梨の王
第51話 梨の王 恋愛戦争概要
恋愛戦争というものはその後演劇やさまざまな創作物の題材となっているが、その前提やその後の顛末は実はあまりよく知られていない。
何故なら、仕掛けた国は謎の雨によって一年も持たずに滅び、仕掛けられた国もその防衛の基礎となっていたソレが居なくなりこちらもすぐに侵略されてしまったので、語る者も識る者も居なくなってしまったのだから。
ソレ。
魔女と言う兵器。
戦術兵器として扱われ、表向きは国防の英雄だ。
見目も麗しい者が多く、若い女という事で民からの人気は高いが、その魔法という異常とも言える戦闘力を持つために恐れられてもいる。
どちらかと言うと兵士と言うよりも、聖職者に近い扱いだが個人という扱いではなく、魔女という生き物として扱われていた。
王国は魔女の運用にかなり気を遣っており、近づきすぎない事を心得ていた。
彼女達の力を何者かの思惑で動かす事が出来るという状況を避けるためだ。
力の振るい方を制限していて、王になる者は彼女らを国防に使う事があっても、侵略に使うことは無かった。
なので、村から一人だけ指導者を選んでもらい何年かに一度入れ替える、そんな手法を取っていた。
兵たちにも親しくなりすぎない様に厳命されており、もし伴侶に選ばれる可能性が出た場合も兵の身辺は洗われる。
それ程に気を使われていた。
恋愛戦争のきっかけとなったのもその伴侶が他国の人間だった事が始まりなので、その方針は間違っては居なかっただろう。
◆
王国と隣国。
元々の仲は悪くなく、やり取りもあったのだが、しかしそれは王国と隣国の力バランスの差がそうさせていた。
魔女を持たない隣国は魔女を持つ王国に怯えて居たし、王国はそんな隣国を侮っていたのだろう。
ある日、隣国の貴族が王国への留学の道すがらに野盗に襲われて遭難した。
それは完全に何の思惑もない事故ではあったが、救われたのが魔女の村と気がついたのが後の運命を動かしていく。
始めはそれだけだった。
素直にテーマパークに来た様な気持ちで村内を見たり、助けてくれた魔女にお礼を言ってまわっているだけであったのだが、怪我が治るまでは居てもいいと許可をもらい、しばらく滞在する内に彼はあることに気がついた。
「男」
それだけでこの村では特別なのだと。
全く居ないわけでは無いが常在している男はおらず、聞けばその時は伴侶が全て亡くなっているタイミングだった。
話す魔女、話す魔女全てに女性として接していると、彼女らは普通の女なのだと感じた。
いや、それすら語弊がある。
夢みがちな、世間知らずな田舎娘。
それが戦闘力を除いた状態での彼女達の感想だ。
他国とはいえ洗練された貴族の若者である彼に夢中になる者も現れ、数少ない男を多人数で共有する彼女らの性質もあり、何人もの魔女が彼と離れ難くなっていた。
貴族として帝王学も学び、現在閉じたコミュニティの中で大切に扱われているお姫様。
そんな彼の我儘が一部の魔女の行動に変化をもたらしていた。
始めに行われたのは彼の実家の政敵の排除である。
魔女からしたら児戯のように簡単な仕事で、中のものを全て眠らせて館を燃やせば一網打尽、それだけで終わった。
成功体験は強烈であったであろうことは、容易に想像できる。
次に流行りの生地や女受けしそうな物を村内に持ち込み、
出入りの商人を作ることに成功する。
その商人は男の友人で、有り体に言えばモテる。
女の家を転々とした生活をしており、職業で言えば詩人なのだが、何かを発表しているわけではない、そんな男だった。
線の細い商人にもまた夢中になる魔女が生まれ、その事が貴族の男にとって確信になる。
実家に付いている筋骨隆々な男や、知識人の男など様々なタイプの男も呼び寄せて少人数で少しずつ魔女の村を支配していった。
1年もあれば魔女の村の中には男に夢中なグループと、兵器としての魔女の責任を全うするために、今まで通り距離を置くべきと話すグループとで対立し始めていた。
その頃になると、男は隣国の王へ魔女を使役出来る可能性について話していた。
反対派もいるが、魔女の村への破壊工作も進んでおり、対立したとて勝てるだろうと。
