第41話 翆色の革の表紙の本とリリアンとラブリーデリ


「君がもし、優秀な司書になったと感じたらこの箱を開けたまえ。」


それがサンダンドの遺言だった。


20年近く二人きりで過ごし、サンダンドが眠る様に亡くなった後、彼は何もなくなった様に感じてしまった。


それに、20年という年月でサンダンドと自分の時間の進み方が違うのだということも気がついた。


自分はサンダンドとは違うのではないだろうか。

もしかしたら、この本の中の人たちとは違うのでは無いだろうか。


そんな気持ちが深まって行くとともに、虚無感を感じていた。


サンダンドが亡くなってから10年ほど一人で過ごした後に、急にとても寂しくなった日があった。


いつもは本を読んでいれば満ち足りていたのに、その日だけはどうしても寂しくなって、サンダンドの部屋へ行き、何もせず立っていた。


どのくらいぼーっと立っていたか分からないが、何かが崩れる音で我に帰った。


急いで音のした方へと向かうと、屋根が壊れており、少し時間を空けて人が落ちてきた。


始めは屋根に引っかかっていたのだろうかずるりと落ちてきて、わたわたと受け止めると頭から血を流しているのが分かった。


それが初めてのお客さん、図書館の利用者だった。



サンダンドは迷っていた。


図書館の司書となることが決まっていたために、その制服用に買ってきた白いシャツ、黒いベストと黒いスラックス、金色のバックルが付いたベルトは彼に着させた。

同じものを5着買ってきているので、気回せばかなり長持ちするだろう。


素材が自己修復機能を持っており、一生使えるという触れ込みだったので長い間使っていけるだろうが、10年ほど一緒に暮らしていて、もしかしたらこの子は長寿などという生ぬるいものではなく、いつまでも永遠に老けたりしないのでは無いかと思った。


自分はあと何年かで死ぬ。

人というものはそういうものだ。

仕方がない。

仕方がないのだが、この子はそれからずっと一人なのだろうか。


ずっと。

永遠と思える生活をただ一人で過ごして行くのだろうか。


そう思うととても悲しく心配になった。


たった一つだけ救いがあることがある。

ともに過ごしていて気がついた、たった一つの希望。


この砂漠は、この子そのものだということだということだ。


この子は太陽の石そのものらしい。

それは間違いない。


太陽の石についての考察は色々考えたが、消失する性質のものだとは考えにくい。

ならばどこへ消えたのか。


腹に太陽の石を持ち、後で気がついた事だが、サイェスの普段寝ているベッドの丁度真下辺りに地下の太陽の石があったらしい、その男は飛行船のあの巨大なものから見た場合どう見えたのだろうか。


落ちてきた石を拾い集めた時に僕らは勘違いしていたのではないだろうか。

大きな石から割れてこぼれ落ちた中くらいの破片と極々小さな破片。

それ自体が勘違いだったのではないだろうか。

あれらは個別の生命体で、言うなれば家族の様なものだと考えると自然だ。


飛行船に大人しく使われていたのは、単に移動できる機能を欲していたのではないだろう。

拐われた家族を探すための足を。


どういう仕組みかはわからないが、サイェスの中にある石は意図があってかサイェスを気に入っていたのか、ずっと中に住んでいたらしい。


ならば巨大なものも、天井に取り付けられたものも、彼をを気に入ってしまったのだろう。


イタズラで飲ませた自分に瑕疵があるとは思うが、もしかするとサイェスが混ざった事でこの世界は、この星は救われたのではないだろうか。


子供を見つけただけで、世界の中央部を全て無に帰した石だ。


破壊を望めば星ごと砂にすることも簡単だろう。


サイェスは石の家族に認められた結果、サイェスが大切にしているものを具現化してくれたのかもしれない。

この建物や、知識の再現としての本、そしてサイェスという人の代替品が生成された。


しかし性質は太陽の石そのものだ。

内包されている膨大なエネルギーが彼の意思とは関係なく動いているらしいが、彼の本意ではないことはしない。

そんな状態で落ち着いているようだ。


言うなればこの砂漠の神で、砂漠そのものである。


望めば砂漠に踏み込んだ全てのものが彼の物となるだろう。

そういう偶然を何度も見てきた。


いつか自分がいなくなった時に、彼が、我が子が寂しさでたまらなくなった時に、その力が働いてくれることを願う。

生殖能力はわからないので家族が出来るとは限らないが、心を救ってくれる恋人が、友人が引き寄せられて現れることを。


思い立ってイタズラ用に買った馬鹿みたいな装飾の服を取り出した。

サイェス用だったし授賞式用だったので、用途を見失った形でクローゼットの肥やしとなっていた服を解いてあの子の見様見真似で本の表紙を作った。


中はこれからゆっくり書いていこう。

我が子のこれまでと、これからを出来るだけ。


もし彼を理解しようとする友人が現れた時に役立つ様に、サイェスが消え去らない様に。


こんなに目立つ翆色の表紙なら、誰か手に取るだろう。

馬鹿みたいに派手な服を買った甲斐があったね。

元々考えていた用途とは全然違うけれど、恥ずかしがらせるという目的は変わらない。


自分の幼い頃の話が友人に読まれるなんてことは、どう考えても恥ずかしいことだろう?



