった。


襟が馬鹿みたいにデカいなんの機能性もない華美な刺繍のジャケットを着ている姿を想像すると、それだけで面白い。


多少帰るのが遅れても問題はないだろう。


幸い田舎で使い道もなかったので、金はある。


サイェス君の苦笑いが楽しみだ。

いくらかかってもいいから、肖像画の王様も白目を剥くような馬鹿馬鹿しいほど豪華な衣装を仕立ててやろう。


首の折れそうなほどジャラジャラと装飾された帽子や、靴としての機能を全て失って、ただ歩きにくいだけの靴も仕立てよう。


ははは。

楽しみだ。


結局仕立て終わりまで1ヶ月近くかかり、目処がついた所でそろそろ帰ると手紙を書いた。

アホが着る服を着させて機嫌を損ねてはいけないので、かなりの業物のナイフも買って行ってやろう。

新素材で研ぎなどもいらない紙用のものだ。


冊子やまとめた本を自分で装飾する事を趣味としているので、文句を言いにくくするのにはコレがいいだろう。


まぁ、服にかかった金額を言えば、渋々でも着る事になるだろう。

庶民の家が立つくらいかかったからな、この嫌がらせに。


翡翠色の革の羽織は傑作だ。

染め職人は何を思ってこんなギンラギラに染め上げたのだろうか。

一度伺ってみたい。


…僕には家族はいないが、サイェスの事を息子同然に思っている事は否定できない。

彼の幸せを願うし、その為に力になりたいと思うと同時に、ちょっと困らせてやりたいイタズラ心が湧いてくる時もある。


家族ってそういうものだろう?


そう考えると、もう一つやってやりたいことが出来てしまった。


そっちは申請したら直ぐに完了するだろう。

もう一目置かれているので、問題ないはずだ。


これは多分喜んで貰えるだろう。

…プレートだけ用意してやろうかな。

正式なものは少し時間が掛かるだろうが、肩書きだけでもね。

館長と呼ばれるのは嫌がるかもしれないが、こっちなら喜ぶと思う。



明日、帰路に着こうと考えて宿をとって休んでいると、窓から強烈な光が見えた。


始めは稲光りかと思って外の様子を伺うが、雨の形跡は無さそうだ。

雲が擦れあう静電気で起きる自然現象なので、雨が降っているとは限らないと理解はしているが、何故だか不安な気持ちが止められない。


同じく窓から顔を出していた宿屋の店主に何があったか聞いてみたが、分からないし、初めて見たそうだ。


資料館行きの列車に乗ろうと駅へ向かうと、その路線は封鎖されていた。


駅で売っている新聞を何誌も購入して読んでみても原因らしい事は書いておらず、周りの乗客も困り果てており、駅員の説明も要領を得ないものだった。


今いる街と資料館の間くらいからやって来たという男に話を聞いたところ、夜中に急に何処かが光って、その先に進むことが出来なくなったらしい。


彼も事情はわからず、ただ引き返せという勧めを聞いて、ここまでようやく戻って来たところだという。


仕方がないので、他の移動手段を取るしかない。


気は進まないが、一番早いのは飛行船だ。

一度資料館を飛び越える事になるが、逆側の街へ降りて、そこから列車で半日で到着することが出来る。


いい加減早く帰りたい気持ちが募ったので、飛行船のターミナルへ向かうが、こちらも様子がおかしい。


そろそろこの街に到着する予定なはずだが、その様子がなく封鎖されている様で、入り口に兵士が立っており、中の様子は伺えない。


しれっと入ろうとするが無言で止められて通してはくれなさそうだ。


どうにか言いくるめて入ってやろうと思考を巡らせていると、中に白衣の男がいるのが見えた。

いつか何処かの研究会で見かけた男だ。


「君!久しぶりじゃないか!」


「サンダンド先生!

先生も呼ばれたんですか?

兵士さん、大丈夫ですよ!

この人はこんな感じでも研究者で偉い先生ですから。」


ジロジロと見られてはいるが今度は素直に通してくれたので、お礼に肩をポンと叩いてやると、小さく舌打ちが聞こえた。


中では白衣を着た学者が集まっており、かなり見知った顔もある。

右往左往しているのは、空港職員だろう。

…そして真っ青な顔で項垂れているのは、フリオだ。


どうやら飛行船に何かあったらしい。

いつか事故が起きるとは思っていたが、それが今か。


「しかし先生、話を聞きました?

