第38話 翆色の革の表紙の本 変換


サンダンドの友達作りに巻き込まれて3年、世間からも権威ある賞として認められて、科学者達からの尊敬を集めた結果、引っ越してはどうかと言う勧めを貰った。


資料館は大陸のまん真ん中に位置しており、交通の便がいいとは言えないし、現在の建物は人を招くのに適してはいない。


それも当然で、サイェスがサンダンドに提案して、2人きりで立ち上げた閑職の研究所なのだから、建物は新しいがそれ以外は寝室が二つと執務室が一つ、壁一面に大量の本棚があるだけだ。


その資料館のある街も3万人規模のそこまで大きな街ではなく独立した街で、後ろ盾の貴族も王族もいない浮いた土地だった。

大会を開く会場にもそんなに多くの人は入らない大きな集会場という風情な箱だけなので、豪華絢爛とは程遠い。

研究者によっては、それがいいとか、研究結果のみを讃えるのには丁度いいと感じるものもいるようだが、権威がついてくると、質素は美徳では無くなってしまう。


資源もなければ山に囲まれているので交通の便も悪く、豊かな川と畑があるばかりの田舎なので、他にも人を集めるような施設はない。


土地の安さと住民の気質が気に入ってサイェスがここを選定して建てたのだが、想定していた郵送での資料のやり取りのみでは無くなってしまったので、確かに言われる通り大都市に移動した方が便利が多いように思う。


「どう思います?

一理あるとは思いますし、お金は出してくれるようですけど。」


「ここの人らは中々愉快な奴らだし、僕らのようなヘンテコな研究者も受け入れてくれたからね。


…ふむ。


面倒だしこのままでいいんじゃないか?

なんだったらもっとクローズに授賞式を行って、権威を暗幕に隠せば、勝手な想像でこわがったり、敬ったりしてくれるかも知れないよ。」


「そうですね、それに変に偉い人のお膝元じゃないから好き勝手論文を選定出来ているのもありますしね。


寄付もなんだか異常な程集まっていますから、何処かに儀式場みたいなものを作って授与と授賞だけを目的とした小さな場所をつくれば、それで事足りそうですね。」


結果的に、建物の地盤が緩んできた調査をした際に見つかった、地下を拓くことにした。

周辺の山々から流れる地下水が溜まっており、それがさらに何処かへ流れていって、どこまで続いているのだか分からない地底湖と、広大な空間が出来ていたのだ。


資料室から降りられるようにして、地底湖を望む祭壇を建てれば、それだけで良いような、そんな風景だった。


「これは厳かですね。

自然の畏怖を感じられますよ。

出来れば木なんかも植えたいところですが、地下なのでそうも言ってられませんね。」


「そうだね。

…木ね。

確かに素敵だ。


少し出掛けて来るよ。

10日くらいで戻るから、ここに似合いそうな木を見繕っておいてくれよ。」



また投げられた。

木、木、そう言えば、論文の研究と一緒に、謎の植物の種が送られて来ていた。


タネは固く何のタネだか分からないが、どうやら広葉樹だということは、特徴からわかるらしい。


こういうよく分からないものを植えるのも楽しそうだ。


ほかはブナとか、トネリコとか、アオダモなんかの広葉樹をたくさん植えよう。


早速植物学者と、園芸店とやりとりをして、木の選定を行う。

10日ほど出かけると言った先生は2週間経っても戻って来てはいないが、小包が届いた。


中を開けると拳大の太陽の石が入っていて、手紙を読むと、最初に見つかった際に砕けていた破片の中でも、飛行船の動力に使われているものを除けば一番大きなものらしい。


前の研究所に隠しておいたらしいコレを、地下の天井にはめておけば、木は育つだろうということだった。


隠しておいた所は密室だったのにも関わらず、大量の植物が生えていたらしい。


前の砂つぶのような太陽の石は先生がまだ持っているのだろうか。


言われた通りにすると、植物には好評らしく、地下にも関わらず問題なく育っている様だ。


端の方で畑でも興せば、ここだけで自給自足出来そうだ。

そうなるといよいよ出歩かなくなりそうなので、考え物ではあるが。



一月ほど経ち、先生からそろそろ戻るよ、手紙が届いた。

一人での論文の選定も行き詰まっていたので、出来れば早く帰って来て欲しいものだ。


その日も夜遅くまで論文を読んでいて、深夜の冷たい風を浴びるために外へ出ていた。


コレは僕の趣味だ。


田舎の真っ暗な中で、熱いコーヒーを片手に、星を見ながら身体と頭を冷ます。


ゆっくり飲みながら身体の中が温まれば、意外と外の寒さに負けないものだ。

一度うとうと仕掛けてしまって、風邪をひいてからはなるべく立ったままいようと心掛けてはいるけども。


パッと空が光った。

その光はとても強く、眼が焼けるようだった。


まるで直接脳に焼き付けられたかの様に白く残る。

瞬きをしても白い。

目を瞑っても、目を開いても白い。


手で目を覆っても、腕で目を隠しても白い。


…そもそも体を動かしている感覚がない。


引き伸ばされている様な、ぎゅっと縮められている様な、めまいの様な感覚が身体に巡る。

お腹の下の方が熱い。


あぁ、こんにちは、マギーおばさん。

なるほど、そうやって野菜は作られていたんですね。

毎日毎日大変だ。


…ん?

あぁ!

クッキーか!

たまに頂く、ジンジャークッキー!


思った3倍、生姜も砂糖も入っていますねぇ。

なるほど、それがあの辛味と甘味の調和を生んでいるのか…。


おぉ!

リッタ君!

この前は風で飛んできたもので傷がついた壁の修理をしてくれてありがとう。


はぁ、木の目を読んで使わないといけないのだね。

そうしないと曲がったり折れたりしやすくなるのか。

知らなかったよ。


トムおじさん。

なんだよ。

またこの曲が弾ければモテるなんていってんのか。


そりゃ酒場ではウケがいいだろうけどさ、うら若い少年を引き摺り込むのはやめろよ。


あ?

いや、確かにそうだけど。

ワクワクはしちゃうよね、トムおじさんと一緒にいる女の人って、いつも、なんというか、目のやり場に困る感じの人ばっかりだし。


楽譜?

…確かにね、残せるものなら残した方がいいかもね。


あ、エリーさん!

風邪薬、ありがとうございました!


先生が腰をやった時に野垂れ死にそうになってたのを助けてくれたとか。


はぁ、なるほどねぇ。

確かに簡単な手当なんて誰でも覚えるべきですよね。

誰がいつどうなるかなんて分からないもの。



…そうだ。

そうだ。


そうだ。


僕がみんなの知識を残そう。

優秀な論文が知識の全てでは無いのだ。


あぁ、みんな、力を貸してください。


僕に、知識を。


僕が残します。

みなさんを。


急に奪われた、みなさんを。


あぁ、下腹が熱い。

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