ロウディア

第11話 ロウディア ミステリ


「そういえば、貴方があの穴を修理したの?

本を作っているのだからすごく器用に見えるんだけど、流石に何でもできるって訳じゃないでしょう?」


リリアンは笑顔のまま本棚へ向かい、3冊の本を取り出した。


「もちろん私がやりましたよ。

ほら、これを見ながらね。


あと、これと、これ。」


「大工ターナー、木こりのロブ、おしゃれおばさんマリーのおしゃれなインテリア。


ふぅん。

いや、納得は行かないわよ?

読めば出来るって訳じゃないでしょう?


知識と経験はまた別なんだから。


それに木もないじゃない。」


「司書ですから、本のためなら木くらい用意しますよ。

そもそも紙は木から作られているんですから、それが無いと修理もままならないですって。」


ですってって言われても、紙なんて知らないんだから仕方ない。

木は見た事があるが、国に厳重に管理されていて触れたのなんて学校の授業で、小さなかけらを皆んなで回し見た時くらいなのだ。


建材だって、石をメインに使う、よく見る建物とは作りから違うし、ふんだんに木を使うなんて考えられないのだから。


「あれ?

木を見た事がないですか?


でもなぁ、見せるのは構わないんですけど…。

気が進みませんねぇ。」


今更何を言っているのだろうか。

このリリアンという司書は、教えたがりだ。

本の内容やおすすめの知識をアレもコレもと押し付けて来ると言っても過言じゃない。


何故木を見せるのをそんなに渋るのか。


「…実物を見せるのは、博物館の仕事じゃないですか。

司書なのに。

図書館なのに。


やっぱり実物の分かりやすさには勝てないんですかね、嫌だなぁ。」


あぁ、変なプライドが邪魔しているのね。


「ふふっ。

変な人。」



リリアンについて地下へ降りる。


そんなに図書館を探索した訳ではないが、地下まであるなんて驚きだ。


単純な石作りの階段を降りて行く。

そこまで深く無さそうだ。


「昔ここで大事故が起きましてね、その後遺症みたいなものを利用して居るんですよ。


知ってましたか?

この辺りは元々砂漠じゃなかったんです。


大きな事故があってめちゃくちゃになりましてね。

世界がひっくり返っちゃって。


見てください、あれを。」


湖のような水源が見える。

そういえば、砂漠の真ん中だというのに、普通に水やお茶が差し出された。

恐らくここから採取しているのだろう。


その周りには草が生えていて、更には、柵で囲った中に鶏がいるし、規模の小さい畑のようなものも見える。


「本当は大きな家畜も飼いたいのですがね、流石に1人では無理でしたね。


なんせ、ほら、私は司書であって農家ではないので、来客をおもてなす為の飼育で精一杯なんですよ。


しかし、見たかったのは木でしょう?


よく見てください。

もう見えてますから。」


ロウディアは目を凝らすが、奥に何があるのかもよくわからない。

今はっきり沸いている疑問は、地下なのに明るいことと、何故か暑いくらいの気温だ。


「木を見た事がないのだから、どこを見たらいいのかわからないわ。」


「確かに。

一理ありますね。


上を見てください。

広がるものがあるでしょう。


アレが、木の根です。」


おかしい。

流石にそれは分かる。

植物を見た事がない訳ではないのだ。


木は地面に生えて、空へ伸びて行くはずだ。

しかし、ここでは真逆、空から地面に生えているという事になる。


「言ったでしょ。

ひっくり返ってしまったって。


比喩でも何でもないですよ。

本当に逆さまになったんです。


図書館はある意味、地面の裏に建てられたものですし、今私たちが立っているのは、地面ではないですよ。


木の枝が密集していてしっかりしているので、わかりづらいですが、私たちは今木の上、というか裏というか、とにかくそこに居ます。


分かりやすく例えるなら、傘の裏側に立っているような感じですね。」


ゾッとした。


見渡す限りの地面をよく見ると、複雑に絡まった植物だ。


天井も均一ではなく、うねっていて、何故かオレンジ色に光っている部分がある。

根の発光で明るく、暖かいのだ。


「これ、下は、下と言うか、木の上はどうなっているの?」


水があり、畑が作られている木の裏。

そのさらに下の終わりは、どうなっているのか。

考えると、急に立っているのが怖くなった。


「さぁ。

前にここに辿り着いた学者でも分かりませんでしたね。


彼の言葉を借りるなら、無限に続いている様だ、との事でした。


ここは矛盾だらけなんですよ。

ほら、上を見ると天井は根っこでしょ?

それもかなり広範囲です。


図書館の近くで事故に遭ったので、外も見ているでしょう?


どこかに出ていました?

木の根っこが。


この真上にある図書館ですら木の根が出て来ているのを見た事がないんですよ。


終わりが見えないのに、裏から見ると何も無い。


そんな木なんです。」


全然わからない。

そもそもそんなに深く降りて来ていないのだ。

巨大すぎる植物なら、地上に影響が出て当然なはずなのに。


「…怖い。」


つい口から出た本音はシンプルなものだった。

根源的な恐怖を感じる。


「分かりますよ。

ここに来た人も、私も、感想は皆それです。


便利に使っている私も、よく分かって居ないのですから。


色々な人が来ましたが、例えばさっき言った植物の専門家すら、感想は怖い、でした。


飛び出ている、葉っぱの様子から広葉樹で、落葉するけれど、葉の色は変わらない。

実がなるんですけど、食用には適しませんが、種を絞ると油が摂れる。


それくらいしかわからないのですよ。


なんせ全容がわからないのだから。」


「端は?

どうなっているの?


