黒と赤の戦い3

「俺は、あの時理解した」




「……?なにを……」




 湧き上がる魔力。体を覆い、剣身に雪崩れ込む。その速度は――




「……ッ!」




 ジークは即座に後方に跳び、今いた場所に雷が落ちた。


 剣身は空気を引き裂くようにバチバチと音を立て、ダンの体表を魔力が滑らかに、静かに流れていた。




「さっきより……!」




 紫電の魔術の発動速度が僅かに速くなった。威力も強くなったように見える。




 そんなことが……




 ダンが立ちあがる。大した時間は経っていない。あの攻撃を受けてこんなにすぐに立ち上がれるはずが無い。


 だがダンは、ふらつきながらもその両足で立っている。


 魔力は体を巡り、内側から直しているようだった。




「此奴、まさか……ジークを手本にしよったなッ!!」




 強くなるのに必要なもの。




 それは才能と、師と、




 好敵手。




 ――出鱈目に魔力を発するのではなく、より効率的に循環させる。流れる様に、満ち引く様に、自然と無駄なく巡らせる。内側に染み込み中を満たし、外に湧き出て表を守る。




 魔力は、水だ。




「ジーク、もう先程までの奴とは違うぞ」




「……はい」




 ジークは重心を低くし、構える。




 ――俺は思いあがっていた。一対一なら勝てると……


 すぐに奴を倒し、あの女を追いかけられると……


 だが甘かった。この武器が道具なら、この力も道具だ。同じ道具を持つなら巧く使える方が強い。


 ならば俺も使うとしよう。


 手本なら、目の前にある。




 ダンは剣を構え、石畳を割りながら突撃する。直前にジークから突撃する。


 自分より間合いで有利な相手には後手に回ってはいけないとジークは理解した。


 その速さを活かし真っすぐ懐に入ると見せかけて直角に曲がる。その際に姿勢を低くすることでダンからは視界から消えるように見えた。


 曲がった方に顔を向けるころにはジークは居らず、後ろから鞭を振るうような足払いがを仕掛けられ、しかしダンは軽く跳んで足払いを回避しつつ、体を捻って剣を振り下ろす。


 剣身に流れた魔力が紫電を放出する寸前、なんとか低い体勢のまま射程外まで回避できた。




 だがジークの攻勢は続く。今度は速度を真っすぐダンへと向かう。


 ジークは既に魔術が刻まれた武器特有の弱点を見抜いている。




 ダンは誘われるまま剣を振り下ろし、しかしその剣を止めた。


 中途半端に止まった剣の下を潜り、腹部へ魔力を籠めた殴打を繰り出す。




 だが




 隙ができた瞬間に腹部への攻撃一点読みで魔力を集中させられた。拳の勢いはダンの魔力に大きく阻害され致命打にはなっていない。ジークは二撃目を放とうとするが柄頭を側頭部へ振り下ろされたので一旦引くことにした。


 折角生んだ大きな隙を上手く生かすことができず、ジークは自分の決定打不足を恨んだ。




 ダンはジークの手に握られていた物を見ていた。それは拳ほどの大きさの石で、しかしそんな物は先程からいくらでも見ていた。


 問題だったのはそれが魔力を籠められ刃筋に真っ向からぶつけられそうになったことだ。




(剣身に魔力を送ることはできる。だが送った魔力はすぐに魔術に変換され剣身に留まることは無い)




 魔術が刻まれていても、材質自体は普通の剣と変わらない。魔力が込められた石と普通の剣がぶつかった時、砕けるのは剣の方だ。




(魔術に変換される速度を上回る程の魔力を一気に流し込めばあるいは……しかし……)




「……奴が無理矢理剣に魔力を纏わせるとは思わなかったのか?」




「はい。いくら魔力量が多いと言ったって、そんなことをすれば体の充纏が解けるはずです。そうすれば剣を振る力が弱くなってしまいますし、何より魔力も枯渇するでしょうから」




