第39話:時の向こう側

 その部屋を見ることは、少しばかり勇気が要った。

 超長期保存技術に守られたOISTとは違い、二千年の時がそのまま流れた実家は、人類の文明が滅びたことを実感させる。

 ついさっきまで住民が居たようなクリストファの部屋ではあまり感じられなかった、何かを失ったような空虚な感覚。


「やっぱり、人類は滅びたんだなぁ」


 そんな呟きが漏れてしまう。

 猫たちは俺の心情を察したらしく、何も言わずにそっと身体を寄せてくれた。

 俺に抱っこされているミカエルが、伸び上がるようにして顔をすり寄せてくる。

 そのぬくもりで解けたのか、俺はこの時代に目覚めてから初めて涙を流した。


 両親の寝室。

 仲が良かった夫婦は、ベッドの上で寄り添いながら消滅したらしい。

 その痕跡を残すパジャマが、2つ並んで布団を被っていた。

 寝室の窓は台風に壊されたようで、窓枠ごと吹き飛んで庭に落ちている。


「二人一緒に逝けたのは、良かったよね」


 返事をする者がいないベッドに話しかけてみた。

 窓から吹き込んだ落ち葉や砂が、ベッドの上にもちらばっている。


 父は、母に先立たれるのは嫌だと言った。

 母は、父にミジュンの唐揚げを差し出しながら、「これが食べられなくなるのが嫌なんでしょ?」ってツッコミを入れていたな。

 同時に逝ったのなら、父も母も相手に先立たれる悲しみが無くて良いじゃないか。


「遺骨が無いから墓は作らないよ。二人そのまま眠っていてくれ」


 納骨無しで遺品を埋めて墓にする人はいるけれど。

 俺はそれはしない。

 墓なんか無くても、二人は成仏しているだろうから。

 それに、俺は子孫を残せないから、墓を作っても引き継いで供養する人がいないし。

 二人のパジャマに手を合わせて成仏を祈った後、俺は猫たちを連れて寝室を出た。



「タマ、この箱はなんだろう?」

「それは三線のケースだよ」


 仏間を見に行ったとき、ハチロウが見つけた物。

 それは、父が使っていた三線だった。


 三線は音を出す胴の部分にニシキヘビの皮を張り、胴の尻から棹の先に向けて3本の弦を張り渡し、弦を弾いて鳴らす楽器だ。

 主に単音でメロディ部分を演奏し、楽譜は【工工四くんくんしー】という独特の記譜法を用いる。


「お、まだ使えそうだ」


 ケースは三線を保護するためのものだから、保存状態はかなり良い。

 沖芸の入試落ち前までは俺も三線を持っていたけど、実家を出る際の断捨離で売り払ってしまったから今は持っていない。


「それは楽器だよね? タマ、弾いてみて」


 興味津々なミカエルのリクエストで、俺は父の三線を取り出して調弦を済ませると、太古の曲をみんなに聞かせてあげた。

 それは俺が生まれる以前に作られた【島人ぬ宝】という楽曲。

 BEGIN作詞作曲で、歌詞はボーカルの比嘉栄昇が、石垣市立石垣中学校の教師になった元クラスメイトに依頼して生徒たちに島への思いを書いてもらい、それを参考にして作詞したという。

 2002年に発売されて以降、様々な人にカバーされて歌い継がれてきた。


 三線を手にするのは二千年以上ぶりだけど、好きな歌だからしっかり覚えていたよ。

 歌詞の最後の「いつの日かこの島を離れてくその日まで、大切な物をもっと深く知っていたい」というフレーズに、ちょっと泣きそうになった。


 俺は島から出たわけじゃないけど。

 本来在るべき時代や文明から出てしまったんだ。

 消えた人々はもう戻らない。

 だからせめて、俺は家族や友人知人のことを、しっかり覚えておこう。



※39話の画像

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093086356412791

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