突然消えてなくなるなんて、信じられませんよね。」


話を聞くところによると昨夜の光はやはり雷ではなく、飛行船が猛烈に発光したものらしい。

原因はいまだに不明で、その後から飛行船は行方知れずだ。


管制はすぐに異常を察知して、国へ通達。

開発者のフリオやめぼしい学者が招集されたとの事だった。


これから光った地点を見た人を繋いで現地を見に行くのだという。

好都合なのでそれに同行させてもらって、資料館の辺りでドロンと消える事にしよう。

僕を目の敵にしているフリオは、あの様子だと他人に文句を言っている場合ではないだろう。


しかし…原因はまず間違いなく太陽の石だろう。

それ以外にこんな現象が起きる事の想像がつかない。


「フリオ君、君はこうなると予見していたかい?

アレの事を何処まで知っていたのだ。」


私はフリオの近くに寄り、そっと話しかけたが俯いたままだった。


「フリオ君、フリオ教授。

君も科学者なら、太陽の石が原因だという事は可能性の一つとして頭にあるね?


アレの性質を教えてくれないか。

僕よりかなり熱心に研究していただろう?」


「サンダンド…。

わからない…わからないんだ。

出力を上げる研究はした。

それを維持する研究もしたが、無駄だった。

何も変わらないのだ。


結局私は動力源ではなく、動力を効率よくしたに過ぎない。

アレに関しては殆ど何も…。」


「君はそれでも学者か?

わからないのは構わない。

僕だって殆ど全部何もわからないからな。


意見を出せ、推察でいい。

研究したのだろう?

話し合おう。

移動中はどうせ暇だ。


アレがなんなのかの推察が立てば何が起こったかの推察が立つ。


君らも!

あの太陽の石の研究に携わった者はいないか!

知っている事を照らし合わせようじゃないか。


ふふ…。

資料館に論文として残るくらい、考察を深めてみようじゃないか。

大賞を取ってやろう。

1000万ルバンだよ?

豪遊してやろう。

酒池肉林を開いてさ。」


その日の夕方から移動が始まった。

各々のバスに乗り込みあーでもないこーでもないと話をする。


「ふむ、するとサンダンドはアレが生物だというのかね。

一見鉱石だし、特徴も鉱石的なところが多数あるというのに。」


「そうだよ、フリオ君。

いや、分類の話だけどね。

矛盾しているだろう?

エネルギーを含んでいるのはいい。

熱を加えられればよく燃える石だってあるからね。


でもさ、アレは余りにも目減りしないだろう?

何処からかエネルギーを集めている以外考えられないんだよ。


エネルギーを集める有機物という点で生物だと言っているんだ。

言うなれば、宇宙人って訳だね。」


「宇宙人か…。

てっきり私はタコ型かと思っていたね。


…あり得る、とは思う。

何かを得ていないと、何かは吐き出せないからな。」


「一度ね、アレを食べてみたことがあるんだよ。

小さな破片をね。


普通に3日後に吐き出してしまったよ。


それも不思議でね。

普通排泄されるだろう?

下からさ。


でもアレは3日も立って口から出て来た。

意思がある様に思ったのはそれからさ。

…あ。」


「とんでもない事をしているな、君は。

…その、あ。はなんだ。

何をしでかした。」


「いやね、そういえば内緒で弟子の食事に混ぜて食べさせたのを思い出した。

サイェス君がもし口から吐き出していたなら、僕が犯人だと確信して抗議してくるタイプだから、出たなら言って来ているはずだ。


でも、今だに触れられたことがないね。」


「…人でなしだな君は。

普通に排泄されているのではないか?

いつの話なのだ、それは。」


「…排泄されているといいね。

僕の時は急に下腹が熱くなって、口に迫り上がったと思ったら出て来た。

それまでなんの異変もなかったのにだ。


拒絶されたみたいだろう?

僕が、石に。


…食事に混ぜたのはいつだったかなぁ…。

そうだ!

あれはマーサ婆さんからビーフシチューを頂いてね。

サイェス君は好物なんだよ、ビーフシチューが。


いつもはモサモサモサモサとノロノロ小さな口で食べているからバレるだろうと控えていたのだけれど、ビーフシチューの時は大匙で口一杯に含むからバレないと思って入れたんだった。」


「…そうか、まぁ、美味いよ、ビーフシチューは。

だからいつの話だ?

そのマーサさんにお裾分けされたのはいつの話だというのだ。」


「はぁ、マーサ婆さんはね、2年前に亡くなっているのだよ。

あれはいい葬式だった。

死ぬまでチャキチャキと働いていてね、ある日起きてこないと思って様子を見に行くと眠る様に息を引き取っていたらしい。

僕もそういう最期がいいね。


だからそれより確実に前だ。」


「そんな前なら確実に排泄されているだろう?」


「分からない。

石が気に入ってしまったなら、まだ下腹にあるかも知れないよ。

彼はいいヤツだからね。」


「まあ…君が拒絶されるのは分かるがね。」

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