貴族について来ていた魔女の、その女としての愚かさを目の当たりにした王は貴族に、王国を追い落とすために掌握しろとの指示を出した。
隣国の王は愚かであった。
例えそれが上手くいったとて、貴族の男が新たな王になるだろう事を考えなかった事。
失敗したとき、その時はこの国が無くなるであろう事が頭になかったのだから。
ある意味この時から貴族の男は他国の村へ入り込むスパイとなった。
後世の書物にはここら辺りから描かれる事が多いのだが、この頃にはもう殆ど男の仕事は終わっていたのだった。
自分だけが引ける兵器の引き金、その撃鉄はもう上がっていたのだから。
◆
貴族の男に一番入れ込んでいた魔女を次の指導者にする。
魔女の村の長会議でそう決まった。
その魔女はクィンケーシーという名前で、単純に魔力が多く強く、そして魔女としては珍しく嫉妬深かった。
革新派の魔女は彼女が次の指導者となれば、男たちとの関係に村の長衆の古い考えを押し付けられなくなるかもしれないと考えて賛成した。
保守派の魔女は彼女と男の物理的な距離を少しの間離して冷静になるとともに、兵器としての責任を思い返して欲しいとそう考えて賛成した。
二つの派閥の思惑が合致し、なんの問題もないように思えたが、これが恋愛戦争を勃発させる発端となった。
クィンケーシーはその決定に焦った。
普通なら光栄なことだが、2年か3年も男と離れることには耐えられない。
それに自分が管理者として男を貸し出すのはギリギリ許す事が出来るが、知らないところで男と魔女が居る事を考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。
貴族の男も焦っていた。
その決定で初めて指導者の掟を知った。
自分が堕とし教え込んだ魔女が離れて他所へ行く事で、正気に戻るのを避けたいのもあるし、新しい指導者が自分たちをそのままここに滞在させるか分からない。
噂を聞けばそのノラという魔女は意にそぐわなければ、息子すら外へと追い出すという。
そうなれば隣国へ帰るしかないが、実はそうもいかない事情があった。
魔女を御して裏切らせるという任務を正式に承った彼らは、湯水のように金を浪費していた。
千載一遇の好機に隣国は予算を際限なく投入しており、失敗は許されないだろう。
そうなれば首を断たれるのは間違いない。
そうなる訳にはいかない。
自分はこの事を取っ掛かりに王国の統治権を賜るか、それが叶わなければ隣国を乗っ取るつもりなのだ。
強大な兵器を手にして理性を保つ程の器量は彼にはなかった。
入れ替えまで半年、今までの準備を活かさなければならない時が訪れてしまった。
男は隣国に出兵を依頼した。
名目は隠す必要がないので、そのまま、指導者の入れ替えで魔女の方針が変わる可能性がある、目標としていた村の3分の2を取り込むにはまだ達していないが、半分は虜にしている。
150人程は寝返らせる事が出来るタイミングは今しかないと、そう言った。
愚かな王はそれを了承して出兵を許可した。
男はクィンケーシーの執着を利用して、二人が離れ離れにならない為にはそれしかないと説いて、成功した暁には二人きりで過ごしたいと伝えた。
そうして恋愛戦争ははじまった。
その後の流れは歴史に記されている通りで、まずは150人の魔女が村を滅ぼし、魔女の村から出立し王国を襲う。
間の町を焼きながら王都へ襲撃し、隣国からの兵士と挟み撃ちにして王国を堕としかけた。
しかし謎の雨で成す事ができずに隣国へ退却。
その時までは150人の魔女が隣国へ移動しているので、再出兵で王国を落とすことは時間の問題かと思われた。
それは起きる事はなく、今度は隣国で謎の雨が延々と続き、隣国は崩壊。
愚かな王や魔女達が殺し合い、住民は他国へ亡命した。
王国は秩序を保っていたが、今まで防衛を担っていた最高戦力が消えた結果、侵略されて崩壊。
勝者の存在しないまま、恋愛戦争は終わることになった。
◆
悲劇として構成される、恋愛戦争の物語もある。
主人公は貴族の男、シュイ。
ヒロインは魔女の女、クィンケーシー。
彼らは各々の掟を破り、愛を深めて行く。
