第14話:北国のボス

 イナリは翌週も魚を差し入れてくれた。

 秋の味覚、秋刀魚だ。

 北国で獲れたやつで、丸々太った美味そうな秋刀魚。

 魚は新鮮なうちに食えということで、研究所の中庭で秋刀魚パーティが始まった。

 新鮮な秋刀魚は刺身で食えるって初めて知ったよ。

 南国で生まれ育った俺にはあまり食べたことのない魚だけど、刺身が美味かった。

 それ以上に、炭火で焼いたら最高に美味い!

 皮がパリパリに焼けた秋刀魚を、俺だけ熱いうちにポン酢醤油をちょっとかけて食べた。

 猫たちは先に刺身を食べ終えて、冷めた頃に焼いたのを食べている。


「イナリ、君の病気を調べた時に『FIVは喧嘩の噛み傷から感染する』って出てたけど、誰に噛まれたの?」

「えっ?」


 秋刀魚を食べ終えた俺はふと気になり、イナリに聞いてみた。

 ウイルスを消去する前に見た情報が気になったから。

 イナリはギクッとしたようにシッポを膨らませた。


 高度な文明を築くほどの知性を持っても、猫たちは動揺するとシッポが膨らむのは変わらないようだ。

 そんな正直(?)な猫たちが、好ましく面白くもある。


「空気感染じゃなく体液の接触で感染するウイルスらしいから。イナリの喧嘩相手がFIV感染猫だったんだろうなって思うんだけど」

「恩人に隠し事をするわけにはいかないな」


 観念したように、イナリはFIVに感染した経緯を話してくれた。


「俺は毎年秋になると鮭を獲りに北国へ行くんだが、2~3年前の秋に鮭を捕まえるのにちょうどいいポイントに陣取っていたら、知らないヤツにいきなり襲われたんだ」

「その時に噛まれた?」

「ああ。いきなり後ろからガブリとな。で、抵抗してそいつに噛みつき返して、蹴りを入れて、どうにか逃げた。後で聞いたら、その辺りを仕切っているボス猫で、ナワバリに入るオスはみんな爪か牙の洗礼を受けるらしい」

「随分と荒々しい猫だなぁ」

「その辺りでは有名らしくて、【チンピラのチンさん】って呼ばれていると聞いた」

「チンピラのチンさん……」


 ……ネーミングがなんともいえぬセンスだが、とりあえず危ない猫なのは分かった。


「で、そのチンさんが、去年から体調を崩して激ヤセして、すっかり覇気がなくなっちまって、襲ってこなくなったから鮭獲り放題になったのはいいんだが……」

「体調不良の原因が、ウイルスによるものだった、と?」

「そういうことだ。噛まれたヤツが慢性的な口内炎になって、おかしいと思って検査したら感染が分かったらしい」

「チンさんは?」

「子分たちが『医者に診てもらった方がいいんじゃないッスか?』って言ったらしいが、『これはそこらの医者では治せん』と言って姿を消しちまったそうだ。その後は誰も姿を見ていない」

「FIVは治療薬もワクチンも無いからね」


 ハチロウが現在の医療状況を教えてくれた。

 医薬品で消せないウイルスは、浄化のフォースで消すしかない。

 しかし浄化のフォース持ちは滅多に生まれてこないという。


「タマ、北国の村に口内炎で苦しんでる連中がいるんだが、治してあげられないか?」

「俺はここで保護されている身だから、外出にはモリオン博士の許可がいるよ」

「よし、じゃあ博士にお願いしてみる」


 イナリは俺の北国行きの許可をもらいに、モリオン博士に話しかけている。

 博士の表情から、了承は得られそうな感じだ。


 北国ってどんなところなんだろう?



※チンピラのチンさんモデル猫

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093080120009507

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る