初めてのお客さんを寝室に案内した後に、今日の出来事を残そうと思った。

しかし自分を軸に置くと、どう書いていいかが分からない。


ペンを鼻と口の間に挟み考えてみるが、ここにある本は誰かの人生を書いたものしかないので、自分もそれしか読んだことがないので、必然的にそれしか読んだことがない。


父、サンダンドの持ち物の本はいくらか読ませて貰ったが、専門的過ぎて難解だったので参考にはならない。


父さんに言われて、司書として振る舞っていたが正直言って自信がなかったのが表に出てしまったと思う。


本棚に並んでいる本については全てどこに何が書いてあるか記憶しているが、それがあの子にどう役立つのかが分からない。

自分に経験が足りないのだろう。


筆も進まないので、仕方なくあの子から聞いた話をメモの様に書いていく。


始めは男の子かと思ったが、実は女の子らしい。

魔法使いの一族で、女は地上で傭兵稼業や薬、呪いで金を稼ぎ、男は魔力が特殊すぎて汎用性がないらしく、ある龍と契約して空の上で、空を描いている。


青空を描き、雲を描き、太陽を隠し、雨を降らせて、雪を降らせる。


それらを担うオッサンたちの中で彼女は育ったんだとか。


普通なら地上でおばちゃん達に魔女としてのやり方を学びながら育つらしいが、彼女の魔力は膨大な為に教育での制御を諦められた。


空の龍にお願いをして、何かあったら時に制御をしてもらう事になり、空で育てられる事になったのだが、誤算があった。


彼女の性質がヤンチャ過ぎて男社会にバッチリ馴染んでしまったのだ。

小さい頃は殆ど裸で空の絵の具にまみれ、少し大きくなってからは膨大な魔力に物を言わせて、ビュンビュンと空を筆や箒に乗って飛び回っていた。


頭を抱えた彼女の爺さんはそんなに動きたいならと、地上と空の繋ぎ役に彼女を使う事にした。


飛び回りながら地上で必要なものや手紙を空へ、逆に空で必要なものを地上に撮りにいく仕事をしていたが、それでもまた誤算があった。


彼女の魔力が凄すぎるために地上の魔力に精通している魔女達に怯えられてしまったのだ。


その頃はまだ、男女というものがわかっておらず、男というものを怖がっているのだと思っていたが、そうではないと分かり、この一族に自分の居場所が無いのではないかと思い立ち旅だった。


爺さんは理解してくれたが、他の長老達は才能は認めていた為に怒り狂い、半ば追い出される様な形で飛び出したのだ。


各地をフラフラ旅している時に、魔力を持った女の子を見つけた。


彼女は孤児で死にかけていたので拾って、見様見真似で魔女教育を施すと才能があったのか、記憶にある魔女を飛び越えてしまった。


名前もなかったのでリナリーンと名付けて育てていると、いつのまにか100年ほど経っていて、いつまでもそばに置いても仕方ないと、リナリーンも旅出させた。


そのまま何年も何年もフラフラしていた時にふと思い立って故郷へと寄ろうと思って辿り着くと、故郷は無くなっていた。


魔力が豊富な場所に建てられていたのだが、大規模な戦闘があり、それが原因で新たな龍が生まれて、空と地上のアクセスが途切れてしまったことが原因らしい。


どうやらリナリーンも関わっているらしいが、詳しいことは今となっては分からない。


それは仕方ないし、滅びた故郷を見ても何の感想もない。

どちらかと言うとリナリーンのその後の方が気になるくらいだった。


魔女は寿命が長い。


何処かでまた才能のある子を拾って村でも作って、その子達を育てるのが楽しいような気がして、またフラフラと放浪をしている時に、この図書館に落下してきたらしい。


纏めて書いていて気がついた。


ここの本達の様に個人にスポットを当てた内容ならば自分でも素直に書ける。

これが自分の仕事なのかも知れないと思った。


数奇な運命も普通の人生も、本にして本棚に入れれば同等だ。


人の運命を記録して、必要な人へと譲り渡す。


恐らく自分は、人ではない。

子供を産んで、後に繋げるという本能的な欲求はあるが、出来ないだろう。


しかし、それを続けていくことが出来れば、後に繋げる役目は果たせるのではないだろうか。


いつか気の合う奴も見つかるといいが、わがままは言わない。


ストンと落ち着いた。


人に何かを教えるとか、必要そうな物を押し付けるのは無駄だ。

知りたいことをどう使うかは人それぞれなのだ。


「今かもしれない。」


そう思い父の部屋へ行き、遺言の小箱を開けると、中にはバッチが入っていた。


砂漠を越えて来たのもあるし、古くなって文字は欠けているが、これが自分の物だとはっきり分かる。


いつものベストの穴にバッチを通すと、何でも出来そうな気がして来た。


私は司書だ。

今、司書になった。


ライブラリアンだ。


翌朝起きたらその子はまた旅立つという。


「え?私の話?いいわよ、誰の役に立つとは思えないけれど、少なくとも面白いでしょ?」


そういう彼女は笑っていた。

何となく誇らしい気持ちで見送ろうと玄関に立つと、彼女が箒に跨りながら問いかけて来た。


「貴方のそのバッチ、昨日はつけてなかったよね。

…li…rian…?


リリアン?

貴方の名前?」


なんとなくそうだと思った。

私はリリアン。


しっくりくるね。


「そうです、私は、リリアン。」


「そう、私はラブリーデリ。

男社会の時は、男性名詞をつけてヴァロラブリーデリって言われてたね。


また会えるか分からないけれど、元気でね。

お互いの子孫がもし出会ったとしても、貴方の本があれば何があっても誰が残したかわかるから、お互いが仲良くなれそうね。」


最高じゃないか。


飛び立った彼女を見ながらそう思った。


リリアン

librarianから文字の欠けたlirian。


父が名付けてくれた名前だと言っていいだろう。

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