第73話:森の中の古代遺跡

 その廃墟は、かつては何かの研究施設だったらしい。

 防壁バリアで身を守りつつ中に入ると、実験器具と思われるビーカーやフラスコが棚に並んでいた。

 テーブルの上には何も置かれていないから、ここでの実験は完了してから人類の終末を迎えたんだろう。


「あちらの部屋に書物がある。我々には読めないが、君なら読めるのではないか?」

「もしもジャワ文字なら、俺も読めないかもしれません」


 ジャワ島では、1945年頃まではブラーフミー系文字の一種ジャワ文字が使われていた。

 俺が生まれた頃には既に廃れていた文字だけど、書物は残っているかもしれない。

 そんなことを思いつつ、手に取って見た書物の文字は英語だった。


「英語ですね。ん~……専門用語が多いので、助っ人に翻訳してもらいます」

「助っ人?」

「呼んだ?」


 俺の言葉に、ラマン殿下が首を傾げる。

 そろそろ出番かとソワソワしているクリストファは、助っ人という言葉に反応してスッと姿を現した。

 猫たちが思わず【やんのかポーズ】してしまったが、ラマン殿下は動じない。


「なるほど、彼が君の守護霊か」


 興味深そうに眺めるラマン殿下の前で、俺はクリストファに難しい単語を翻訳してもらいつつ、書物を読み進めた。

 書物……正しくは研究ノート。

 それは、この地域の豹の遺伝子に進化因子を組み込む実験の情報だった。


「この国の皆さんの進化にも、人間の研究者が絡んでいたようです」


 本棚にノートを戻して、俺は告げる。

 豹たちは二千年前に放たれたクローン個体を通して進化因子を組み込まれ、人類滅亡後に覚醒した因子によって進化、文明を築くに至ったようだ。


「やはりそうか」


 ラマン殿下はドッシリ落ち着いている。

 俺はケニア国に残されていた手紙の言葉も伝えた。


「この惑星ほしを大切にしてほしい……か。人間は大きな範囲で物事を考えるのだね」

「破壊活動も大きな範囲でやってしまうのが人類の文明でした」


 一通りの調査を終えて建物の外に出ながら、ラマン殿下と俺は二千年前に想いを馳せる。


 かつては、この辺りでも森林伐採が行われていたのかもしれない。

 森が狭められて、生き物たちが棲み処を失った時代もあっただろう。

 けれど今はもう、大量に木を切る者はいない。

 森が壊されることは無い。

 木漏れ日が美しく輝く森は、人が手を加えた名残がすっかり消えた原始の姿になっていた。


 豊かな自然を好ましく思う一方で、栄華を極めた存在が消え去った侘しさも感じる。

 それは多分、俺が二千年前を知る者だからだろうな。

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