「あぁ、シュイ、私を許しておくれ。
身を縛る掟が貴方の愛を受け入れる事を赦しはしないの。
貴方と二人で、誰もいないところへ行く事が出来れば、それだけで何もいらないというのに。」
「あぁ、クィンケーシー。
君の身を縛る全てのものを、僕の愛の炎で燃やし尽くしてしまおう。
例えこの世の全てが二人を忌み嫌うとて、愛し合う事が出来れば、それだけで何もいらないというのに。」
その二人の掛け合いで始まるミュージカルは、二人が運命に翻弄される様子を描写することに演出の全てを注いでいる。
結末は幾つかあり、全てが滅びた後に二人は森で毒をあおり、心中すると言うパターン。
または、戦争の結果、お互いの故郷である二つの国が滅んだことに責任を感じ、復興を願い行動を始めるが、事情を知る王国の王子に討たれてしまうパターン。
神を怒らせて猛火が身に身を灼かれながら、それでも抱き合い絶命していくパターン。
要は愛を貫いた結果身を滅ぼして二人共に死んでいく。
その結末が色々あるだけだ。
何故色々結末があるのか。
簡単な話で、誰も彼らの結末を知らないからである。
戦火で死んだのか、長雨で病んだのか、ともかく足取りは分からない。
もしかしたら逃げ延び、子孫がいるのかもしれない。
そう思う者も勿論いるし、恋愛戦争の研究で足取りを追われたりもしている。
あまりにも突然消えてしまったのが不自然なのだ。
普通であらばそんな二つの国が滅びる原因となった者の記録は残っていて然るべきである。
まるで逃げ延びたあとに具に足跡を消したかのように何も残っていない。
なのでこう思う者もいる。
男は生き延び、どこかの国へ入り込み、権力者へと近づいたのではないかと。
ある程度自身の力を得たあと、過去を消して回ったのではないだろうかと。
亡命した民に紛れてしまえば誰にも分からない。
一度人に取り憑き権力を得た男は、その成功体験を繰り返すはずだ。
そうしてその子孫が、今はどこかの国で権力を握るまでになっている可能性が大いにある。
例えばその時に一番綺麗に人を受け入れた国、ファーデンなんかに。
◆
ヴァロラブリーデリが呟いた、似ている。
その呟きでアプリードの頭に浮かんだ人物が居る。
それはシュイのやり口と、イーゼンベーレのやり口、その二つである。
権力者へ近づいて取り憑き、自身は潜り、忘れた頃に食い破るそのやり口は同じように感じる。
恋愛戦争のその後、何故シュイの話が表に出たのか。
語る国も語られる国も無くなり、貴族家が残っていたとしても不名誉なその話は、どこから漏れ出てたのか。
始まりの魔女リナリーンを見つけたラブリーデリ。
つまり在野にも魔女はいる。
血筋ではなくなんらかの運命によって導かれるかのように魔力を持つ人がいる。
魔力が強大なほど長生きをする。
そしてもう一つ、魔力を持つものは魔力を持つものに惹かれる。
ヴァロが自身の魔法を打ち消すかのような絵の具を作る事が出来るフェリノを愛したように。
魔女の村の女達が、シュイを愛したように。
後世には歴史上二人しか男の魔女の存在は知られていない。
一人は黒の街を染め上げた狂気の画家、ヴァロ・ヴァロラブリー
デリ。
そしてもう一人は、後世にリリアンの本に名を残すことになる、二つの国を滅ぼしてなお寄生する傾国の悪意、シュイことイーゼンベーレだ。
リリアンの提案で見に行った、黒の街にあるその貴族家に残されていたシュイの肖像画はまるで、媚びるような笑みを浮かべていた。
それを見たアプリードは、これが間違いなくイーゼンベーレだと確信した。
想像がついた。
イーゼンベーレはシュイとしての過去を消す為に、敢えてシュイの話を世にばら撒いたのだろう。
そして俺が秘密警察を抜けることを決めたあのソフィアとセリア親子のあの件も不自然に誰が何にどう関わったかが消えていた。
軍部にも、暗部にもなにも残っては居なかったのだから、それもやり口なのだろう。
「ヴァロラブリーデリさん。
アンタにも参加してほしい気持ちが強くなった。
アンタの仇でもあるぞ、アイツは。」
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