木の傘の裏って言うなら端はあるでしょ?」


「昔、7日ほど方位磁針を使って歩いてみた事があるのですが…。


端には辿り着けませんでした。


500kmくらいは進んだと思うんですがね。」



地上へ戻ると、やっと息が吸えた様な感じがする。

それぐらい不気味で、理解出来ない場所だった。


もしかしたら世の中にはこう言う場所が沢山あり、まだ自分が知らなかったり、人類が触れては居ない所だったり、知識がなくわからないだけであったりするのかもしれない。


元々知りたがりの気はあったが、ロウディアはこの経験が後に、探検家としての礎となったと遺している。


遺物、遺跡、不可思議な現象、はたまた巷に流布された都市伝説まで。


様々な謎を探してまわり、何処かで消えた。


彼女の石柱書はベストセラーとなったが、その話はどれも曖昧にぼかされており、彼女は自分の足で現地に赴く事で有名だったものの、その真偽は眉唾物とされている。


例えば、ある時間のみ現れて、また消えてゆく霧の街や、海底に沈む古代遺跡など、どうやって辿り着いたのかが不明な所や、地表を支える世界樹なんかははっきり実在を否定されている。


もちろん直接彼女に言ったものは数知れず居るが、彼女はいつも楽しそうにして、否定も肯定もしなかった。


「謎」


全てを飲み込むそれは、甘美な誘いをするが、受け入れはしない。


彼女は謎の種を蒔いた。


何か目的があったのか、それとも唯の趣味の様なものだったのか。


今となっては分からないが、ロウディアはその誘いに飲み込まれないまま、この世を去った。


謎は謎のまま。


しかし、人々にもしかしたら、を植え付けた。

それによって何が起こるか、今は分からないが、きっとそれも、新しい謎を呼ぶのだろう。



「リリアン、私、変な話を読みたいわ。

あるかしら。」


「えぇ?

ここにあるのは全部自伝みたいなものですからねぇ。

そんな突飛な話はありませんよ。


でも、例えばお互い両思いなのに、結局離れ離れになる様な恋愛も、変と言えば変ですし、行けば分かるのに行かなかったりするのも、変と言えるかな?


人によって違うから、そんなざっくりと言われても困っちゃいますね。


とは言え!

私も?

一流な司書ですので?

請われて差し出せない本はないんでございますがね。


ええ。」


「やっぱりいいわ。


自分で見てくる事にする。

ちょっと出掛けてくることにするね。


まずは黒の街へいこうかしら。


そうして分からない事が出来たらまた帰ってくる事にする。

それが正しい図書館の使い方でしょう?」


リリアンは何冊か用意した本を置く。

脳裏に浮かぶのは、これまでの利用者達だが、彼らがここに戻って来たことは一度もない。


リリアンはたまに街へ出て風の噂を集めたりして、決して多くない利用者の話を本に書き留めている。


これからきっとロウディアも、リリアンの本の登場人物の1人となっていくのだろう。


その中には、まるで英雄譚の様な、心躍る活躍もあったので、それを楽しみにしている。


ロウディアはどうかな。


「なによ。

こっち見てニヤニヤして。


あーあ。

二輪車を修理するのも大分時間かかったから、多分配達の仕事もクビになってるでしょうけど、持ってる手紙は届けないとね。


それが終わったら、世界をまわるわ。


どっかのお金持ちに、そういうヘンテコな物が大好きな物好きがいるでしょ。

まずはスポンサーを探さないとね。」


物好きな金持ち?

リリアンには心当たりがあった。

本人ではなく、子孫になってはいるだろうが、彼の律儀さなら、もしかしたら通じるかもしれない。


サラサラと「手紙」を書くと、ロウディアへ渡した。


「これを、アプリードリヒ家に渡せば、もしかしたらスポンサーになってくれるかもしれませんよ。」


ロウディアは歴史に疎いし、上流階級を馬鹿の集まりだと思っているタイプなので、詳しくは知らないが、アプリードリヒ、その名前は知っていた。


「宗主国の王様じゃない。

今は…何世だっけ。

4とか、5世だったっけ。

わっかんないけど、なになに、何で知り合いなの?

先代と同じ学校だったとか?」


「いえ?

思い出すなぁ。

彼がここに来た頃はまだ王家ではありませんでしたので、何世かと言われると初代なのでしょうが、もしかすると、私のことが伝わって居るかも。


そうしたら、話が早いんですがねぇ。」


初代…。

今が例え4世だとしても2、300年が経過しているだろう。

本当にリリアンは何歳なのか。


「魔力があれば長寿って言ってたけど、貴方も魔法使いなの?」


「いえ?

魔法なんてそんなそんな。


もし、貴方の好みの本がスルッと出て来るのを魔法みたい!

なんて思うなら、そうと言ってもいいのかもしれませんがね。


ふふっ。


でも、私はルージュ達の様な魔法使いではありませんよ。


生まれが特殊でね。

若見えするんです。」


「若見えって…。


はぁ、まぁ、いいわ。

いつかまた、読みに来るから。


どうせどっかにあるんでしょ?

アンタの自伝も。」


リリアンは笑うと、一言、お待ちしておりますと言った。


戻らない利用者達、友人達の旅立ちにも同じく声を掛けていた。

出来ればこれから伝わってくる話が、幸せなものでありますように。


ここに来た時より、15センチほど伸びた髪を靡かせて走って行くロウディアをしばらく外で見守っていた。


リリアンは姿が完全に見えなくなってしばらくした後に図書館へ戻ると、他より少し分厚いアプリードリヒの本を出して、パラパラ読み出した。


そう言えば、彼は珍しく徒歩で来たのだった事を思い出していた。

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