第48話 リリアンの旅日記から 心残り
この世界はエネルギーを失いつつある。
熱を利用するエネルギーには限界が近づいている。
それはハゲた山を見てもそう感じるし、家々から流れ出る煙からもそう感じる。
それがハッキリと景色として見えるのがここ鉱山街ガルドだ。
山に突き刺さった巨人のタバコと呼ばれる煙突からはモクモクと白い煙が吐き出され、それが影響しているのかどんより曇っている。
うっすら不快な匂いもしているが、街ゆく人で気にする者はいない様だ。
リリアンがこの街にどうしても行きたいというので、また少しルートを外れてわざわざ寄り道したのだった。
どうやら彼は長年の読者によって経験したい事が山ほどあるらしく、道すがら地図を開いては理由を付けて寄ろうとする。
立ち寄ってしまえばそれだけで満足する事もあれば、この間のラヴィコンクールの時の様にお互いにやりたい事が出来て滞在を延ばす事もあった。
最低半年は戻らないと決めているので、それに間に合えば構わないゆっくりとした旅だ。
それで良いのだ。
ガルドにリリアンは用があるらしい。
ガルドに、というよりもガルドにある研究所に、だ。
普段リリアンのネクタイはリボンをクロスさせて中央部をピンで留めているのだが、そのピンは借り物なのでそれを返却したいとの事だ。
俺は本でその件を読んでいたので何の事かすぐ分かった。
何年も、何年も前の話ではあるが、もしかしたら子孫がいるかも知れない。
この研究所はかの者が作ったエネルギー資源などの研究を主としている所なのである。
フリオ研究所。
中央部を砂漠とした原因である巨大太陽石に足を生やした張本人が帰国後に作った研究施設だ。
サンダンドの言では決して責めるべき対象としては描かれては居なかったが、あの後の彼の境遇は想像するに難くない。
革命を起こせるだろうエネルギー源を失った責任者なのだから。
その責任を取るためか、それとも責任を取らされたのかこの辺鄙な山の麓に移り、そこで一生を終えたらしい。
燃料石というサンダンドが見つけた物質を燃やすと、大量の水蒸気が発生する。
それを燃料タンクへ投入して火をつけると、動力部が高速で回転してエネルギーを得る。
それを利用して乗り物や家財が動いているのだが、燃料石自体が発火する訳ではないので、別の物を燃やす必要がある。
つまりは熱源に炭や石炭が必要で、あの山から飛び出た煙突は炭鉱内で使われている機械から出る余った蒸気を逃すためのものだ。
モクモクと流れ出る煙の量がこの世界の寿命を縮めているなんて話もあるくらいだが、それを必要としているのは人間なので、あれを一様にダメな物と断じるのもどうかと思う。
ちなみにそれを扇動して口煩いのが我が祖国ファーデンである。
何度もこのガルドはファーデンのテロ行為の標的になっているので、実は俺にも知識として入ってはいた。
やはりリリアンと違い、知識と実地を繋げるのは上手くない様で、サンダンドの本を読んでいる時にはその中に出てくるフリオと、フリオ研究所が繋がりはしなかった。
エネルギー研究施設という事でテロの標的にならないばかりか、ファーデンからの支援があるという他国では珍しい施設なのでよく覚えていた。
複雑な気持ちではあるが、研究所に彫られているファーデンの紋章を見ると、あの偏った思想の国が支援した結果、友人の友人の名前が現代まで残っていると考えると、感慨深い物がある。
「どうやらここの室長はフリオさんの子孫で間違いないようです。」
リリアンは嬉しそうにそう言った。
確かに凄いことだ。
事故により地に落ちた信頼をフリオさんは取り返したという事なのだから。
その子孫たちも、それを損ねる事なく維持しているということなのだから。
簡単なことでは無かっただろう。
◆
「ふむ、どうやったら会えるでしょうかね。
もしフリオさんと関係がない研究所になっているならば、墓の場所を聞いてそこへ納めようかと思って居たのですが…。
私も父から受け継いだ物なので、出来れば生きている方へと受け継ぎたいものです。
しかし…。」
リリアンが自分の事を一体何者なのかという説明をするのはとても難しい。
何百年も前から生きており、容姿も変わらない。
それは嘘を吐けばどうとでもなるだろうが、サンダンドの話を交えて話せばボロが出そうだ。
本来なら間に何人も継いでいて現在のリリアンが在って然るべきだが、ただ一人悠久を生きてきたのだから説明が出来ない。
リリアン本人の心境としては本当のことを言っても構わないらしいのだが、それを信じるような大人などいない。
俺のように何年も関わって来たか、信じられるような何かがなければただの詐欺師として扱われるだけだろう。
しかしまぁ、考えても仕方ないことなので、サンダンドから返却したい物があると研究所の受付で話したところ、すんなりと室長室へと通された。
「意外な展開だな。」
俺はリリアンにそうだ伝えたが、珍しく緊張しているらしく、いつものニヤついた顔は固まっていた。
初めて見る表情ではあるが、気持ちはわかる。
俺も親父の友人に会うとなるとそうなるだろうから。
案内された室長室の横にある来客用の部屋には、幾つかの賞状やトロフィーが飾られており、年代もかなりバラバラでこれだけでもこの一族が努力を続けている事がわかる。
「嬉しくなりますね。」
なんというか、親戚の子供を見るような気持ちが近いだろうか。
知り合いの子供達がいつの間にか大きくなって居て、気がつくと立派になっている。
いつの間にかおじさんになってんな、リリアン。
「新年まではまだ先だが、嗜みとしてお小遣いでも置いていくか?」
「…アプリード、貴方、私の父っぽいですよその言い方。」
あの本を読んでから偶にそう言われる様になった。
サンダンドに影響されていると言うよりも、サンダンドのリリアンへの不器用な愛情に影響されているのだろう。
皮肉が多いが遺しているものから、ちゃんとした親としての心配や愛情を感じるのだ。
俺の両親は俺が逃げ出して記憶を失っている間に死んでいたとピアードから聞いている。
今となってはもう少し親孝行でもしておけばよかったと思っているが。
廊下をカツカツと歩く音が近づいてくる。
そうですか、勝手に男だと思い込んでいたが、お孫さんだかひ孫さんだか玄孫さんだから知らないけれど、そうですか。
「こんにちは。
サンダンドのお遣いって本当かしら。」
女性の方でしたか。
「どうするリリアン、タイピンいらねぇぞ?」
「いや、使って貰いたい訳ではないので。」
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