 多いというのは無限という意味ではない。もしダンが何も気にしないで良い程の魔力量があるなら、紫電を常に最大出力で発動するはずだ。




 だがジークは気になったこともある。




(剣を振る速度が上がってる。充纏の効率が良くなったからだ……)




 全体的な身体能力や動体視力なども向上している。ジークの速度に対応しつつある。




(時間はかけていられない……)




 ジークは息を整え、走り出す。直前にダンが飛び出す。ジークに向かってではない。


 ジークも瞬時に追いかける。向かう先は分かっている。あの二本の剣が突き刺さっている場所だ。


 ダンはずっとその場所から遠く離れようとはしなかった。故に距離は近い。ジークの方が速いので紙一重でジークが早く辿り着くだろう。だが……




(ぼくがギリギリ先じゃ駄目だ!同時も良くない。理想は、ギリギリ後あと!)




 剣を拾う際に隙ができる。ダンを追い抜き剣を掴んだとしても、その隙を突かれるだけだ。


 同時は相手の手を読みにくい。セシリアの剣か赤い剣か。奪い合いになるか片方だけでも取るか。赤い剣の情報が壁に穴を開けられるのみの為重要度が分からない。


 ならばギリギリ後。ダンが剣を拾う瞬間を攻撃する。


 紫電で迎撃されるだろうが構わない。




(迎撃が早いなら避ける。遅いなら……無理矢理突っ込む!)




 ダンが目標まで約十歩。だが紫電は撃たない。




(早めは消えた。なら、撃ってくるのは到達直前!)




 目標まで五歩。




(撃たない……?まだ引っ張るつもりか!?)




 三歩。




 二歩。




 一歩。




(な……何!?それじゃあもう着いちゃ……)




 零。




 一歩。




 二歩。




 三歩。




 ダンは剣を拾うどころか無視して通り過ぎていく。


 ジークは全くの予想外に狼狽えるが追わない選択肢は無い。




 ダンを追い、二本の剣を越えた瞬間ダンは急停止し反転、紫電をジークに向けて放つ。




(今!?だけど魔力で防御すれば耐えられ……いや、まさかッ!)




 紫色の雷が迸り、空気を裂いた残光を焼き付ける。




(ぐ……ッ!!)




 紫電はジークの全身を打ったのではなく、左脇腹だけを局所的に焼いた。


 それはまるで一本の槍の様にジークの脇腹を貫き、に落ちていった。


 ジークはダンの考えに直前で気づいた。しかし紫電がどこを通るか、どちらに落ちるかまでは判断がつかず、胴体全体を防御するしかなかった。


 結果的に魔力は分散することになり、ジークは脇腹を焼かれた。




(油断は……してない。単純に上を行かれた……ッ!)




 元々あった才能。そして好敵手の出現により、ダンは今まさに強くなっている。




 ダンは紫電に怯んだジークを見逃さない。剣を振り上げ迫りくる。


 だがジークも致命傷を受けた訳ではない。その攻撃を避けることはできるだろう。しかし今距離を取っては……




「下がれッ!!」




「……ッ」




 イルマに言われるまま横に跳んで避ける。紫電も飛んできておらず追撃は無い。




「だけど……」




 ダンは既に剣を三本取り戻している。


 気にしなくても良い威力のはずだった剣は、最初とは危険度があまりにも違う。




「ふう……良いか。腹の傷を抱えたまま剣を奪われない様にする戦いは、お主にはまだできん。なにより剣を奪われたところでどうともならん。お主は既に飛ぶ斬撃の最上を見ているし、赤い剣も今まで使っていないことを見るに咄嗟に発動できるものではないのだろう」




 ダンが剣を振り上げた瞬間、焦りと痛みで判断が鈍った。もしイルマが叫ばなければ、中途半端という最低な選択をしただろう。




「……勝てるか?」




「勝ちます……!」




 イルマはあえて殆ど助言をしなかった。




 ジークがダンの好敵手なら、ダンもまたジークの好敵手なのだから……

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