第49話:マヤー王国の城へ

 マヤー王国の城は、北海道の知床半島にある。

 ジル陛下の祖先が、そこを拠点にした理由は2つ。


 1つは、長毛種は涼しい地域の方が過ごしやすいから。

 もう1つは、美味しい魚と肉が食べられるから。


 人類滅亡前に世界遺産に指定されていた知床。

 水揚げされる魚の8割以上をサケやマスが占めていて、1万匹に1匹しか獲れないといわれる「鮭児けいじ」が食べられる地域でもあった。


 鮭児は未成熟のシロザケで、卵巣も精巣も未発達。

 子孫を残すことにエネルギーを奪われる前の鮭だから、脂が乗って大トロみたいに美味いらしい。

 いつか食べてみたいなぁと呟いたら、穫れたら食わせてやるよとイナリが嬉しいことを言ってくれた。


 一方、陸にはエゾシカが多く、知床に人間が住んでいた頃は、鹿肉が売られていたり鹿刺などの料理を提供する店もあったそうだ。

 猫文明になった現在も鹿肉は食べられていて、城下町には料理屋もあるらしい。


 二千年前のエゾシカは農作物の被害でニュースになってたりしたけど、猫文明ではエゾシカの食害を受ける農作物を作っていないので、そうした問題は無いらしい。

 かつてはトウモロコシやジャガイモなどが作られていた畑は草原や森林に変わり、野生動物たちの棲家になっているそうだよ。



「知床ならよく知ってるから連れていってやるよ」


 魚屋のイナリに連れられて、俺は二度目の北海道に来た。

 ピカリャー王国行きとは違い、運んでくれるのは一般猫だから、王宮の中にダイレクト転移は無い。

 予想通り、移動先は寒風吹きすさぶ海岸だ。


 海、凍ってるし!


 凍結した海なんて、初めて見たぞ。

 前回半袖で北海道へ行って後悔したから、今度は長袖を持って行ったよ。

 フォースで身体を覆えば寒さは防げるけど、念のため。

 沖縄では長袖なんて1~2月に着る程度だから、クリストファの部屋に保管されている冬服を引っ張り出してきた。


『昔、【コールドスリープの副作用で寒いところに来ると眠ってしまう体質になる】っていう仮説があったけど、コーイチは大丈夫そうだね』

『そんな仮説あったのか……』


 クリストファから副作用あるかも説を聞いて、俺はそうならなくて良かったとホッとした。

 もしもそんな体質だったら、ルネたちの治療どころじゃなかったろう。


 凍った海に背を向けて、ふわふわのパウダースノーを踏みながら歩いて、イナリと俺は王国の城下町に入った。

 猫文明は人間の文明の中から使えそうな技術を流用しているので、街の建物は鉄筋コンクリートっぽいもので出来ている。

 屋根の傾斜が特徴的だ。

 前に訪れた村の家は三角屋根で、傾斜が急になっていた。

 城下町の家々はそれとは違い、家の中央に向かってV字型にくぼんだ形をしている。

 沖縄の屋根と違って瓦も無い。


「変わった形の屋根だなぁ」

「あれは、無落雪屋根だな。屋根の熱で雪を溶かして、あのくぼんだ部分に雪解け水が集まって、壁に付いているあのパイプを通って排出するんだ。でないと積もり過ぎた雪で家が潰れるから」

「瓦を使ってないのは?」

「瓦は重量的に家への負担になるし、凍って割れたりするから使わないな」

「北国って大変なんだなぁ」

「その代わり、台風は滅多に来ないけどな」


 二千年前の北国の人類の技術を知らない俺は、猫から積雪対策について教わることになった。

 話しながら城下町を歩いていたら、前方にお城が見えてきた。




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